十七、黄金の龍。強い心

「やっと会えた。よかった」

 ずっと会いたくて会いたくて、仕方しかたがなかった海人うみと。でも、全然、会えないでいて、ずっと表に出せなかった、多大ただいなる苦しみを。今、ここで、やっと会うことの出来た、海人うみとの胸の中で。“うれしい”という気持ちへと変化させ、はげしく爆発ばくはつした。その強さは、あの閃光せんこう爆撃ばくげきにもおとらない。

「じゃのぉ。ありがとう、来てくれて」

 海人うみとのその優しい声と言葉が、ユウの“うれしい”という気持ちをさらにふくらませる。

「だって、やっぱり、ウミちゃんが一番好きじゃけぇ」

 二人が、幸せにひたっていると、周辺しゅうへんの様子がなんだかみょうなことになっていた。その異変いへんに、いち早く察知さっちした、海人うみと。ユウを体からはなすと、ユウも何かが起こったのかと、きょろきょろ見渡みわたした。すると、部屋のところどころにある、真赤まあかがるほのおが、きゅうにその激しさをした。そして、さっきまでは、ここらへんで右、往左往うおうさおうと泳いでいた無数むすうの鯉たちが、今では、二人の周りの、鯉の数はまばらになっていた。その鯉たちも、同じ方向ほうこうに向かって、泳いでいた。その方向を向いてみると、この『広敷ひろしきじゅうこいたちが、一斉いっせいに同じところにあつまっていた。まるで、せられているみたいにだ。

「……なんじゃ、これ」

 鯉たちが密集みっしゅうし、一つの大きな物体ぶったいを作っていた。途轍とてつもなく長いものだ。そして、さらに、二匹の鯉が融合ゆうごうされ、なおかつ、それが次々つぎつぎかえされ、長い長い、一つの胴体どうたいへと変化していく。巨大きょだいへびのような胴体である。いや、へびというよりも、

「……りゅう

 二人は、唖然あぜんとしていた。この巨大きょだい物体ぶったいの、迫力はくりょくに。物体はやがて動き出し、広い、部屋の中を飛びまわった。飛びまわっているうちに、胴体どうたいの色が変わった。まぶしくかがやく、黄金おうごんの色へと。

「どうする?」

はなれた方がええの」

 二人は手を取って、ユウが辿たどってきた道の方へと走った。しかし、すぐに、黄金おうごん胴体どうたいに、ふさがれてしまった。二人は、後ろをかえると、そこには、またしても巨大きょだい黄金おうごん龍頭りゅうとうがあった。その大きな口に、まれてしまうんじゃないかと、二人はおののいて、一、二歩下がった。

 黄金おうごんの、りゅう黄金おうごんりゅう!? 

 ユウは、宮中の図書室にかれていた、黄金おうごんりゅう置物おきものを思い出した。

 この龍、もしや。

柑菊姫かんぎくひ!」

 りゅうは、野太のぶとい声で怒鳴どなった。柑菊姫かんぎくひ。宮中で呼ばれていた名前だ。それで、ユウはさっした。

何故なぜ、お前は宮中を出たのだ」

 巨大きょだい黄金おうごんりゅうへと姿を変えた、にしきくにの主、錦ヶ屋にしきがや大瀬沼おおせぬま辰巳たつみ。彼は、きびしい口調くちょうで、ユウにたずねた。

「宮中にいたお前は、とても楽しそうでいた。使用人しようにんも、皆があたたかい。食事も十分じゅうぶん用意よういしてもらえて、着物も豪華ごうかうつくしい。毎日、綺麗きれいころもることができる。何も不自由ふじゆうのない、きらびやかで、しあわせな生活。それを、うつくしき風景の広がる、優雅ゆうが建物たてものでだ。そんな生活など、ほかでは、おくることはできなかろう。ずっと、私のそばで、くらせばいいものを。なのにだ! お前は宮中をした。何故なぜだ! 何故なぜお前は、宮中をした! 何故なぜびこんだ! 何故なぜなんだ! ハッキリと言わんか!!!!」

