チームの為に(プロ三年目)
アクシデント
あの敢闘賞を獲ったソラの走りは世界中のテレビで放映されていて、話題となった。
ソラは一気に有名人となり、日本のサイクルロードレースファンも増えた。これまではロードレースに見向きもしなかった人達、特に女性達の間では、年齢を問わずちょっとしたソラブームが起きていた。あどけなさが残る可愛さと熱いカッコイイ走りとのギャップがたまらないらしい。
テレビ解説者の桃山も「僕でさえ惚れちゃいますよ」と言っていた。
一年後、シアンエルーチームは春先の合宿からここ迄のレースで尻上がりに調子を上げ、絶好調の状態でツールに臨んでいた。エースのプティはこれまでにない仕上がり具合で、アシスト選手達も充実している。ソラも三週間しっかりとアシスト出来ると思われる体力が付いていて、その活躍が期待されている。
今回はプティで総合優勝を狙える。チームの目標はここに集結され、団結していた。
今回のツールは最後迄総合争いが
最終日の前日と前々日が厳しい山岳で、特に前々日はこのツールの最難関ステージ「クイーンステージ」だ。この二日間で総合優勝の行方が大きく変わる可能性もある。シアンエルーにとっては、この二日間はソラの働きが要となる。
三週目に入り総合優勝はほぼ五名の選手に絞られていた。プティは現在総合三位だが、一位から三位迄のタイム差は一分以内で、五位迄で三分。六位以降も可能性が無いではないが、六分以上離れているし、現在の調子から見るとほぼ五名の中で確定だろう。中でもここにきてプティの調子が最も良さそうだ。
残す所あと四日となった日の事。
総合勢にとっては少し休養日となる平坦ステージで悲劇が起こった。このステージも残り二十キロ。ずっと穏やかだったペースが上がり、危険回避の為にチームの列車(※)が何列も出来ていた。シアンエルーも当然前方で列車を組んでいた。
突然中央に現れた障害物を集団は左右に分かれて綺麗に回避していくかに見えたが、中央の前から三番目の選手が何かにハンドルを取られて吹っ飛び、多くの選手が巻き込まれた。集団前方でのかなりハイスピードでのクラッシュに選手達を含め、それを見ていた人達は凍り付いた。足止めをくらった選手達が倒れた選手を横目に走り出していく。
倒れた選手は誰なのか? 自分達のエースは大丈夫か? ソラはギリギリ上手く回避出来たがシアンエルーチームのウェアが倒れるのを横目で見ていた。まさかプティじゃないよな。祈るような気持ちで周りを確認するがプティの姿を見つからない。スピードを緩め、チーム員がまとまってくる。転んだのはプティか? と言い合っていると無線が入る。
「プティが転んだ。アシスト頼む」
どうか軽症でありますように、そう願いながら、ソラを含む四名が落車地点迄逆走。道路に倒れているプティが目に飛び込んでくる。
肩を押さえて、痛さと悔しさに顔が歪んでいる。他に二名の選手が立ち上がれない。ホイールを交換している選手、バイクを交換して走り去っていく選手がいる。メカニックや救護員が慌ただしく動き回っている。ボトルがいくつか転がっていて地面に水が流れている。緊迫した声があちこちから飛び、その喧騒の中、ソラはバイクを片手に立ち尽くすしかなかった。
「プティは動けない。リタイヤだ。みんなゴールに向かえ」
ダイチが無線に向かって言った。
ソラの持つ無線を通しても、その声が入ってきた。プティは担架に乗せられ救護車に運ばれていく。ソラ以外のシアンエルーの三人がバイクに跨り漕ぎ出していった。ソラ一人がまだその場に立ち尽くしていた。
「何いつまでもボ〜ッと立ってるんだ! レースは続いている。走れ!」
これまで聞いた事のないようなダイチの厳しい声が飛んだ。ソラはハッと我に返り、急いでバイクに跨り、チーム員を追った。
シアンエルーの四名は無言のまま、お葬式のようにゆっくりとゴールラインを越えた。
※列車:チームのエースが良い位置を確保出来るように、同じチームの選手達が一列に並んで走る様
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