クイーンステージ

 ツール・ド・フランスは、日本でも三十年程前からテレビ放映が始まり、ライブで全ステージを観る事が出来るようになって二十年以上が経つ。現在、山岳ステージなどはスタートからゴールまで、長い時は八時間にも渡ってテレビで楽しむ事が出来る。


「皆さん、こんばんは! 今年のツールも今日を入れてあと三日となりました。本日は解説二名体制で中継させて頂きます。私、桃山と、かつて世界を舞台に活躍していたロードレーサーのレジェンド、野中さんです。よろしくお願いします!」

「よろしくお願い致します!」


 今日の中継が始まった。現地のライブ映像が映し出され、選手達が次々と出走サインにやってくる。今は降っていないものの、雲は厚く、今にも雨が降り出しそうだ。カメラがソラを捕らえた。

「お! ソラ選手が出走サインにやってきました。いい顔してますね。

 昨日は波乱のレースとなってしまいました。ソラ選手のチームのエース、プティが落車でレースを去ってしまいました。今年はプティが絶好調で、チーム一丸となってプティの総合優勝を目指していただけに残念ですね」

「ええ。昨日の段階で僅差の総合三位に付けていましたが、三週目に入り、総合勢の中で一番調子が良く、最有力視されていただけに本当に残念です」

「非常に残念な事でははありますが、エースを失った事で、ソラ選手にもステージを狙うチャンスが巡ってきたとも言えるのではないでしょうか」

「そうですね。シアンエルーチームが昨日のショックから上手く切り替えが出来ているかどうかですね。ソラ選手と山岳に強いアルダ選手でステージを狙ってくるかもしれないですね。ソラ選手は前半から逃げに乗ってくる可能性もあります」

「いや〜、楽しみですね。総合優勝の行方も実質今日と明日で決着が着きます。現在、マイヨジョーヌを着用しているベルチャが一歩リードしてますが、二日間とても厳しいコースが待ち受けてますし、特に今日のコースは何が起こるか分かりません。長時間の放映になりますが、皆さん補給食をしっかり準備して、テレビに齧り付いてご覧下さい。ソラ選手をみんなで応援しましょう!」


 レースがスタートした。今日はクイーンステージ。三週間の中で最難関山岳ステージとされ、ここでのステージ優勝はステータスが高い。一級、二級、一級、十五キロに及ぶ超級山岳を越えて七キロ下り、最後は三キロの三級山頂フィニッシュとなる。

 現地情報によると、現在超級の山が雨で視界が悪く、かなり荒れている模様だ。


 最初の一級山岳で早くも活発な動きが出て、頂上付近で十名の逃げ集団が形成された。

「お待たせしました! ソラ選手が逃げに乗りましたね。日本のみんなが待ってました!」

 桃山が嬉しそうに声を上げると野中が続けた。

「かなりいいメンバーですよ。この逃げは長時間続くと思われます。今日の見所は二つ。後ろに控えている総合勢の争いと、ステージ優勝を狙う選手達の争いです。

 逃げに乗った選手の中にも、後ろに控えている選手の中にも、ステージ優勝を狙っている選手がいます。チームのアシストとして逃げてる選手もいるのですが、それはライバルチームの足を削る役目があって出来るだけ長く逃げたいはずです。一般の方にはちょっと難しいと思いますが、いずれにしてもソラ選手はいい動きです。後ろに控えているアルダとそのアシストの足を温存させる事が出来ますし、あわよくば自分のステージ優勝も狙えますからね」


 十名の逃げは強力で協調体制も築けていて長時間逃げ続け、後半の超級山岳に差し掛かろうとしていた。

「ここで現地からの情報です。誠に残念なのですが、ここにきて悪天候の為、映像が上手く入らなくなってきてしまいました。この超級の山の映像と、もしかしたら情報も上手く入らないかもしれないとの事です。最悪、最後の三級山岳からの映像と情報提供になってしまう可能性がありそうです」

「いや〜、超級の攻防は見たいですよね。後ろの集団も少しずつタイム差を詰めてきていますし、ここで何か動きが出る事は確実ですからね。少しでも多くの情報が入ってくる事を祈るばかりです。ソラ選手、頑張ってほしいですね」

 麓では六分あった逃げ集団とメイン集団のタイム差は、この山でどんどんと縮まっていった。

 情報が入らない間、桃山と野中は、ソラのこれまでの数々のエピソードなどを語り、視聴者を喜ばせていた。

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