第5話 魔の洞窟
迷路の出口の前で、いったん止まる。事前の情報では、見張りは5人。どういう風に戦うかの最終の打ち合わせをする。女性はサウンが攻撃して、残りの4人は、タジンとドジン、モゴルン、ペカルが戦うことになった。
「ねぇソーハー、他にも見張りがいたときは、私たちだけで戦わないとね。また弁慶の泣きどころ作戦にする? 」
私は、大きな怪物を倒すことに成功したことを思い出して、提案した。
「そうだな。トリー、大丈夫か?」
ソーハーは、トリーに確認のために聞く。
「大丈夫だよ俺は。度胸ついてきた。」
そう言って胸を叩いて、自信を見せた。
3人は、棒を握りしめた。
「私たちもなんか魔法でも使えたらいいのにな。」
私たちの無力さがもどかしく、ついそんなことを口にした。
サウンを見ると、緊張した真剣な顔をしている。
「行きますよ。」
ペカルが最初に出口を出る。棒を、体の前で斜めに突き出して持つ。
「あれ、誰もいないです。」
ペカルがそう言うと、皆が一気に外に出た。
そこは10メートルほどの白いコンクリートがあり、その先にはコバルトブルーの湖が広がっている。
「あの時は暗かったけど確かに見張りがいた。今は明るいから、どこか離れた場所から見張ってるとか?」
ペカルが怖いことを言う。
「遠くから狙われてる?え??俺たち殺されちゃうの??」
トリーは、取り乱す。全然、大丈夫じゃなさそうだ。
「それか、休憩中じゃろうか?」
タジンは、変なことを言う。
辺りは静まりかえっている。
私は湖の水を見た。水は澄んでいて、とてもキレイに見える。そういえば、喉が渇いていた。
「水筒に水を汲みませんか?」
みんなに提案した。
「あー、歯磨きしたいなー。」
トリーは、口を開けて、歯磨きのジェスチャーをする。
「ただの水かどうかわからんぞ、わしが飲んでみるから、そこで待っておれ。」
タジンはそう言って、ポケットからコップを取り出した。
「ポケットに入ってたんだ。」
サウンが変なところを指摘する。
そして、タジンは水面近くまで飛んだ。しゃがんでコップに水を汲んで、また戻ってきた。
「タジン、それ飲むの?」
「そうじゃ、匂いは水じゃ。」
と言って、ゴクゴクと飲み干す。みんながタジンを見守る。
「これは、水じゃな。冷たくてうまいぞ!」
「ほんと?水筒に入れて!」
タジンとドジンは、全員分の水筒に水を入れるために、また水面近くまで飛んだ。
「お前たち、何をしている!」
後ろから低い声が聞こえてきた。振り向くと、ペカルが言ってた見張りと思われる5人が横に並んだ状態で立っていた。全員が、全身黒色だった。とても地味に見えた。
私たちはすっかり気が緩んでいたから、突然のことで転びそうになったり、よろめいたりしてバタバタする。
サウンとペカルとモゴルンが、打ち合わせ通りに前に立った。タジンとドジンは、水を汲みに行っててまだ戻って来ない。
「わ、わ、私は!父親を捜しに来た!」
サウンが、声が裏返りそうになりながらも、大声を出す。
見張りはこちらにどんどん近づいてくる。皆、唾をゴクリと飲み、棒を強く握りしめた。5メートル離れたところでその足が止まった。
すると、そのうちの女性の目と男性の目が、それぞれある箇所にくぎ付けになっている。
「あの女の人、俺をすごい見てる。ヤッキーが言ってたウインク攻撃する?」
と、サウンは怯えながら、隣のペカルに聞く。
「いや、まだだ、もう少し近くでやった方が効果がある。それより、あの男性が俺を凝視してる。あんなやつ知り合いにいないはずなんだけど。」
ペカルはいつになく動揺している。
「試しに笑ってみますか?」
サウンも、テンパっている。
「いや、ナメられないように、ものすごいカッコいいキメ顔をしてみて。」
「そんなキメ顔したことないですよ!」
「じゃあ、色気のある顔は?」
「それなら、さっきやったから、出来るかも。」
そして、セクシー顔をして、その女性も見つめた。すると、その女性の硬い表情が崩れて、目がトローンと垂れた。サウンはびっくりした。
