八、純粋な憧れ、雨上がりの太陽
「はあ、つまらんのぉ」
彼は、海が大好きだ。毎日のようにユウを連れて、海に通っていた。毎日の学校が終われば、ユウの家に立ち寄る。
「ユウ! 海行こう!」
お庭の柵の向こうから。小麦色の肌の手だけを、ときどき出して。ユウが玄関から出てくると、
「今日も、海は
青く
その
「毎日、毎日、おんなじ事ばかり、皆とまるっきり一緒のことをやらされてさ。上の人の言うことは、絶対聞かないけんのじゃ。
この、
「非国民じゃ!」とぶん
日本全体が、一丸となって、大きな敵に立ち向かっている中で、お国のために天皇陛下のために、自分の命を投げ打つ姿こそが、かっこいい生き様であるのだ。「命が惜しい」だとか「生きていて欲しい」などという、今の日本のムードに反する言葉なんて言ったら、
「皆で力を合わせて、
ユウは、小学校に通っていた頃は、そんなことを、アイウエオや漢字、そろばんと同じくらいに教え込まれてきた。当然、
「それってさ、生き様じゃなくて、“死に様”じゃないの? 死んだら、お国に何か
血の気が引いた。ユウは
「ちょっと、ウミちゃん、何言ってるの?」
憤りという名の皮が、口や顔にまで、出てきてしまった。
「あ、えっと、わしは別に、戦争が嫌いなわけじゃないんじゃよ」
「やめてよね。お父さんもお兄ちゃんたちも、お国のために戦っているんだから」
「わしんところも、父ちゃんと兄ちゃんたちも、海軍の一員じゃ。でも、わしがなりたいのは、海兵じゃなくて、漁師じゃ」
海人は、海が大好きだ。だから、漁師になるのが夢なのだ。
「このひろーい海に、わしの船を浮かべての、気ままにゆったりと
これが海人の
「父ちゃんや母ちゃんは、わしを
何かに憧れがあって、夢を持つということは、ユウはすごく素敵なことだと思う。若く
「『ほしがりません 勝つまでは』ってあるじゃん。だから、日本が勝って、戦争が終わったら、大丈夫なんじゃない?」
ユウがそう言うと、海人の顔に明るみが出てきた。素直な心だ。
「まあ、そうじゃのぉ」
と笑顔を見せた。何だか、太陽みたいだ。あたたかくて、
「ちょっとテキトーに歩こ」
「ええよ」
二人で、周辺をぶらぶらと歩いた。「
彼との思い出は、たっくさんある。広島の中心の街にも、何度も足を運んだ。
観光スポットのひとつである、
「
涙をつたらせながら、海人と一緒に歌った、歌を口ずさんだ。つらい。会いたい人に、会えないのは。彼は今、どこにいる? 何をしているの?
『いとせめて
『うたたねに
『
(恋しいあの方を
『
『人に知られないように
『
たくさんの歌が、思い起こされる。さっき、印象深く残った歌たち。
「失礼いたします」
「ご調子はどうですか?」
「う〜ん、どうだろう……」
よくはない。むしろ、悪いだろう。つらくて、悲しくてたまらないのだから。でも、なかなか言いづらい。
「お悩みごとがございましたら、お聞きしますよ」
「……」
「お悩みを
人の優しさに触れて、少しだけ安心したユウは、少し
「大丈夫だよ。ちょっと、過去を振り返っていただけ」
「……そうですか」
「ありがとう。
そう言って、ユウは立ち上がった。主様のお部屋へ戻る。
ユウを見送る、
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