第3話 旅が始まる

 明日からいよいよ夏休みが始まる。

 ルトー星の「夏」というのは、「夏」といっても暑くはない。ただ、太陽からの光が強く当たる時期なのだ。だからいつもよりは「暖かい」というだけなのである。

 そして、夏休みの期間はたったの10日間だけだ。それでも、子供たちにとっては、とても待ちどうしかった休みなのだ。みんな浮き足立っていた。

  

 今日はお昼で学校が終わった。サウンとトリー、ソーハーは、一度家に帰って、旅の荷物を持って、私の家に集合することになった。サンダーに荷物チェックしてもらうためだ。


 家に戻ると、モゴルンとタジン、ドジンがくつろいでいた。

「もう来てたの?」

「わしらは暇じゃからな。それに手ぶらでも大丈夫なのだ。」

「水筒がいるくらいかな、ホッホッホッ」

「何をいうか・・・」

 モゴルンの方を見るとニコニコしていた。やっぱり体が大きくて迫力がある。でも、実は、空を飛ぶのをとても楽しみにしているのだ。

 

 私は、いつもご飯を食べている部屋が一番広いと思い、テーブルを端に動かして、みんなが座って荷物を置けるスペースを作った。

 その後は、何を持っていけば良いかわからず、しばらくぼんやりしてしまった。

「早く、用意しなさい。」

 サンダーに促され、とりあえず、着替えをカバンに入れた。

 カバンとは、大きいサイズの巾着で、背負えるタイプだ。


 最初にトリーが重そうなカバンを持ってやってきた。

「俺は、靴の替えを持ってきたぞ。何かの役に立つかもしれないから!」

 あんまり必要なさそうだけど。

 次に、ソーハーが来た。

「俺は、お菓子を持ってきたぞ。」

 甘い豆を焼いものだ。小さな巾着に入れている。

「あ!私も、ピオーの実を持っていくわ!」

 急いで台所を探すと、小さな紫色のその実が、縄で編んだ袋にたくさん入っていた。巾着袋に、はち切れる限界までぎゅうぎゅうに詰めた。

「これで良し!」

 そして、部屋に戻ると、ソーハーは、サウンを探しに行くときに持ってきていた地図と方位磁石を広げている。

 それからだいぶ遅れて、サウンが家に入ってきた。

「ごめん遅れて、探し物をしてて。」

 走ってきたようで、息切れしている。


「よし、揃ったようじゃな。」

 サンダーがみんなの前に立った。

「いえいえ揃っていませんよ。私を忘れてもらっては困ります。」

 サウンの後ろから見慣れない人が現れた。

「あたたは確か・・・警察官の・・・」

 名前はなんだっけ?

「ペカルですよ。フフフッ」

 と言って、深々と頭を下げ、

「失礼いたします。」

 と部屋に入ってきた。

 この人、ほんとに、あの爽やかキャラのペカル?なんか様子が少し違う。不適な笑みを浮かべている。

「ワクワクしますね~。」

 とニヤニヤしている。


「荷物チェックの前に、まずは目的地を決めよう。サウン、何か心あたりはあるかい?」

「はい。何か手がかりになるものが無いか、家中の引き出しを開け、箱をひっくり返して一つだけ見つけました。父さんと兄さんらしき人の2人が横に並んでいる絵を見つけました。誰が描いたかは分かりません。1人は間違いなく父さんです。もう一人は父さんに似ているから、たぶん兄さんだと思います。」

 その絵を、みんなに回した。一人一人がじっくり見入っていた。

 確かに、お兄さんらしき人は、お父さんに似ている。見た感じ、もうだいぶ大人になっているようだ。


「それと、僕は、入院している母さんに聞いてみたいんです。水色の炎の塔の前で倒れてたって聞きましたが、何をしようとしていたのか。」

「それについては警察も聞いてるはずだろう。」

 とペカルが言う。

「もしかしたら警察に言えない何かを知ってるかもしれないし、詳しく聞きたいんです。」

 みんな、そうだ、そうだと頷いた。

「あと、その塔のあたりに兄さんが住んでるって、前に父さんから聞いたことがあって。その家の中に入れるものなら、入ってみたいです。もちろん、水色の炎の塔にも入りたいです。」