「俺の顔ってそんなにすごいのかな・・・」
「今ごろ気づいたか。」
「よし、試しに俺は、あのひとに一点集中でキメ顔してみるよ」
ペカルなりのキメ顔してみた。
すると、その男性も硬い表情が崩れて、目がトローンと垂れた。ペカルもはびっくりした。
「まさか、あの人、俺のことが、良い?のか?」
複雑な表情になる。
残りの3人が、一気に襲ってきたところで、タジンとドジンが戻ってきた。
大きい屈強な男は、モゴルンが相手だ。パンチや蹴りを繰り出し、倒されそうになりながらの激しい戦いだ。背が低く細身の男と小太りの男は、タジンとドジンの2人が相手をする。相手のパンチと蹴りを巧みに避けながらが戦っている。
そして、ペカルはというと、キメ顔をしたまま男に近づいた。どうにも信じられないので、確認のため尋ねた。
「あなたは私のこと知っているんですか?それからお名前を教えてください。」
「私はトムです。もしあなたのことを知っていたら、あなたのことが好きですと告白していたでしょう。」
ペカルはよもや信じられなくて、一歩後ずさりした。自分に好意を持っている人を棒で叩くのは気が引けた。しかも、彼は何か犯罪を犯したわけではないので、躊躇する。
「それが作戦かもしれませんよ!こちらが油断したところで、何か仕掛けてくるかもしれません。」
とサウンが言うので、見ると、さっきの女性がサウンの足元で倒れていた。
「なんで、そういう状況になっているんですか?」
「私も、セクシーな顔のまま近づいて、例のあれをやったんですよ、そしたら倒れてしまって。」
その女性は、幸せな表情のまま寝ていた。
幸せな攻撃だ。相手を苦しませずに倒せる。その代わりに中毒性がある。あの笑顔とウインクがもう一度、何度でも見たいという欲望を生ませてしまう。やはり罪なことだ。
「じゃあ。こちらの応援お願いします。」
ペカルが、相手を警戒しつつ、サウンを呼ぶ。
サウンも近づいて相手の顔をよく見た。絶対油断しないぞ、と睨みつけた。
すると、トムは手で顔を覆い隠してうずくまってしまった。
「恥ずかしいです~。」
サウンとペカルは、ため息をついた、このトムと名乗る男性をどうしたらよいのか分からず途方に暮れる。しかし、これも油断させているだけかもしれない、という疑いはまだある。
「よし、ここは手首を後ろに回して縄で縛りますよ。犯人を捕らえた時の警察官のやり方です。」
無理やり、トムの手を後ろに回して縄で縛った。寝ている女性の手首も縄で縛った。
「すみません。」
申し訳ない気がして、サウンは小さい声で誤った。
トムを見ると、いつの間にか眠ってしまっていた。やはりその顔は幸せそうだ。
「何でこんなおかしな感じになるんだ。」
ペカルは、首を横に何度も振る。
こちらでは、モゴルンのパンチが効いたらしく。大柄の男が倒れた。ペカルは急いで、手を縄で縛った。残りの2人もタジンとドジンにパンチや蹴りをするが、よけられ続け、疲れてしまったらしく、小太りの男の方は膝をついて前に倒れた。その瞬間ペカルが取り押さえ、また手を縛る。
最後の一人は、タジンが手に力を入れ、体を360度回転させてから向こうに投げ飛ばした。今度はサウンが押さえて、ペカルが縄を縛った。
「これで全員倒したの?」
後ろで見守っていたトリー、ソーハー、ヤッキー、私は、辺りを見回して確認する。
「やったー!!みんなすごい!」
私は、回りながらジャンプした。
「さすが警察官ですね。縄をこんなに用意しているなんて。」
ソーハーは、感心している。
「まだまだ沢山ありますよ。」
ペカルは、ニコッと笑う。
「縛る手つきが鮮やかで、カッコよかったです。見直しました。」
サウンは、さっきのことを思い出して言う。
「サウンとペカルさんは、あの女性と男性には全く触れずに倒しましたね。ウインク作戦、成功しましたね。」
ヤッキーは満足そうだ。
