十八、大名神

 鯉車りしゃは、停車ていしゃした。目的の場所に着いたらしい。御者の手をりて、車を降りると、そこは満天まんてんの星空が広がるところだった。鯉車りしゃの中と同じよう。でも、それよりももっと、明るくて、壮大そうだいで、冷たい空気が、はだめる。

 ユウと海人うみとの衣装が変わっていた。二人とも、簡単な浴衣だったのが、ユウは、天女てんにょを思わす着物ドレス。海人うみとは、直衣のうし。全身が、気品のある純白じゅんぱくに包まれていた。まだ、誰も足をれていない、雪道のような。雪だるまにも見える。

「すごい。きれい」

「いつの間に、こんな格好かっこうに」

 二人も、美しい衣装に感嘆かんたんらし、おどろいていた。

「二人とも、こちらへおしなさい」

 またもや、あの、女性の声が聞こえた。二人がまっすぐ前を向くと、立派にのびた竹林。それにかこまれた、大きなたき。滝の手前に立っている、一人の女性。この世界の空で、きらめいている、星々のように、青白あおじろかがやいていた。

 二人は、彼女の方へ歩いた。ユウは、彼女にどこか馴染なじみがあった。宮中にいた時に見た夢に出てきた、女神様めがみさまと、彼女とはちょっと違うみたいだ。じゃあ、誰だ? その女神様めがみさまよりも、もっともっと馴染みがあった。

 彼女は二人を呼び寄せると、話を始めた。

「私の名は、祐丹大明神ゆうたんだいみょうじん

 祐丹姫ゆうたんひだ! 大明神だいみょうじんって、神様だったの? ユウをにしきくにへと連れていき、宮中でも、一番、親身になって世話をしてくれた。

「そう、私は、祐丹姫ゆうたんひとなって、ユウちゃんをためしてみたの。にしきくには、そのために私が作ったもの。主様も、使用人たちも」

「えっ!?」

 にしきくに。あの宮殿きゅうでんも、あの青一色の世界も、眉目秀麗びもくしゅうれい心優こころやさしい主様も、あの優雅ゆうがな暮らしも、全てが造られたもの!? 祐丹姫ゆうたんひの手で。たしかに、祐丹姫ゆうたんひは、他の女房たちとは、どこか違う感じがあったような。

「ユウちゃんは、本当に、海人うみと君のことが好きなのね。苦しむことも、多々あったけれど。あま誘惑ゆうわくを断ち切って、自分の意志をつらぬき、それを相手にはっきりと伝えることができた。それはあやまったことではないから、貴方あなたの心の強靭きょうじんさをほこりなさいね」

 大名神だいみょうじんの言葉は、ユウの胸に強い感銘かんめいを与えた。間違いではない。ユウのしたこと。げたことは。

「貴方がたの霊魂れいこんは、次の身骨しんこつへと引き継がれます」

 霊魂れいこん。引き継がれる。ユウと海人うみとは、意味がわからなくて、お互いを見合った。

「どういうことですか?」

「次の身骨しんこつへ引き継がれるって」

 二人は、不安げな表情で、大明神だいみょうじんに尋ねた。

「二人の命は、もうすでに、世にはないものなのです」

 あの閃光せんこうの爆撃によって。二人の命は、とうにうしなわれた。そして

その関係も、二人の画用紙がようしごとく、ビリッと引きかれてしまった。

 そうだったんだ。ユウは悲しくなった。

「しかし、二人はまためぐあらそい、結ばれる。二度と、無益むえきあらそい事によって、その関係が断ち切られることは、ありません」


 

 入道雲にゅうどうぐもが、堂々どうどうとした顔で見下ろしている、真夏の海。青い晴れ空の中、鳥が両手を広げて、円を描くように、低く滑空かっくうしている。その下の波止場はとばでは、若き二人の男女が、海を見ながら歩いていた。手を繋ぎ、もう片方の手には、アイスを持って。

 周囲は、たくさんの釣り人や、海を見に来た人でにぎわっていた。

 きびしくそそぐ、熱い日差ひざし。サウナのような、しとした高い気温に、額や背中などから、汗が吹き出してくる。

 暑さが厳しいけれど、汗で手がベタつくけれど、海の方からやってくる、風が気持ち良い。そして、大好きな人と一緒にアイスを食べることができること。とっても、幸なことだと感じた。





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