 サンダーは、微笑んで、

「サウンは、やりたいことが沢山あるんじゃな~、ホッホッホッ」

 サンダーは満足そうだ。

「まずは、サウンの母上に会い、次にお兄さんの家に行き、最後は水色の炎の塔へ行く順番がよかろう。」

「承知しました!お任せください!」

 ペカルは警察官らしく、大きい声でハキハキと返事をした。


「上手だな~、あっ。絵の下に小さくサインがあるぞ。描いた人のサインなんじゃないか?」

 トリーが気づいて、みんながその絵に集まる。すると、

「あ!母の名前のシュリという文字に似ている!もしかしたら母が描いたのかもしれません。でも・・・母が絵を描いているのを僕は見たことがありません。」

 サウンは、信じられないような表情をしている。

「よし、明日面会できるか聞いてみるよ。」

 ペカルは、サウンを心配そうに見て、そう言った。少し変なところはあるが、頼りになりそうな存在だ。


「よし、では持ち物チェックを始める。まず、この棒をわたすぞ。」

 サンダーはそう言ってから、シャドゥンたち3人以外の5人に長い棒を配った。それぞれの背丈と同じぐらいの長さになっていて、名前まで書いてある。いつの間にこんなものを準備したんだろう。

「でも、こんなの邪魔だよ。」

 トリーが文句を言う。

「必要ない時はモゴルンやタジン、ドジンに渡せば良い。」

 渡したら今度はモゴルンたちが邪魔になるだろうに。

「戦う時がきたら、これを使うのだ。何か遠くの物を取るのにも使えるしな。丈夫な木じゃからいろんな用途があるぞ。」

 それから、全員が着替えと、防寒用にも雨がっぱにもなる薄手のマントを持っていくように指示され、みんな各々カバンに詰め込んだ。

 そして、明日の朝、また私の家に集合することになり、みんな家に帰って行った。


 朝が来て、いよいよサウンのお父さんを探すための旅に出かけることになった。

 気合いを入れるために赤いキサラを着ることにした。大きく白い鳥が描かれている。これは、昔、母が着ていたそうだ。両親は私が7歳の時に亡くなったので、あまり記憶がない。

 すると、サウンが来た。鮮やかなうす紫のキサラを着ていた。初めて見る。とても似合っていた。

「おはよう。赤い色、良いね。白い鳥も美しい形だ。」

「気合いをいれるためにね。お母さんの形見なの。」

「そうなんだ。お母さんも一緒に来てくれてると思えるね。」

 そんな風に前向きに言ってくれる人は初めてだった。いつも同情されて、逆にますます悲しい気持ちになるのだ。

「ありがとう。」

 とても幸せな気分になる。サウンが笑いかけてくれる。

 するとサンダーがやってきて、

「サウン、サキミカを頼んだぞ」

「はい、ちゃんと守ります。」

 サウンは静かに言った。サンダーは、表情を変えずに、うんうん、とうなづくだけだった。

 次にペカルがやってきた。少し長い後ろ髪を紐で結んでいた。黒のキサラに、金色の帯を巻いていた。涼やかな目元のキリっとした顔つきによく似合っていた。

 早速、サンダーへの報告を始める。

「カンネルへは、警察車両で行きます。行方不明者を探すためなので、一台借りることが出来ました。ただ、8人全員は乗ることができません。」

 直立不動で、無表情だ。

「何人まで乗れるのかのう?」

「5人までです。」

「それなら大丈夫じゃ。サキミカともう一人くらいは、モゴルンに乗って行く。」

「乗っていく、とは?」

 この人、何を言ってるんだ?と怪訝な表情に変わる。

「モゴルンは空を飛べるのじゃ。」

「ほんとですか?それは興味深い。」

 急に、仕事モードから、笑顔になり、無邪気モードに変わった。 

 この人は、もしかしたら普段は子供っぽいのかな?