「私は図らずに愛の告白をされました。初対面なのにすぐ好きになるなんて、おかしなことだったので。相手の罠とだ思いましたが、・・・罠では無かったです。」
ペカルは、そう言って、向こうで倒れている2人を見る。そして。また首を横に振る。
「あなたも、爽やかでカッコいいですから、仕方がありませんね。」
ヤッキーは、うなづきながら言う。
ペカルは、サウンの大きな目とは対象的に、涼やかな切れ長の目をしていて、整った顔立ちをしている。しかもシックな黒のキサラに金色の帯を巻き、少し長い髪は後ろで一つに結んでいる。その姿に惚れる人は多くいるだろう。
ペカルは、ため息をついて、
「でも、この先どこを探せば良いか分かりません。なので、モゴルンとタジンさんとドジンさんは疲れているので、ここで休んで頂いて、私は辺りを見回って来ます。」
「ペカルさん、僕もついて行って良いですか?」
サウンは、さっきのことで、協力しあったペカルに親近感がわいていた。
「良いですよ。心強いです。」
「よろしく頼むな。」
トリーは、ビビりなので行きたがらない。
ソーハーが、
「タジンとドジンは老人なのに頑張ってくれて、心配だからお世話したいんだ。」
と言うと、トリーも
「俺だって同じだよ、心配だよ。」
と続ける。
「そうか、心配してくれて、嬉しいよ、トリー、ソーハー。」
タジンんは、孫を見るような優しい目つきになっている。
ヤッキーはモゴルンの肩の上に乗り、ジャンプをして、肩たたきをしている。とても楽しそうに笑いあっていた。2人は大きさがあまりにも違うが、案外それが逆にお似合いだった。
「いつの間にあんなに仲良くなったの?」
友達が心変わりした気がして、私は少し寂しくなった。
私は深呼吸をして、気分を変えて、
「ねえ、私も!サウンと一緒に行きたいから、ついて行っていい?」
と、ペカルにお願いする。
「良いですよ、でも、あまりイチャイチャしないでくださいよ。」
「僕もサキミカと一緒にいたい。でも、イチャイチャなんてしませんよ、何を言ってるんですか!」
顔を赤らめて、ちょっと恥ずかしがるいつものサウンに戻っていた。
「そうよ、普通にしてくれないと困る。さっきはキスしようとしたからびっくりしたんだから!」
サウンの顔を見ながら言う。
「そうなんですか?やはり色男ですね、フフフ」
ペカルはニヤリと笑う。
3人以外は、どこから襲われるか分からないので、迷路の出口から少し入ったところに隠れて休むことにした。
「迷路の上は木が生い茂っています。あの森に入ってみますか?」
サウンが提案する。
「そうですね、そこ以外行くところが無さそうですし。あまり中に入ると迷子になりますので、入って少し見たら引き返しましょう。」
ペカルは、慎重に行動するべきだと考えている。
山の急斜面を登っていき、樹が生い茂る森の中に入った。
少し進むと、突如、女性が現れた。その女性は、黒くとても長い髪を後ろに結び、橙色の「キサラ」に金色の帯を締めていた。
「いらっしゃい、あなた達をここから見ていましたよ。私はメドロよ。あの方と姫のために、あなた方を招待したいのです。」
左右の手を握って、笑顔の歓迎だ。だが、言ってることが意味不明だ。訳が分からな過ぎて、3人とも言葉が出てこない。
「さっきの5人は、あなた方が仕向けたのですか?」
静かにペカルが尋ねた。
「そうよ、そしたら2人も腰抜けにするなんて、すごいわ~。ねえ、あと2人男の子はどこにいるのかしら?」
「あの、何のために招待されているのですか?」
サウンは直球な質問をした。
「あら、それはあの方と姫が会いたがると思ったからよ。明日は直陽(じきよう)の日でしょ?その儀式で、姫が生け贄になるの。」
生け贄?いきなりとんでもないことを言う。
「その前に良い男が現れたら、結婚させてあげることにしたのよ。でも、今来ているのは、ちょっと年を取っていて、姫は嫌がっているの。でも、一応?心変わりするかもと思って、留めているんだけど。そしたら!こんな若くて良い男が4人も現れて!
