誓い
身体中が痛くて熱くて、熱も出てきてクラクラだった。ダイチさんが氷を変えてくれたり、飲み物を持ってきてくれたり、色々看病してくれた。クラクラだったけど、色んな思いが押し寄せてきた。
走るのが今日迄じゃなかったら、明日は休養日だけど、こんな状態でもまた明後日から走ってチームに尽くさなければならない。それに今日迄じゃなかったらとても今日のような走りは出来てないだろう。
まだ半分もきていない。三週間のステージレースの大変さを改めて感じていた。ダイチさんは転んでも転んでも立ち上がり、チームに貢献し、いつでも三週間を走り切っていた。それを二十回も成し遂げたなんて信じられない。
痛み止めを飲んだけど、痛くて熱くて、気持ちも高ぶっていて、ヘトヘトに疲れているのに眠れなかった。夜中もダイチさんが氷を変えてくれた。
「まだまだ続くのにすみません。仕事増やしちゃって」
ダイチさんと二人で過ごす時以外は普段英語かフランス語で話しているけれど、久々に自然と日本語が出る。
僕がそう言うとダイチさんは笑っていた。
「明日は休養日だし。オレは嬉しいよ。ソラのあんな走りを見れて。今は充分だ。充分過ぎる位だ。何も心配しないで目を閉じてればいいよ。眠れなくても、もう走らなくていいんだし。明日一日中寝てればいいんだから」
優しい言葉が心に染みた。
ダイチもベッドに入り、ウトウトしながら時々ソラの様子を伺っていた。苦しそうで心が傷んだ。明け方近くになって、ソラは眠りに落ちたようだった。目の周りには涙の跡が沢山付いていた。まだまだあどけなさの抜けない可愛い顔をしてるくせに、本当に凄い奴だと思う。
ダイチも安心して眠りについた。
翌朝、ソラが目を覚ますと、窓からは明るい強い日差しが差し込んでいた。ソラはガバッと上体を起こした。
「おはようございます。昨日はありがとうございました。今、何時ですか?」
ボトルの準備をしていたダイチが振り返った。
「おお、起きたか。今九時だ。具合はどうだ?」
「は、はい。もう大丈夫です。今日の予定は?」
「大丈夫なわけないだろ? さっきまで、んーんー唸って泣いてたくせに」
「唸ってなんかないよ。泣いてなんかいないよ」
ソラが子供のようにムキになって言い返してきたのでダイチは笑ってしまった。
「す、すみません。だって凄く痛くて苦しかったから。でも、ダイチさんのお陰でもう大丈夫です。何時から走るんですか?」
「みんなは十時集合で軽く二時間弱。オレもサポートカーに乗る予定だけど、ソラは今日一日ゆっくり休んでろ。チーム宿舎は明日のゴール地点からの方が近いから、ソラは明日一緒にチームカーに乗って、ゴールしてからオレが宿舎に送るから」
「何から何まですみません。迷惑じゃなければ、今日僕も乗ってみていいですか? このまま寝てたら身体固まっちゃいますよ。本当だったらこんな状態でも走らなきゃいけないでしょ? どんな感じか走っておきたいんです」
ソラが真剣に言ってくるのでダイチは困った顔をした。
「おい、今無理する事はないんだ。そういう状況になったら走れてしまうものだよ。今はそういう状況じゃないんだから、身体を休める事を優先させろ」
「無理はしないけど。とりあえずちょっと動いてみます。走れそうなら走らせて下さい」
ソラは見た目とは違って、こういう事に関しては頑固な奴だ。
ベッドから身体を起こし、少しずつ動かしているけど、その顔は痛さに歪んでいる。
「腹減ったな〜。ちゃんと食べてる時間無さそうだし。補給食何かありますか?」
「いって〜。手が上手く通らないや。ダイチさんちょっと手伝ってよ〜」
ウェアに着替えながら、笑いながらとぼけたふりをして声を掛けてくるが、その目はかなり真剣だ。
「ちょっと先に下降りて、
そう言ってソラは足を少し引きずりながら部屋を出ていった。
下ではメカニックが自転車の準備をしている。ダイチは窓から暫く様子を見ていた。
ソラはさっきまでの姿とは別人のようにシャキッとした姿でそこに現れた。次々と集まってくるチームメートには全く弱みを見せず、冷やかされたり、いじくられている感じが微笑ましくもあり、頼もしくもあった。
ソラはチームメイトと一緒に二時間弱、リラックスして走った。
「あー、気持ち良かった。ちょっと痛かったけど、走る前より楽になりました」
ソラはダイチにそう言った。ダイチは自分自身の回復力に自信を持っていたけれど、ソラには
宿舎に戻ったソラは治療と休養を優先させながら、トレーニングは出来るだけ朝早くに済ませ、テレビにかじりついてツールを観ていた。
エースのプティの調子はあまり上がらず、この年は総合九位にとどまった。
ソラはこれから一年間で力を付け、来年は必ず三週間を通してきっちりとアシストしてみせると心に誓っていた。
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