 すると、ソーハーが、タジン、ドジンと共に入ってきた。

「すぐそこでバッタリ会ってな。」

「はい。でも、水筒以外何も持っていないですが、大丈夫なんですか?」

 タジンとドジンは、丸い形の水筒だけぶら下げていた。

「荷物を持つのは性に合わん。」

「性に合わないからといって、手ぶらといわけには・・」

「良いんじゃ、わしらは。」

 キサラもいつも通り、地味な色だ。ソーハーはというと、光沢が入った濃紺のキサラだった。

「すみません、遅くなりました。」

 モゴルンが、扉を開け、窮屈そうに入ってきた。黄緑色のキサラを着ていた。モゴルンはいつも地味な色のを着ているが、今日は華やかだ。

 後ろからトリーが顔を出した。いつも通り、お気に入りの水色のキサラだ。

「いやー、親が名残惜しくしてくるから、なかなか家を出れなくて。すぐに帰るから大丈夫だって言ったら、とりあえず安心してくれたけど。」


 これで、全員がそろった。みんな荷物を背負って立ち上がる。

「先ほど話しましたが、警察車両は5人までしか乗れません。誰がモゴルンに乗りますか?サウン君はお父様を捜索する当事者です。ソーハー君は私の上司のご子息ですし、タジンさんとドジンさんはご老体ですし・・・」

「うん?そしたら・・・俺が乗るってこと??」

 トリーが、自分に指を差してから聞く。

「そうなりますかね。」

 ペカルが冷たく言い放つ。また仕事モードだ。

「モゴルンに乗ったら空を飛べるんだよ!風が気持ち良いと思うよ。」

 私は、楽しさをアピールしてみた。

「どうやって乗るんだよ。」

「そうですねー。」

 モゴルンは少し考えて、

「誰かを乗せたことが無いのでどうするのが最善か分かりませんが、サキミカさんは抱っこして、君は背中にしがみついてください。ちなみに私はこの態勢のまま飛びます。」

と言って、前傾姿勢になる。

「はっ?ほとんど立ってるじゃん!しかも、乗せたことが無いだって??・・・大丈夫かよ・・・」

 後半は声が消え入りそうに弱々しくなる。

「大丈夫よ!若干?前のめりになってるよ?」

 私は作り笑いをした。

 トリーはだんだん顔が青ざめていき、ビビり始めた。

「でもさー、首に腕を回したら首絞めるみたいになるよ?」

「大丈夫です。君ぐらいの力なら、全然問題ありません。」

「まじか、なめられてるな・・・お、おう、やってやろうじゃないか。」

 何とか覚悟を決めたようだが、冷や汗がすごい。

「荷物重いから、振り落とされるなよ!」

 ソーハーは無責任にからかう。

「落ちたら・・・俺はこの若さのまま死ぬのか・・・」

 不安がいっぱいになり、項垂れた。

 待ちくたびれたペカルは、

「それでは、サウンのお母さまの病院に集合ということで。」

 と言い捨て、4人を引率して警察まで向かって行った。


「お、おい!何すんだ!」

 突然、モゴルンにヒョイと持ち上げられたので、トリーは抵抗する。

「落ちないように私の体にくくりつけましょう。」

 モゴルンは、トリーを背中に乗せ、帯でくくりつけた。

「くっ、苦しいっ」

 それから、邪魔な木の棒2本も一緒にくくりつけた。

「トリーさんも私の首にしがみついてくださいね。」

 と言ってから、私を前で抱っこしようとした。

「ねえ、景色が見えるように後ろから抱っこしてくれる?」

「わかりました。」

 荷物を前に抱えた。

「では、行きます。病院までは10分で着きます。」

「この態勢で、10分も?!!」

トリーがそう言い終わる前に、スーッと体が浮いた。

「わーっすごい!!」

そして、あっという間に上空に上がった。

「キャーーーー」

高さ30メートルまで一気に上がった

「ひーーーーーーーーーー!!!」

 トリーの叫び声があたりに響き渡る。

 そして、突然静かになった。

「トリーどうしたのかな?」

「どうやらトリー君は失神したようです。仕方がありません。体制を横にして飛びます。」

 トリーは、予想通りのビビりだった。

「ほんとに?モゴルンごめんね。」

「いえ、サキミカさんのために頑張ります。」

「お願いします。」

 サンダーが言ってた通り、モゴルンは信用できる。

「トリーのやつ、この先大丈夫かしら?このことは帰ったら思い切りからかってやる!」

 モゴルンは横向きになり、ゆっくりと前に進んだ。

 森が見えてきた。

 この前歩いた森だ。あの時は時間がかかりひどく疲れた。

 冷たい風が頬にあたり、とても気持ちが良かった。

 町が見えた。サウンが住んでいた町だ。そして、また森の上を飛ぶ。

 そういえば、エメラルドグリーンの花はどの辺りだろう?