しかも・・・あなたみたいな完璧な男が来るなんて、姫は幸せものよね。」
と言ってサウンを舐めるように見る。
「えっと、あ、あの、そこにいる人は1人ですか?」
サウンは、少し動揺しながらも、目線を外して、質問をする。
もしかしたら、今いる年を取っている人が父親で、もう一人お兄さんがいるのかを確認したんだわ。
「1人よ。1人しかいない。良いから、他の2人も呼んできてちょうだい!」
突然そんなことを言われて、はい、行きます、というのは無理がある。しかも、なんて強引なんだろう!サウンとぺガルは困惑している。
・・・私だけ仲間外れだ。女はいらないようで、このままでは私だけ取り残される。なにかいい案があるかしら、えっと、えっと・・・
「あの、私も行けますか?」
「え?あなたは・・・見たところ女性に見えるけど?」
訝しげに言う。
「いえ、私は男です。まだ子供なので、そう見えるかもしませんが。」
と言ってのけた。
サウンとペカルは私を凝視する。私はニコリと笑う。
「そうね、彼らには劣るけど、行きたいならまあいいいわ。」
よし、やった!それは、彼らにはもちろん劣ることは分かってる。ほんとに良い男たちだから。
サウンは言うまでもく、その美しさに、皆釘付けになる。ペカルも、さっきの男を骨抜きにしたほどだ。大人の落ち着きと色気がある。
トリーもソーハーも、サウンが美しすぎるせいで、見落としがちだが、2人も「カッコいい」のだ。
トリーは、クラスのムードメーカーなので、笑ったり怖がったり変顔したり表情が忙しいが、ごくたまに無表情の時は、凛々しく見える。フレイラいわくセクシー?!だと。恋は盲目だ。私にとっては、性格がムカつくので、正直辟易しているけど。
ソーハーは、クールな性格のとおり、冷めた目(大きくない)をして、何か難しいことを考えてる。だけど、ふとした時に笑った顔がとってもキュート。そのギャップが女子には人気なのだ。
「ちなみに、お姫様がいる場所はどれぐらいで到着しますか?」
ペカルが確認する。
「そうね、1刻ぐらいかかるかしら。」
1刻とは、だいたい2時間だ。
「そんなに?今、昼過ぎだから夕方になってしまう。サウン、お父様を探しに行きますか?少し危険ではありますが。」
小声でサウンに問う。サウンは迷っているようだ。
「僕たちには、まだ仲間がいます。一緒に・・」
「シャドゥンでしょ。ダメよ、姫が嫌いなの、変な魔法を使うから。」
サウンの言葉は、途中で遮られた。
「それに、儀式の邪魔をされたくないし。あの人たちには帰ってもらうわ。」
とにかく、そのメドロと名乗る女性は、私たち5人を連れ行って、姫の結婚相手の候補とし、私達の誰か1人が結婚することになり、その後、生け贄の儀式を行いたいということなのだ。
「私たちだけじゃ、何かあっても戦えないわ。でも、サウンのお父さんだとしたら助けたいし。どうする?」
「いや、サウンの美貌があります。皆を骨抜きにするのです。そして、その緑色の宝石。何かの力が隠されているかもしれません。」
ペカルは、その宝石がとても気になっているようだ。どんな力があるのか確かめたがっている。
「ごめんなさい、僕にせいで。」
私たちはトリーとソーハーを連れてくるという名目で、一度、迷路の出口に戻る。話の経緯を皆に聞かせた。
「なんだよ、それ。訳わからん。もしお父さんじゃなかったら、どうやって逃げるだよ。」
トリーは、思ったままの、至極真っ当な意見で反対をする。
「それに、タジンとドジン、モゴルン、ヤッキーを置いて行くなんてできないよ。」
ソーハーは、心配そうにタジン達を見る。
「あの、ちなみに私は、一応、男の設定だから、よろしくね。あ、もし私が選ばれて結婚したら、姫様すごいガッカリだよね、ハハッ。」
すると、タジンが、
「姫のところに行かなかったら、もうここには探す場所がない。戻って別の所を探さなければならないぞ。心配ない、わしが今からおぬしたちに、悪者から守るバリアの魔法をかけてやる。」
