第4話


スマホのアラームより早く目が覚めた

時刻は午前5時半

別にソワソワしていない

心臓も高鳴っていない

ニヤニヤもしてないし

今日着ていく服に自分でアイロンをかけたりしていない

カバンに入念にコロコロしたりしていない

今日の持ち物が机の上に綺麗に並べてあるのはたまたまだ

俺は事前に準備をしっかりするタイプなだけだ

ウキウキしながらそんな意味もない言い訳を自分の中で並べていた

今日は希とデートだ

ライブ会場までは電車でいく

少し余裕をもって待ち合わせ時間を設定した

それにしても早起きだが

ランニングにでも行こうか、健康にいいらしいし

普段はそんなことしないけど

別にソワソワしすぎてじっとしてられないわけではないけど、、、、

適当にTシャツ短パン姿で家を出ようとした

「お、ランニングか?」

と、着慣れた様子のトレーニングウェアに身を包んだ父親に声をかけられた

「うん、ちょっとだけ」

「よし、父さんも付き合おう」

父は毎日走っている様子だった

見た目通り体を鍛えるのが趣味なのだ

二人でマンションを出る

近くの河川敷まで歩いた

ゆっくり走り出す

早朝の風は心地よく体をすり抜けていく

たまにはこんなのもいいかもしれない

「たまにはいいものだろう?」

そんな俺の気持ちを見透かすように父が言った

「そうだな、悪くないかも」

ふっ、とキザっぽく父が笑い

少し飛ばすぞ、とペースを上げた

最初のうちはついて行っていたが父はぐんぐん加速ししまいには見えなくなってしまった

「はえーよ」

一人でつぶやきペースを落とした

ゆっくり深呼吸をする

真新しい空気で肺を満たすと同時に充実感も満たされた

こんな休みも悪くない

川は朝日を浴びキラキラと輝き

草花は風を受けてゆらゆら踊っていた

気づくと汗だくになっていた

「帰るか」

踵を返して今来た道をまたゆっくりと走り出す

前から来た同じようにラニングをしている人とすれ違う

「希、、、?」

「あれ?一輝?」

見慣れないトレーニングウェアを着た彼女がそこにいた

「きぐうだね」

へへへと少しうれしそうな彼女

「おはよう、いつも走ってるの?」

トレーニングウェア姿の彼女もかわいい

すこしだけ鼓動が早くなるのを感じた

「うん、休みの日は走るようにしてるんだ」

確かにそのすがたは様になっておりTシャツ短パンが恥ずかしくなってきた

「一輝も?」

「いや、たまたまだよ

親父と一緒だったんだけど先にいっちゃってさ」

「お父さん速そうだもんね」

「そうなんだよ、全然ついていけないよ」

二人で笑った

「えみーーーーーー」

後ろから聞こえて勢いよく振り返った

そこには小さな女の子がお父さんと遊んでいた

「しりあい?」

希が不思議そうな顔を向けてくる

「いや、全然、、、」

まだ不思議そうな顔をしていたが

じゃあそろそろ行くね、また後でとその場を離れた

えみ、という名前に体が勝手に反応した

忘れていたたくさんの疑問が一気に脳をめぐる

頭を振る

今日はそんな事どうでもいいじゃないか

さて、かえってシャワーでも浴びよう

さっきよりほんの少しペースを上げて元来た道を走った


家に入ると父はすでに帰ってきていた

父さんの勝ちだーハハハなどと言っていたが気にせず風呂場へ向かった

ぬるめのシャワーで汗を流す

好きなバンドの曲を口ずさんだ

気を抜くと『僕』の事で頭がいっぱいになりそうな気がした

風呂場から出て朝食をとりにリビングへ行くと

いつもよりしゃんとした格好の母がコーヒーを淹れていた

「パパと走りに行ったのー?」

なぜかうれしそうに尋ねてくる

「パパがねーうれしそうだったよー」

「いや、たまたまだよ」

事実だがなんとなく気恥ずかしかった