 あ、見えた!!思った以上に、その花畑は広範囲に広がっていた。森のだいたい真ん中辺りにあった。

 帰りに摘んで行きたいな。

 そんなことをぼんやり考えていると、

「もうそろそろ着きます。」

 と、モゴルンが後ろから予告した。

 そして止まったかと思うと、スーッとゆっくり降下し始めた。

 ヒューとなって、息が止まりそうだ。

 横向きで下りていくのは難しいようで、風の抵抗に対してバランスを取りながら 、ゆっくりと下りていく。

 そうして、地面に近くなってから、だんだん態勢を縦にしていき、無事にモゴルンの足が地面に着いた。静かな着陸だった。

「わー、ありがとう、景色がとてもキレイだったわ。だからあっという間だった。」

 しかし、トリーは気絶したままだ。 

「まったくもう、だらしないんだから。」


 病院の前に集合と言ってたけど、まだサウン達は来てなかった。近くの茂みにトリーを横たわらせて、近くを歩くことにした。病院の周りには何も無かった。

「上から見ても何も無かったけど、ほんとに無いね、つまんない。」

 私は、カバンからピオーの実を出して、口にほおりこんだ。

「モゴルンも食べる?」

「僕はまだお腹が空いてないです。そろそろ病院に戻りましょう。」


 病院の入り口には、ペカル以外の4人が立ち話をしていた、

「お待たせ!っていうか私たちの方が早く着いてたけど、暇だったから近くを散歩してたの。」

「あれ?トリーは?」

 ソーハーが辺りを見渡した。

「あ!忘れてた!」

 茂みに行くと、まだ横になったまま眠っていた。

 ソーハーも来て、体を揺らす。

「おいっ、何で寝てるんだ?、おい、起きろよ!」

 トリーが目を覚ます。次に空を見て、

「キーーーーー――ッ!!!」

 と金切り声を出した。

 ソーハーは驚いて尻もちを付く。

 私は、トリーの視界を塞ぐように、その恐怖に満ちた顔の上で、渾身の白目の変顔を見せた。

「うわーーーーーーーー!!!!」

 今度は別の恐怖に対して大声を上げる。

「病院に無事、着陸しました~。起きてください、起きてください。」

 お道化て言うと、トリーは我に返って、

「サキミカ、俺、生きてるよな?」

「生きてるって。あんた気絶したんだよ。だから、落ちないようにモゴルンが横向きに飛ぶことになったんだよ。ほんとしっかりしてよね。」

「わーーーーーー!!」

今度は歓喜の雄叫びを上げて、私に抱き着いてきた。

「助かった!!!俺たち、良かった、良かった!」

「忙しい奴だな~。」

 ソーハーは呆れている。

「ちょっと、もう離してよ。」

「おう、ごめん。」

 トリーは腕を地面につけてから、よろけながら立ち上がる。

 私とソーハーも立ち上がった。

「おい、君たち。」

 さっき居なかったペカルが呼ぶ。

「受付をしてきました。大勢で入るのは駄目だったので、私とサウンとタジンとドジンの4人で会ってきます。あなた達はそこで待っていてください。」

 と言って、中に入って行く。サウンはこちらを気にしながらも、中へと消えて行った。

「また待つの?待ってるの暇~。モゴルン何かやってよ~。」

「何をしましょうか?」

「50センチだけ浮いてみて。」

「はい。」

 浮いてから、スーッと前に進んだ。

「すごい、すごい!!」

 私は楽しくなってきて何度もジャンプした。すると突然、ドーーーンと大きな音をたててモゴルンが倒れた。急いで駆け寄ると、うつ伏せの状態のまま動けなくなっていた。

「どうしたの?」

「この柵に足が引っ掛かったんだ。まさか倒れるとは思わなった。」

 トリーは茫然としながらも言った。

「膝の下に当たったから、弁慶の泣き所か?」

 とソーハーが続ける。

 私たちは必死に起こそうとするが、重くて持ち上がらない。背丈は2メートルは優に超えていて、体の横幅も1メートル以上はある。

「仰向けにしてください。」

 モゴルンは落ち着いた口調で言ったが、足を痛そうにしていた。

「せーのっ!」

