第7話


 加々村正蔵は青ざめた顔で、声を震わせながら、言葉を紡いでいた。


「そして神社の上まで運んで、突き落とし、事故死したようにみせかけた。私が全てやりました」

 

「違う」


 まりあが囁いた。

 口にするのは否定の言葉だ。


「それは嘘」

「本当だ! 全て私の」

「あなたには不可能」


 少女はばっさりと正蔵の言葉を遮ると、ふわり、と階段を一段上がった。

 

「あなたが殺したのは本当。でも、あなたが遺体を運んで階段の上から落としたというのは嘘」


 正蔵を無視して、まりあは階段をふわふわとした足取りで上がっていく。

 宮内が続き、正蔵もあとを追った。

 

「あなたにはできない理由がある」

「何を言って……」


 階段を二十段ほど上がったが、神社の境内まで先は長い。

 正蔵はすっかり顎が上がって、息を切らせていた。

 まりあはくるりと振り返った。


「事故に見せかけることはあなたにはできない」


 夜の闇の中に、まりあの白い顔がぼんやりと浮かびあがる。


「あなたの体力で、この階段を、死体ひとり担いで上がることはできない。たった二十段で疲れてしまうあなたには」


 ぜえぜえと息を切らしていた正蔵の呼吸が一瞬、止まった。


「もうひとつ」


 正蔵の血走った眼差しを受け止め、まりあは幽鬼のように闇の中で謳う。


「誰にも見咎められずに遺体を屋敷からここまで運ぶのは、あなたじゃなくても、誰であっても不可能」


 闇の中、まりあの言葉だけが響く。


「でも遺体はここで見つかった」


 正蔵は身震いを抑え込むように自身の体を抱きしめた。


「一体誰が、一体どうやって、人目につかないように遺体を運んだの?」


 まりあの淡々とした言葉が、正蔵の耳朶を打つ。


「あなたに遺体を運ぶだけの体力がないと気付いた時、私は考え方を改めた」


 一息。


「人目につかないように遺体を運んだ誰かがいるんじゃなくて、見て見ぬふりをした誰かがいる、って」

「……っ! 違う!」

「違わない。遺体を運んだのは村のひとたち。彼らがあなたの罪を隠すために遺体を運んで、事故に見せかけた」


 正蔵は何度も何度もかぶりを振ったが、まりあには何の意味もないことだった。


「死体は勝手に動かない。動かすのは誰かの意志。あなたを守ろうとする意志が、あなたの息子の遺体を運んだ動かしたの。そして嘘の死亡推定時刻とアリバイを作り上げた」



 その通りだった。



「あなたを庇う者がいる。この村には大勢いる。—―あなたは最初はきっと自首しようとしていたはず。でもそれをみんなに止められた。そしてみんなは村ぐるみで事故に見せかけようとした結果、遺体は歩いてしまった。あなたの意志本意とは裏腹に」


 だが、その通りだとは言えなかった。



「やったのは私だ。私がひとりですべてやった」


 震える声で言い切ると、正蔵は階段に座り込んだ。

 空を見上げると、星が綺麗だった。


「あなたが『自分が全てやった』と言い張るのは村のひとたちを守るため。真相が明るみになれば村のひとたちも罪に問われてしまう」


「……私は」


「村のひとはあなたを庇おうとした。あなたは村の人を庇おうとしている」


 闇の中、少女の声はどこまでも冷たく、どこまでも残酷に響いた。


「その心映こころばえは綺麗キレイだけど、とても悲しい綺麗事キレイゴトだと、私は思う」

「私はどうなっても構わない。息子殺しだ。どんな罰も受ける。だが、彼らは――」

「私は罪を裁かない。謎を解くだけ」


 少女は、古門戸まりあは、突き放すように言ってのけた。


「犯した罪にはそれぞれ自分で向き合って頂戴」




 項垂うなだれる正蔵を残し、少女と執事は階段を降りていく。

 一段一段、降りてゆく。

 振り返ることはない。



(了)

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レディ古門戸 ~少女と執事と歩いた死体~ 江田・K @kouda-kei

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