へへへーと母はまた嬉しそうにわらった

「母さんその服いいね」

話をすり替える作戦である

「まあ、だんだんパパに似てきたねー」

どうやら失敗らしい

いつものへへへーである

おとなしく朝食にしよう


二人が仲良く出かけるのを見送って準備に取り掛かる

準備といっても着替えるだけなのだが

出かける間際

「希ちゃんに花束でもプレゼントしなさい」

と父が耳打ちしてきてこっそりおずかいをもらった

花束はちょっと恥ずかしいので昼食をおごろう

待ち合わせは12時に駅前だ

まだ着替えをするのははやいか

時計は10時半を示していた

ソファに寝転んでぼーっとテレビを見ていた

今になって眠気が襲ってくる

家から駅までは歩いて10分程だし少しだけ仮眠をとるか

なんて考えながら瞼をとじた


「ねえねえ一輝」

「ん?」

「私たちこれからどうなるのかな」

アパートの窓辺で遠くに沈む夕日を二人で眺めながら

絵美が突然そんなことを言い出した

僕は絵美のこの表情を何度かみたことがあった

彼女がこの顔をする時、それは何かを決意した時だ

「どうしたい?」

僕にできることはただ一つだった

彼女を応援すること

それしかできない

「私、やっぱり夢をあきらめたくない」

僕には音楽のセンスも知識もない

彼女の力になれることはなにもない

「うん、わかってる」

「私、東京へ行く」

わかっていたことだ

どんな形であれこんな日が来ることはわかっていたんだ

「そこで自分がどこまでやれるか試したいの」

彼女は夢を追いかけるべきだ

彼女には才能がある

人を惹きつける力がある

振り返った彼女の目には涙があふれていた

「私たち、別れましょう」


目が覚めると時計は11時半を示していた

急いで準備をしないと希との約束に間に合わない

急がないといけないのに

体は言うことを聞いてくれなかった


「ごめん!お待たせ」

「おそーーーーーいいいい!」

希があまり見たことのない表情を見せる

「ほんとごめん!昼飯おごるからさ」

「ならよし!」

いこっ!と笑顔でさっそうと歩きだす

あっさり許してくれた彼女は明らかに機嫌がよかった

俺が到着したのは12時半

30分の遅刻を挽回するために選んだお店は一人では絶対に入れないようなおしゃれなカフェだ

「すごーい、、、なんか緊張するね」

「女子はよくこういう所来るんじゃないの?」

「んーーーー私甘いもの苦手だからあんまりかな」

そういえばバンドメンバーの由紀の誘いも断ってたな、などと考えていると席に案内された

「なーににしようかなー」

嬉しそうにメニューをみる彼女をぼんやり眺めていた

俺は彼女が大好きだ

今こうしているだけでドキドキするし、心から楽しい

別れるなんて考えたくもない

『僕』と絵美はなんで別れを選んだんだろう

だって絵美だって泣いていたじゃないか

二人とも別れるのがいやなら違う道だってあったはずだ

なのになんで、、、、

「ねえちょっと聞いてる?」

希が不満そうな視線をぶつけてくる

「いや、ごめん、何にする?」

「パスタとピザを一つずつ頼んでシェアしよって言ったの!」

「あーそうしよう、それがいい」

むむむと不機嫌になる彼女

しまった、、、、

店員さんを呼び注文を済ませる

何か話さないと、、、、

「あのー、、、emiriっていくつなの?わかいよね」

希の目が輝くのを見逃さなかった

それはだれかにそっくりだった

天然のだれかに、、、、

「そう!そうなの!さすが一輝いいところに気が付いたね!お肌もめちゃくちゃ綺麗だし服装も素敵!彼女はなんて言うのかなー彼女らしさ?が全開なの!個性的でかっこよくてなのにかわいい!あー使ってる化粧水だけでも知りたい!」