 体の右側を持って、3人同時に力を入れて持ち上げる。

「うおーーーっ」

 やっとの思いで、体を横向きにした。その後はモゴルン自身で仰向けになった。その時も地響きがした。

「重さ半端ないな。何キロあるんだよ。」

 ソーハーはひどく疲れて、悪態をついた。

 そして、モゴルンがゆっくりと起き上がった。

「たいへん!足と顔をケガしてる。」

 青い液体が出ていた。

「わっ!」

 2人はびっくりして固まっていたが、私は慣れていた。サンダーもよく転んで青い血を流していたからだ。カバンの中から、布と液体の薬が入った小瓶を出して、布に薬を付けて、まず顔の傷口に塗り、そのあと足の傷口に塗った。

「ありがとう。サキミカさんは優しい。」

「ごめんね、私のせいでケガをさせちゃって。」

 私は申し訳ない気持ちで、モゴルンの足をさすった。


 そうしていると、病院の中からみんなが帰ってきた。サウンの表情はどこか暗い。

 病院の中では、次のようなやり取りがあった。


 ペカルがこう切り出した。

「あなたは、なぜ水色の炎の塔の前で倒れていたのですか?」

 すると、サウンのお母さんは、

「私は、ビヌクの家に行きました。ビヌクとはサウンの兄にあたります。しかし、誰もいませんでした。主人もビヌクもどこに行ったか分からず途方に暮れていました。

・・・近くに水色の炎の塔があったので、そこにいる誰かに聞いたら何か分かるかもしれない、何か手がかりがあるかもしれないと思い、重い扉あを開けました。・・・そこは、珍しい変わった絵がたくさん飾ってあったので、美術館だと思いました。ですが、どんなに探しても誰の姿もありませんでした。」

 そこで、話をいったん止めて、深呼吸をしてからまた話し始めた。

「一つの扉を見つけました。中に誰かいるかもしれないと思い、思い切ってドアをノックしました。返事が無いのですが、何か物音がしたんです。なので、ドアを開けました。そうしたら・・・あーーーー」

 といい、顔を両手で覆った。

「中に、恐ろしい怪物がいて、わたしは、、突き飛ばされ、建物の外に放りだされました。」

 ペカルはさらに続けて言った。

「辛い思いをされたと思いますが、ご主人とご子息を探すためにご協力をお願いします。」

「はい、わかっています。」

「では、その怪物はどれくらいの大きさですか?何人くらいいましたか?」

「とても大きかったです。ものすごく怒っているのか目つきが険しくて怖かったです。あと・・・はっきりしませんが、3人だったと思います。」

「大きさは、その建物に収まる大きさですよね。」

「はい、小さい部屋に3人がぎゅうぎゅうに入っている感じでした。」

「わかりました。」

そして、サウンの方に目を見やって、

「サウン君、何か聞きたいことがあるんだよね。」

「はい。」

 少しためらってから、

「母さんは、どうして僕に睡眠薬を飲ませたんですか?私はあんなところに置き去りにされて、トリーたちが見つけてくれなければどうなっていたかわかりません・・・僕がどうしてもついて行くと我儘をいったからですか?それとも・・・僕のことが邪魔になつたからですか?」

 最後の方は、声を喉に詰まらせながら、辛そうに尋ねた。

 すると、サウンのお母さんは、

「ごめんなさい、サウン。私はサウンを危険な目に会わせたくなかったの。だから、睡眠薬を飲ませて、エメラルドグリーンの花畑に寝かせたの。あの花は、邪悪なものを近づけない力があるの。。。必ず戻って一緒に帰ろうと思ってたわ。でも、ごめんなさい、こんなことになってしまって。でもこれだけは信じて欲しいの。あなたのことは愛しているし、あなたが邪魔だなんて思ったことは一度も無いわ。」

 力強い言葉と目で、サウンに訴えかけた。

 サウンは、涙を流して黙り込む。それを見たダジンは、

「私から良いですか?・・・親というものは、どんなことがあっても子供と離れてはいけません。サウンはどんなに悲しい、寂しい思いをしたか分かりますか?あなたはひどい親ですぞ。」

