アシスト

 六十八番、ソラ。

 ダイチは気が動転した。

「あいつ、大丈夫か?」

 その後の情報は流れない。チームカーはプティに付いていくしかない。ソラの無事を祈るしかなかった。少しの間沈黙の時間が流れた。

 無線からソラの声がした。

「すみません。転んじゃって。バイクも身体も大丈夫。すぐに追いかけます」

 チームカーの中にホッとした空気が漂った。


 最後の山に入ってしばらくした頃、脇目もふらずにチームカーの隊列を追い越し、前へと急ぐ一人の選手が各チームの監督達の目に留まった事だろう。

 シアンエルーのチームカーにも見向きもしない集中した姿に、ダイチでさえ声を掛ける事が出来なかった。


 三キロ程走った所でようやくソラは先頭集団に追いついた。


「戻ったよ。遅くなってごめん。ちょっと転んじゃって」

 一番後ろを走っていたプティの背後から声を掛けた。振り向いたプティが驚いた顔をした。

「え?」

 隣に来てまじまじとソラを見た。

「おい、大丈夫か? ぼろぼろじゃないか。凄い奴だ」

「今日で最後なんだ。今日迄しか走らせてもらえないから。力尽きるまでアシストするから」


 ソラはそのままプティの前に入って、遅れてはいけないライバルチームに付いて走った。既に疲労困憊だが、ここで仕事をしなかったら、我慢して戻ってきた意味がない。ここからだ。こんなに苦しいけれど走れている。身体はまだ動く。これまでの自分じゃないような神がかり的な走りが出来ている。もう少しやるんだ!


 プティはソラの背中に引っ張られていた。今日は本当に動かない。もう離れてマイペース走行に切り替えようかと思っていた時にソラが戻ってきてくれた。

 背中の所が大きく破けたジャージに血が滲んでいる。肘からも流血しているし、右脚の擦過傷も痛々しい。派手に転倒したに違いない。それでもしっかりと踏めている。熱いパッションが伝わってきて、弱気になっていたプティの心に火が灯った。


 そのままニキロ位を消化した頃だった。ソラの耳にプティの声が入った。

「少し落としてくれ」

「え?」

「レッドゾーンに近い」

 ソラはとっくにレッドゾーンだけど、最後迄走らなくていい。プティは最悪のバッドデーでもタイム差を最小限に抑えなければならない。

 今日のコースプロフィールはしっかりとソラの頭の中に入っている。

 ゴール手前の一キロの勾配がきつい。そこ迄に力を使い切ってしまったら、命取りだ。分単位でタイムを失う事になる。

 少し落としてあと二キロ走れば、勾配が緩やかになる。そこ迄にプティが少し回復出来れば、緩やかな二キロを僕が全力で引く。ラスト一キロはプティに託すだけだ。


 少しペースを落とす事が出来たおかげで、ソラは少しだけ呼吸を整える事が出来た。ライバルチーム達とは少し間隔が開いてしまったが、その間合いとプティの息遣いを図りながらソラは前を引いていた。

 勾配の緩い坂は軽量のソラは得意ではないが今はそんな事は言ってられない。この二キロ先が自分のゴール地点だ。全開で引いて、目の前に集団が迫ってきた所でソラは仕事を終えた。

 ぼろぼろの背中に連れてきてもらったプティは、ソラが乗り移ったようにラスト一キロを耐え抜いた。

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