私たちは、互いに顔を見合って、どうするか考えた。そして、
「分かった、俺は行く。戻るなんて嫌だ。タジン達には、ここで待っててもらう。」
ソーハーが口火を切る。
「俺も行く。ここで行かなかったら、何のために来たんだってことになる。俺は、サウンの力になりたいんだ。」
トリーも決心をした。
「私は、最初から行く覚悟よ。」
私は勇ましく言う。
「あなた方が行くというなら、私は保護者として行きますよ。」
ペカルも、警察官としての責務を果たそうとする。。
「ありがとう、みんな、危険な目に会うかもしれないのに。」
サウンは、申し訳ない気持ちでいっぱいになっている。
ドジンは、
「そうじゃ、行く道中、逃げ道を見つけておくのじゃぞ。もし、サウンのお父様だったら、相手が油断した隙に、連れて逃げるのじゃ。」
「分かった!」
「了解!」
「承知しました。」
みんな口々に言う。
「それじゃあ、魔法をかけてやるぞ。みんな。ここに集まって。」
私たちは、輪になって手を繋ぐ。
タジンとドジンが、手を振り上げて、何かを唱えている。そして。
「ハーーーーッ」
と掛け声を発したと思うと、
「ドアーーーーーーーーー!!!」
手を振り下ろす。
特段何も変化を感じない。もしかして魔法がかかったと思わせる、思い込みの術?
「あれ?首の後ろに、皆さん、小さい×マークが出来ています。」
モゴルンが言う。
「え?」
「え?」
お互いの後ろを見て、
「何これ?」
「跡が残る?」
「なんと、ただの×とは。何かの印の方がカッコよいのだが」
「相手にその印を見せるでないぞ。相手が変に勘ぐってくるぞ。」
サウンはネックレスの下にちょうど隠れている。トリーとソーハー見えてしまうので、これもまた私がのカバンに入っている赤い太い紐を出して首に巻いた。私は髪の毛を結んだままにしたいので巻いたが、ペカルは結んだ髪を解いて隠した。
「安心せい、その印は。数日で消えてしまうものじゃ。じゃから早く帰って来い!」
タジンとドジンが、頼もしく見える。
「はい!」
全員が元気よく返事をした。みんな清々しい顔をしている。
「迷路の道順が書かれたメモをお渡ししておきます。もし明日の夜になっても戻らない場合、申し訳ございませんが、警察の応援をお願いしてもよろしいでしょうか?何としてもあの子たちを助け出してもらわなければならないのです。」
ペカルは、タジンとドジンにお願いする。警察官として冷静な対応である。
私たちは、メドロに付いて歩きながらも逃げられる脇道を探していた。また、戻ってきたときのためにも、通った道もそれぞれが、記憶に残そうと必死だった。今回は棒を持ってくることが許されなかった。武器も無しに、こんな見知らぬ地で、見知らぬ人の怪しい提案に乗っているのだ。無謀にもほどがある。タジンがかけてくれた魔法はあるが、とても信用出来るものではない。この中で、戦いが強そうなのは、警察官のペカルぐらいだ。
森の中はひんやりしていて、時より吹く風も心地いい。歩いても歩いても汗をかかないので、水筒の水を飲まなくても大丈夫そうだった。
そして木々が途切れ、土の道が出来てくる。
「さあ、ここを降りていくわよ。」
「え?!」
もはや坂でななく崖だ。しかもビビる高さだ。ペカルが先にスルスルと降りる。さすが普段から訓練しているだけのことはある。
「万が一落ちても、私が受け止めますので。1人ずつ降りてください。」
最初はソーハーはから降りる。急斜面を後ろ向きに、蔦や木の枝につかまりながら降りた。次のトリーはわめきながら下りて行った。途中、枝が折れて悲鳴が上がる。
「何という情けなさ。」
メドロは呆れている。
次は私の番だ。やっぱり怖い。すると。
「大丈夫だよ。」
と優しい声を、サウンがかけてくれる。
「うん。ありがとう。」
最初は順調だったが、だんだん力が無くなり、最後は滑り落ちた。宣告通り、ペカルが受け止めてくれた。私をお姫様だっこしてくれた。
