第5話
「あ!希ちゃーん!一輝ー!こっちこっちーー」
ライブ終わりに合流する約束をしていた両親が俺たちを見つけて叫んでいた
「あー!お母さん!!めちゃくちゃよかったですねぇ!emiri最高!」
興奮冷めやらぬ希が母親の両腕をつかんでブンブンしていた
母も嬉しそうに目を輝かせてやたらと饒舌に感想合戦をしていた
「これから4人で夕食でもどうだい?」
そんな母を見て父が提案した
「いこーよー希ちゃんーー」
母が希の手を掴んだまますり寄る
困ったような嬉しそうな顔の希がこちらを見る
「あーー、、、ごめん。俺人酔いしたみたいで調子悪いんだ。3人で行ってきて」
返事も聞かずに歩き出した
駅に向かおうかとも思ったがそのまま歩いて帰ることにした
頭の中がぐちゃぐちゃだ
俺と『僕』2人分の記憶
いや、人生と言うべきか
それが混ざって頭の処理能力を軽く超えてその機能が停止していた
絵美、、
「じゃあこうしよう!絵美が武道館でライブすることになったらお祝いに行く。花束をもって」
絵美は泣いていた
僕の目からも涙がこぼれた
「応援してる。誰よりも」
僕と絵美がさよならの代わりに交わした約束だった
僕はその大切な大切な約束を果たせずに死んでしまった
歩きながら
流れる涙を隠す気にもなれず
ただひたすら泣いた
どれくらい歩いただろうか
気がつくと見慣れた風景が広がっていた
とりあえず帰ろう
横になりたい
疲れた
何も考えたくない
雨が降ってきた
雨は嫌いではない
このまま濡れて帰ろう
正直両親にもどんな顔をして会えばいいのかわからない
俺は『僕』で
僕は『俺』なんだ
考えたくないもうやめよう
でも『俺』って誰なんだろう
『僕』の記憶がある今の自分は『僕』なんじゃないか?
やめてくれ
いやいや、今まで高校三年生になるまで過ごした両親や希や智也や由紀、沢山の思い出と記憶、そして現在進行形で『俺』なんだから『俺』だろう
吐き気がしてきた
でもそうなら『僕』の記憶は?
何よりも大切だった絵美との想い出は?
それも本物じゃないか
歩けなくなった
それはそれこれはこれだろう
『俺』はやっぱり『俺』だろう
その場に座り込んだ
いやいや、確かに『俺』はここに存在するけど『僕』だって存在した
現に全部思い出したじゃないか
やめてくれ
思い出したけど記憶は記憶だし
そもそも死んでるし
もう嫌だ
確かに死んだけど、こうして生まれ変わって記憶も取り戻したしやり直しが効いたってことじゃないか?
だまれ
産まれ変わったってなんだって『俺』は『俺』
うるさい
産まれかわったんだからやっぱり『僕』は『僕』
やめろ、、、、
『俺』は『俺』
『僕』は『僕』
『俺』は『僕』
『僕』は『俺』
『俺』は、、、、
『僕』は、、、、
誰だ?
うううぅぅぅぅうううああああああああぁぁぁぁあああああああああああ!!!!!
声にならない声で叫んだ
気が狂いそうだ
寒い
震えが止まらない
自分が何者なのかわからない
頭の中で声がする
やめろやめろやめろ
何度も何度もそう呪文の用に唱えた
誰だ?
何者だ?