 ユウは、ふるえた。りゅう迫力はくりょくに、というよりかは、今、ここで、自分が抱える、本当の気持ちを、ハッキリと示さなければならない。それにおびえた。それは、絶対にやってはいけないことだったからだ。人をころすのと、同じくらい。いや、それよりも、ずっとずっと、やってはいけないことだったから。「非国民ひこくみんが!」とぶんなぐられるから。いいの? そんなことをしても。でも、今は、逆にそれをしなければいけない状況じょうきょう。だけど、ふるえて、強張こわばって、のどもふるわない。頭の中がしろになる。何もかれていない、白紙はくし画用紙がようしのように。

「……」

「ユウ」

 海人うみとは、ユウの右肩みぎかたに、そっと手をおいた。ユウは、海人うみとの方を向いた。

「大丈夫じゃ」

 その一言と笑顔で、ユウの心には、小さなほのおともされた。ユウは、一歩前に出た。

「……私は。ウミちゃんが、好きだから。無邪気むじゃきで、可愛かわいくて、海が大好きで、お母さんがくれた、唯一無二ゆいいつの、おくものだ。すごく大切なもの。ずっとずっと、一緒にいたいと思った。でも、出来なくて、すごくつらかった。不自由ふじゆうのない生活も、きれいな生活も、私にはいらない。ウミちゃんと一緒にいられるのなら、まずしい生活でも、ご飯が物足ものたりなくても、かまわない。一緒に楽しく、いられるなら、それでいい。ウミちゃんのいない生活なんて、生きた心地ここちがしない。面白おもしろくない」

 ユウはさらに続けた。

「お父さんにも、お兄ちゃんたちにも、生きていて欲しい。生きていて、ウミちゃんを会わせたい。そもそも、海軍にすら、行って欲しくなかった。死にに行くのと同じようなもの。……何がお国のためだ。それよりも、お兄ちゃんには生きていて欲しいのに。ざまなんて、なんの価値かちもない。ただ、かなしいだけだ」

 再度さいどりゅうに向き合った。その目からは、なみだあふれていた。

「私は、この世で一番、ウミちゃんが大好きだ。他の何よりも。どれだけ誘惑ゆうわくされても、結局けっきょくそれは、変わらない。だから、私は決意けついした。もう、まよったりはしない」

 ハァ、ハァ、といきはずませた。ユウは、りゅうに向かって頭を下げた。

「よく言い切りましたね」

 どこからか、声がした。女性の声。……どこかで聞いたことが、あるような。

 すると、いつの間にか、りゅうの姿がなくなっていた。無数むすうの鯉も、一匹たりともいなくなっていた。この空間くうかんにあるのは、真赤まあかがるほのおと、赤いたたみだけだ。

 背後はいごから、青い光がはなたれた。ユウと海人うみとり返った。そこには、牛車ぎっしゃがあった。ただし、車を引いているのは、牛ではなく、巨大きょだいな鯉だ。

牛車ぎっしゃならぬ、鯉車りしゃじゃの」

 海人うみとは言った。ユウも、同じことを思った。この鯉を操作そうさする御者ぎょしゃが、車からりた。

「さあ、お乗りください」

 と、二人に声をかけた。御者ぎょしゃの手をりて、車にんだ。御者も、前に座って、鯉車りしゃを走らした。

 車の中は、いきむほど、壮大そうだいな、くら星空ほしぞらだ。暗闇くらやみりばめられた、青くきらめく星々ほしぼしが、ひとみの中にんでくる。この星空の中に、まれてしまいそうだ。

「きれいじゃのぉ」

「そうじゃのぉ」

 二人は短い言葉を交わす。

「でも、暗くて見えないね」

 海人は、次の言葉を言うこともなく、ユウのほっぺに手を置いて、ぷにぷにとほっぺを押した。

「ユウ、すごいのぉ。よう、はっきりと言い切った」

 ユウは、うれしくなった。

「そりゃあ、ウミちゃんが好きじゃけん…」

 海人うみとは、ユウのくちびるに、くちびるかさねた。

 おどろくユウを見て、海人うみとはまた、いつものイタズラな笑顔になった。それにまた、やられてしまった。ユウは、海人の身体からだあずけた。

 

 

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