「女性には厳しい崖ですね。」
と小声で言って笑った。
「ペカルさん、早くおろして、早くサキミカから離れて!」
上からサウンの怒鳴り声が聞こえる
「おっと、嫉妬されました。怖い怖い。」
とペカルは言いつつ、ゆっくり丁寧に降ろしてくれた。
命を助けてくれた人に、嫉妬するってどういうことなのよ、まったく。
サウンは、急いで降りてきて、
「大丈夫だった?ケガしてない?」
と心配そうに、私の体全体の様子を観察している。
「私は平気よ。それより、ペカルさんにあんな言い方しないでよ、命の恩人なのに。」
私は、サウンの我が儘さに、怒りの気持ちが湧いてきた。
「それは・・・必要以上にずっと引っ付いてたからだよ。あれを嫉妬しないで、なんて無理だよ。」
どんどん声が小さくなっていき、最後はごにょごにょ言っていて、私にはもはや聞こえなかった、
「あれは、私から、強く抱きついたのよ。」
「え・・・やめてくれよ。」
コメカミをかきながら、その顔は引きつっている。予想以上のダメージを受けている。
「フフッ、落ちそうだったからね。抱きついただけよ。」
ベロを出して笑う。
「もう、なんだよ、意地悪だな。」
力が抜けたのか、その場にしゃがみ込む。
「はいそこ!もう行きますよ!」
とペカルに注意される。その目は、いちゃいちゃしないで、と訴えかけている
そして、少し歩くと、大きな洞窟が現れた。
「うわーー!洞窟初めて見た!」
トリーは興奮する。
「フン!さあ、行くわよ。」
メドロが洞窟に入ろうとして、
「待って!暗くて何にも見えないよー!」
私は子供っぽく言う。
「しょうがないわねー。私一人なら、このくらいの暗さでも歩けるのよ。」
と言いながら、お皿にロウソクを立て、火を灯した。
中は暗くてとても寒く、身震いがしてくる。足元が悪く、時々水が流れており、靴が濡れてしまった。途中で、みんな防寒かつ雨がっぱになるマントを羽織った。
この洞窟に脇道は無さそうだ。まずは、この洞窟から出ないと逃げることは不可能だ。そして、程なくして、大きな石につき当たる。それは大きな石の扉だった。
メドロは、腰にぶら下がっている鍵で鍵を開け、扉を大きく向こう側に開ける。
「タラント様。ただいま戻りました。若い男を5人連れて参りました。」
私たちは、とても緊張していて、心臓の音が他の人に聞こえてしまいそうだった。
「あら?5人も?嬉しいわー!」
まず、先頭のペカルが、恐る恐る中に入る。そして私、トリー、ソーハー、最後にサウンが続いた。
「お邪魔します。」
中はとても広く、天井はかなり高く、遥かの上の方に穴が開いており、そこから光が差し込んでいた。この部屋のど真ん中に、タラントと呼ばれた男が、金色の椅子に座っていた。想像していたよりも、だいぶ若い男の人だった。
「早速ですが、姫様はどこにおられるのでしょう?」
ペカルは辺りを見回す。
「そう急がなくても良い。1人1人顔を見せておくれ。」
私たちは、タラントの前に横並びに立たされた。左隣に立つトリーはの顔は、怯えて青ざめている。右隣のサウンは、何故か、うつむいている。
「僕はまた、笑顔でウインクした方が良いのかな?」
ぼそりと言う。
「状況的に、笑顔はおかしいから、ウインクだけで良いんじゃない?」
「分かった。」
「そこ!何を話している。タラント様の前だ、静かにしろ!」
メドロが、後ろから怒鳴りつける。
タラントは、端からじっくりと見ていく。背筋を伸ばし、前をしっかり見ているペカル、ソーハーには、満足気だ。うん、うんと。何度も頷いている。しかし、ぶるぶる怯えているトリーには、顔をしかめる。そして、私を見て、
「なんだ、子供もつれてきたのか。結婚相手には不足ではないか!」
「申し訳ありません。念のため連れて参りました。」
メドロは頭を下げる。
「あと、そこの男、顔を上げろ。」
サウンは、ため息を一つついて顔を上げ、前を向いてから、タラントを見つめた。