『俺』って
『僕』って
なんなんだ
「のぞみ、、、、、、、」
絞り出すように口をついて出た
いい匂いがした
優しい匂いだった
暖かかった
「ここにいるよ。一輝」
希が抱きしめてくれた
雨が降っていた
夏なのに身体の芯まで冷え切るような冷たい雨
ぐちゃぐちゃの頭で
引き裂かれそうな心で
ただただ希にすがりついた
「僕は、、、!約束を守れなくて、、、!でもそれは俺じゃなくて、、、俺が大切なのは希なのに彼女の事を想うと辛くてたまらない、、!でもそれは僕の記憶で、俺じゃなくて、、、、俺は誰なんだろう、、僕はおかしくなったのかな、、自分って何なんだ」
狂いそうになりながら叫んだ
大切な大好きな彼女の腕の中で
彼女の優しさに縋った
「ど、どうしたの一輝、、!なにがあったの?落ち着いて」
彼女は驚いた様子だった
当然だ
自分でも何を言っているのかわからない
ただ溢れる涙と2人分の感情の大波を自分で制御する事はできなかった
彼女の問にも答えられず泣きじゃくった
「大丈夫、大丈夫よ一輝」
きっと彼女も混乱していたのに
頭がおかしくなってしまったような俺をずっと抱きしめて慰め続けてくれた
泣いて、泣いて、、泣き続けて、、、
どれくらい時間が経ったのだろう
いつしか雨はやんでいた
「希、、ごめんね」
ようやく出た情けない声でそう呟いた
「いいんだよ」
優しくそう言ってくれた
ずっと抱きしめてくれていたので2人ともずぶ濡れだ
そっと離れて涙を拭う
「ねぇ一輝、なにがあったの?」
当然の疑問だ
このままありのままを伝えるべきか迷った
言ったところで混乱させるだけかもしれないし
何より信じることすら難しいと思ったからだ
二人の間に沈黙が流れる
なんも切り出せずにいる俺の目を希はじっと見つめていた
「一輝は一輝だよ。なにがあっても。私の彼氏の一輝だよ。私の世界で一番大切な人だよ。それがあなた、一輝ただよ」
心臓がはねる
彼女は
事情もわからずただただ泣きじゃくる俺をずっと抱きしめてくれていた
何より欲しかった言葉をくれた
自分でもわからなかった問に答えを導いてくれた
彼女の言葉が頭の中と心の落ち着きを取り戻すきっかけをくれた
全て話そう
ありのままに
彼女に全てを打ち明けた
夢の中で『俺』は『僕』だったこと
そんな夢を何回も見た事
そして今日、それが夢ではなく記憶だったとわかったこと
彼女が『僕』の大切な人であったこと
その大切な人との約束を果たせずに死んでしまった事
そして
『俺』は『僕』の生まれ変わりであるという事
全てを話した
希は驚きを隠せない様子だった
無理もない
「え、、、じゃあ一輝はemiriと付き合ってたってこと、、、?」
「前世でね」
開いた口が塞がっていない
恋人にこんな話をされて喜ぶ人がどこにいるだろうか
いない
俺はまた大切な人を失うかもしれない
でも、それでも話しておかなければいけないと思ったのだ
「す、、、、、、」
「す?」
「すごい!!!!!!!私emiriに勝ったんだ!!!!」
、、、???
再び思考が停止する
え?なに?
勝った?
「だってそうでしょ??あんなに素敵な人が恋人だったのに、生まれ変わったら私を選んだ!一輝が自分の意思で私を選んだ!」
そうだ、俺は俺の意思で希に恋して告白した
記憶が戻った今もその気持ちは微動だにしない
「私はね、一輝」
真剣な眼差しで俺を見据えた
「自分らしくとか私は私、みたいな言葉にすごく違和感があるんだ。
だってさ、そんなの当たり前じゃない?
例え私がした事が周りの目から見て私らしくなかったとしても、私がした事っていう事実でしかないんだよ。
どう思われようが、どんな結末を迎えようが全て自分で選んだ事なんだよ。
それを自分らしくなんて使い古された言葉で簡単に済ませたくない。
私が歩いた道が、選んできた事が、全て私なんだよ。」
なんて言えばいいのかな、と照れたように笑う
「だからね、一輝、上手く言えないけど
一輝は一輝だよ。前世でも今世でもない
一輝は一輝でしかないんだよ。
私の恋人なんだよ」
心の奥底から湧き出る感情に
日々希からもらってるぬくもりに
名前をつけるとしたら
『幸せ』という言葉以外ない
俺は彼女の隣で生きていたい
俺はこれからもずっと彼女の隣で生きていくことを選ぶだろう
それがいつしか俺らしいと呼ばれるようになるまで
『僕』も『俺』も自分でいいんだ、と
過去も未来も全て自分なんだ、と
彼女の言葉が優しく俺の心をすくい上げてくれた
「愛してる」
口をついて出た言葉は
使い古された
どこにでもある些細な言葉
でも今俺の中を駆け巡るぬくもりを
少しでも返そうと自然に出た言葉
これが、、、自分
「私も、一輝を愛してるよ」
びちょびちょの俺と希が家に着いたのは日付が変わる頃だった
父親には大いに叱られ
母親にも叱られた
希の家には電話で母親が謝罪した
希のお母さんは大らかな人らしく怒っていなかったと言われたが、自分の年齢と立場を弁えた行動をするようにと釘を刺された
彼女を家に送っていき俺からもきちんと謝罪した
彼女の母親は
「子供さえ出来なかったら大丈夫だ!
それはまだ早いからね?」
と、笑ってたがこちらはどんな顔をしていいかもわからず希の顔なんてもちろん見れなかった
家に帰りシャワーを浴び、髪の毛を乾かしてベッドに座った
今日は長い長い一日だった
一輝は一輝だよ
希の言葉がもう一度脳内で再生される
心が暖かくなった
もちろん絵美との約束を果たせなかったという辛い気持ちも消えていない
でも、、、、
あの日2人で決めた大切な決断
それぞれ違う道を歩くという事
その事に後悔はない
それを決めたのも自分なのだから
明日は学校だ
今日は疲れた
早く眠ろう
そっと瞼を閉じた
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