「はい、申し訳ありません。」

 泣きながら顔を伏せた。

 ペカルは、職務をはたすため、どんなことがあっても平然としている。そして、続けて尋ねた。

「話は変わりますが、これはあなたのものですか?」

 サウンの父親と兄と思われる2人の人物の絵を見せた。

「これは、私のものです。これをどうして?」

「父さんの居場所を探す手がかりになりそうなものを家じゅう探して、それで見つけたんだ。」

 サウンが必死だったことが、うかがえる。

 「これは、サウンがまだ小さい時にビヌクが家に遊びに来てくれた時に、主人とビヌクを私が描いたものです。私は絵を描くことが好きなんです。」

 サウンは、少し怒った顔と口調で、

「絵を描くなんて知らなかった。どうして、僕の前では一度も描いてなかったの?」

「そうね、どうしてなのかしら?」

 ボンヤリと、そうつぶやく。

 ペカルはまた、質問をする。

「ビヌクさんの家にこれから行ってみようと考えていますが、入ってもよろしいでしょうか?」

「ええ、玄関のドアは鍵がかかっていますが、裏の大きな窓は鍵がかかっていませんでした。入って良いと思います。」

「住居侵入の許可状はもらってきていますので違法ではありませんが、ご家族の許可を頂かなくてはなりませんので。入ることを許可していただいたと考えてよろしいですね?」

「はい。ですが、私は家族と言っていいのか、遠ざけられていましたし。」

 何とも自信のない返答だ。

「それでは、これで終わりにします。入院している時に、ご協力ありがとうございました。」

と、ペカルはお辞儀をして、タジンとドジンと共に部屋を出た。サウンは、

「また来るから、早く元気になって。」

とぶっきらぼうに言った。まだいろんなことが納得できてなくて、感情がコントロールできなくなっていた。母親にこんな態度をとることは今までに無かった。


 私たちは、その話を聞いてなんともいたたまれなくなった。トリーはサウンの肩に腕を回し、その肩を優しく叩き、何も言わずに前を見た。

 すると、サウンが意外なことを聞いた。

「何で、さっき、サキミカに抱き着いた?」

 トリーは、目が点になつた。男同士何も言わなくても俺はお前の気持ちはわかってるぞ、とカッコよくキメていたのに、予想もしていない言葉にいきなり思考が大混乱した。

「ん?ん?なんでそうなる?」

 サウンの顔を見ると、トリーを冷たく睨みつけていた。

「俺が?いつそんなことした?」

「病院の前で寝てたと思ったら、いきなり抱きついただろう!」

「あーあれか、あれは生きてて良かった!っていう感動の意味で、お前がしたいそれとは違うから安心しろ。」

 サウンは、ふてくされて口を尖らした。

「どさくさに紛れてしちゃえば。」

 トリーはふざけながら、自分で自分をギュッと抱きしめた。

「そんなことできるか。嫌がられたらショックで立ち直れない。」

「嫌がるわけないだろ。俺は、いいかげん早く離してよ!って言われたけど、ハハハッ」。

 その笑いは、なんとも、むなしいものだった。

 私たちは一行は、ビヌクの家へと歩き始めていた。

 私は、ソーハーと怪物について話していて、サウンとトリーの間でそんなやり取りが行われているとは思ってもみなかった。

「その怪物と戦うのは。やっぱり、シャドゥンの3人と警察官のペカルよね?」

「うーん、モゴルンとペカルさんはともかく、あの双子のじいさん達はあてにならない気がする。」

 ソーハーは、タジンとドジンのことを全く信用していない。

「なんかきっと特殊な術を持ってるんじゃない?ほら、空も飛べるんだよ?昔、警察の捜査協力したっていってたし。私たちは何もしなくても大丈夫じゃない?」

「よくそんな楽観視できるな。俺たちも戦う準備しておかないと。」

 と言って、棒をふりまわす。

「回し蹴りは?」 

 と言って、私は、その場でくるっと回って足を蹴り上げた。

「すごいでしょ?サンダーに教えてもらって。護身術。」

「お、おう、すごいな。でも、相手が怪物だとびくともしなさそうだけど。」

 と、薄ら笑いを浮かべた。

「何を?バカににしたな~!!!」

 私は、ソーハーに回し蹴りをしようとした。