「な、なんと!美しい・・・お前は本当に男なのか?」
「もちろん、血気盛んな、バリバリの男です。」
サウンは、力強い口調で、前に使ったキメ顔をしてみせる。
「決めた!お主は、姫にはやらん。わしの物にする!!」
「????」
私たちは、唖然として、顔を見合わせる。
今なんて言った?なんでそうなる??と、ツッコミたくなった。
「いえ、私は、姫様に会いに、はるばるやって来たんです。一度会わせてもらえませんか?」
サウンは、食い下がる。
「駄目じゃ。姫は面食いだから、絶対、お主が良いと言うはずじゃ。わしが欲しいのじゃ。絶対やらんぞ!さあ、近くに寄れ。」
「待ってください。ここに、もう一人、結婚相手の候補の方がいると聞きました。その人は、どこにいますか?」
サウンは、動揺しながらも、本来の目的を、忘れていない。
「あいつか。姫君と一緒におるぞ。ほら、残りの他の者は、姫の部屋へ行け!」
「ちょっと、なんでサウンだけ行っちゃいけないの?我がまま言わないでよ!」
私は、思わず大声で文句をぶちまけた。
「何じゃ、この子供は!お菓子でも食わせておけ!」
「はい、タラント様。坊や、あっちにお菓子があるから取って来なさい。」
私はふてくされて、
「なによ!絶対あれは男が好きなのよ。」
と悪態を付いた。
「そうか、あいつは僕のことが好きになったんだな。じゃあ、何とかできそうだな。」
サウンは、フッと笑った。
「僕は、自分の顔がこんなに憎らしくなったのは初めてだ。でも、この顔を利用して、また倒してやる。」
自分の顔なのに利用って、何をする気かしら?そして、
「この子とお菓子をもらってきます。」
と言って、サウンは奥のみんなから隠れたところに私を連れてくる。二人きりになった。
「サキミカ、わがまま言っていいかな?」
「え?何?」」
「抱きしめても良いかな?そしたら、この後頑張れると思う。」
「え?うん、いいよ。でも、そんな改めて言われると照れるけど。」
「さっき怒られたから、一応。了解を得たくて。」
そして、サウンの左手が背中、右手は後頭部を触り、そして顔がサウンの胸にぶつかる。その後、強く抱きしめられ、サウンの頭が肩にのしかかる。自分の全部がサウンに包まれた。
細いと思ってたけど、案外大きく感じられた。サウンは、
「大好きだよ。」
と耳元でささやく。私自身は、それを聞いて、なぜか安心感を抱いた。
私は親に抱きしめられ記憶がないので、こうやって、愛を持って抱きしめてくれる人がいるのが嬉しかった。
お互い離れてから、サウンは恥ずかしがって頭をかく。
「よし、お菓子選ぶね!」
私は、元気な声を出した。
「そうだな、選ぼう、どれがいいかな?」
サウンも、微笑んで、いろいろ並ぶお菓子に目を移す。
「これは、珍しい豆だね、いい匂いがする。これにする。」
手にいっぱい抱えた。が、歩くたびにボトボト落としてしまう。
「ハハハ、持ちすぎだよ。」
サウンは笑いながら私が落とす豆を拾う。今まで見てきた中で最高の笑顔を見せた。可愛いその笑顔は、やっぱり最強だ。
見た目だけが好きと言ったが、今は少しずつサウンの内面にひかれ始めてる。自分の意志をちゃんと持ち、それを押し通そうとする強引なところにだ。
サウンはタラントに連れられて行く。こちらを振り向いて、不意打ちのウインクした。もう!あんなことする人じゃなかったのに!でも、それは私だけじゃなく、トリー、ソーハーに対してもウインクして余裕を見せた
「おい、あいつなんであんな幸せそうな顔してるんだ?これからあの男に襲われるかもしれないってのに。」
トリーが、ビビって言う。
「私が元気をあげたからかな。」
ニヤリと笑う。
「おい、何をしたんだよ!」
「ひみつ~」
「イヤらしいことしたんだな!」
「してないよ!あんたが怒んないの!」
でも、私のおかげで、サウンが強く逞しくなったのは確かだ。
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