「やめろーーー!」

 逃げた背中を追って、

「今度バカにしたら蹴り倒してやるーーー!!」

 もう少しで追いつきそうなところで、

「キャーーーッ」

 気づいたらモゴルンに持ち上げられ、抱っこされていた。

「やめてください。サキミカさん。2人とも怪我をしてしまいます。」

「ごめんなさい。」

「ありがとう!モゴルン!」

 ソーハーは、命からがらといった様子だ。

 そんなドタバタは耳に入らないのか、その前方では、サウンとトリーが一言もしゃべらずに歩いていた。先ほどの、冷戦状態がまだ続いていた。


  程なくして、サウンの兄のビヌクの家に到着した。

 庭が広い2階建ての建物であった。そこからは確かに、水色の炎の塔を近くに見ることができた。言われた通り裏の大きな窓を開けた。家はガランとしていて家具も少なく生気が無いように思われた。

 ペカルは、元気よく声を出して、

「さぁ、みんなで手分けして、手がかりになるものを探しましょう!」

 探すといっても物が無さ過ぎて、探しようがない。

「隠し扉とかあったりして?」

 私は冗談半分で言ったが、ペカルは、ふむふむと頷いてから、

「なるほどですね。その辺をいろいろ叩いてみましょう。」

 みんなそこら中を叩き出した。

「家を壊しそうじゃな。」

「そうじゃな~。」

 タジンとドジンは、相変わらずマイペースだ。

「私はやりません。壊してしまいそうで。」

 とモゴルンは言ってから、おとなしく部屋の真ん中に座った。

 すると、

「あ!なんかあるぞ!」

 ソーハーが、興奮気味に叫んだ。

「この床下の扉を開けたら、こんなの物がたくさん。」 

 見ると、液体の入った瓶が、いくつもあった。

「中身は何だろう? 」

 瓶は透明のようで、中身の液体も透明のものと、水色のものが2種類あった。

「水かな?」

「警察の応援を呼んで、この液体の中身を調べてもらう。」

 2階からトリーが下りてきて、

「叩けるところは全部叩いたぞ、手が赤くなっちまった。」

 私も床を叩いたり、引き出しを開けてみたりしたが、他には何も無さそうだった。


 「それでは、水色の炎の塔へ行きましょう。」

 ペカルに言われたものの、みんな、行きたくない!という気持ちでいっぱいだった。なにせ、怪物が3人もいるのだ。

 しかし、サウンが、

「怪物がいる時点で、怪しいですね。もしかしたら父さんがその部屋に閉じ込められているかもしれません。」

 というので、

「もう、怪物と戦って救出するしかない。」

 ソーハーは覚悟を決めたようだ。さっきみたいに棒を振り回すのかしら?

「私も頑張る!モゴルンと共に戦う!回し蹴りもするわ!!」

 と宣言した。モゴルンはニコニコしている。

「行きたくはないが、行くしかないかのう。」

 タジンとドジンは、弱気になっている。

「何言ってるですか!一番は頼りにしてるんだから!しっかりしてくださいよ!

!」

 トリーは、そう言いながら、今にも泣き出しそうな表情だ。完全に怖気づいている。

「おい、大丈夫かよ。」

 ソーハーは、いつになく心配そうだ。

「トリー、ごめん、無理そうなら行かなくても良いよ。俺のために無理やりには頼めないから。」

 サウンは、すまなそうに言った。

「こちらこそ、サウン、ごめん・・・」

 トリーは弱々しく答えた。

 だが、サウンの表情が突然、変わった。目線を斜め下にしてトリーを見た。これ以上ないほどの美しい顔だ。そして、トリーの耳元に顔を近づけて小さい声で言った。

「サキミカは俺が守るから安心しろ。俺は、お前みたいに情けなく気絶したりしないからさ。」

 最後の捨てセリフは、聞き捨てならなかった。

「ケンカ売ってるのか?」

 トリーの表情は険しくなる。

「ああ。そうだよ。お前には負けない。」

 2人は睨みあった。間には火花が見えるようだった。

 私とソーハーは、何がなんだか分からず。キョトンとしたのだった。


そうして、私たち8人は、その塔の重い扉の前に立った。

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