どうやら希も母とおんなじタイプのようだ

機嫌が治ったので乗せることにする

「そうなんだねーそれでいくつなの?」

「びっくりするよ?46歳らしいのです!」

「へえーそうなん、、、まじ?!」

「わかいよね!私も初めて聞いたときびっくりしたよ」

とてもそうは見えない

テレビでしか見たことはないがそれにしても46歳は驚きだ

「なんで音楽活動やめちゃったの?」

多少興味がわいてきたので聞いてみた

「んーーーそれがね、まったくの謎なんだよ」

「へ?」

「今からちょうど20年前にemiriの武道館ライブがあったらしいの、私たちが産まれる一年前かな?で、そのときが一番人気があったんだけど

その武道館ライブを最後に人前へ出なくなってその三年後に突然引退したんだってー」

「へーーーなんでだろう」

「さあ、なんでだろうね」

って一輝のお母さんが言ってたよ。とつけくわえていた

いつの間にそんなに仲良くなったのか


お店を出るといい時間になっていたのでライブ会場にで向かうことにした

「いよいよだね」

希が気合の入った声で意気込む

いつもと違う一面の彼女は新鮮でとてもかわいい

「一輝はなんでemiriのライブいきたくなったの?」

突然の質問に言葉が詰まった

父がかわいそうだったとか、話題を変えたかったとか

言い訳は色々あるけど

「希とデートしたかったから」

正直に答えた

「そっか」

希は最高の笑顔を見せてくれた


会場に着くとすでに人で溢れかえっていて大賑わいだった

「すっごいひとだね」

多少引き気味で口にすると

「だってemiriだもん!当たり前だよ!」

と何故か希は得意げな顔をした

最後尾と書かれたプラカードを見つけて列に並ぶ

前の二人は年配のご夫婦らしく

揃いのemiriと背中に大きく書かれたTシャツを着ていた

「あ、あのTシャツいいなー」

希がそうつぶやくのを聞き逃さなかった

花束よりこっちだよな、、、

意を決してご夫婦に話しかける

「あのーそのTシャツいいですね」

二人が振り返り奥さんがにっこりして返してくれた

「これかっこいいわよねー物販で売ってるから今なら間に合うかも」

「彼女さんとお揃いでどうだい?場所は取っといてあげるよ」

旦那さんも朗らかにそう言ってくれた

「じゃあ、、、おねがいします」

と列から抜ける

すぐ帰ってくるよ、と希に告げて走り出す

えーと物販はたしかあっちに、、、、、

遠目にもわかるようにでかでかと

Tシャツ売り切れ

の文字が目に入った

がっくり肩を落とし列に戻ろうとすると

「ハニーこれもいいんじゃないかい?」

「パパさすがーそれもほしいな」

「はははー仕方ないなー買っちゃおう」

聞いたことあるようなコントが耳に入ってきた

両親がそこにいた

こいつらここでデートしてんのかよ

てかチケットないんじゃないのかよ

「あー一輝ー」

母に見つかった

「おー我が息子」

父に捕捉された

厄介だな、無視しよう

気づかないふりで立ち去ろうとしたが

「一輝と希ちゃんにTシャツ買ったよー」

うちのかあさんは世界一だ

母さんからTシャツを受け取り

自分のお金がいいから、と代金を渡した

にやにやされたがまあいいだろう

「なんで二人ともいるんだよ」

「パパがねー知り合いからチケット譲ってもらったんだー」

へへへーが炸裂する

その横ですさまじくどや顔の父

「男なら、な」

はいはい

「じゃあ希待ってるから戻るわ」

二人と離れ希のところに戻る

「おまたせ、何とか手に入れた」

Tシャツを手渡すと

ぎゅっと抱きしめて

「一生宝物にする」

と大好きな笑顔を見せてくれた

それだけで満足だ

少しすると列が動き出した

どうやら会場時間のようだ

いつの間にか俺もワクワクしていた

会場の空気のせいかもしれないが

きっと隣の大好きな彼女のソワソワがうつったんだろう


順番に会場に入る

こんなに大勢の人が本当に入るんだろうか

なんとなーく胸の奥がムカムカする

人酔いでもしたのかな

「あーすごくドキドキする!」

希がキラキラした目で結構な大声を出した

周りもざわついているし気にならないが、こんなにはしゃいでいる彼女を見るのは初めてだ

今日は彼女の新しい一面を何度も見る事ができて大収穫だ

それにしても頭も痛い気がする

熱気にあてられたか?

ついに俺と希が会場に入る順番になった

すでに見渡す限り人、人、人

え、俺らの席あるの?と思ってしまうほどだ

不意に希が手を握ってきた

心臓がはねる

希の方を見るとチケットを見ながら俺を席に案内しようとしてくれているようだ

はぐれないように恋人繋ぎにした

、、、、はぐれないように

希がハッとした顔をして

へへへとにやけた

「お!ここだね!」

席と席の間を横切り自分たちの場所に到着した

悪くないんじゃないだろうか

ステージからは少し遠いが

おおよそ中央の席だった

「すごい!いい席だね!!あ!みてみて一輝!」

興奮冷めやらぬ希

周りからも普段より大きめのボリュームの会話がそこかしこから聞こえてくる

会場はざわめきと熱気に包まれていた

ステージ中央には特大スクリーンが設置されており、希はそれを指さしていた

スクリーンにはemiriの経歴やプロフィールが流れていた

へぇ!すごい、そうなんだぁ

と、スクリーンを見ながら感激している様子の希が突然繋いだままの手をぶんぶん振る

「見て見て!一輝!!!見て!!!」

どうしたどうした見てる見てる

「私達と!同じ!」

「ん?なにが?」

プロフィールを上からざっと見る

あ、、、

「俺たちと同じ高校卒業してるんだね」

なぜだろう

心底サプライズ的な情報なのにそんなにびっくりしなかった

「ね!ね!私知らなかった!!すごーーーーい!!!!」

とても嬉しそうな彼女

興奮冷めやらぬ様子ではしゃいでいた

俺はそんな彼女の姿を目に焼き付けるのに勤しんでいた

それにしても頭痛がひどくなってきた

本格的に人酔いしたようだ

「はぁ、、、emiriの生歌、、、楽しみ」

興奮しすぎてカタコトになっている希がようやく席に座ったのは会場に入って30分以上たった後だった

希が一段落したのでふと、会場を見回してみた




え、、、、?

いや、違う

そんなわけない

いやいや、ありえない



スクリーンにはデビュー当時のemiriが映し出されていた



いやいや、そんなわけないって

デビュー当時だろ?20年以上もっと前の写真だぞ



頭痛はひどくなっていく



次の瞬間

照明が全て真っ暗になった

会場からは地響きのような大きな歓声があがる

希もはしゃいでいる


頭が痛い




次の瞬間ステージの端を照らす照明だけパッとつく

彼女はそこに立っていた

右手にギターと左手にマイク

その姿は勇ましくもあり、優雅でもあった



頭が割れそうだ




ステージへの階段を1歩1歩踏みしてる彼女

その姿に釘付けになり目が離せない

歓声すら聞こえない

2人だけの世界のような錯覚

俺と彼女

僕と絵美だけの

「絵美、、、、、」

言葉にはなっていなかったかもしれない

口をついて勝手に出てきた彼女の名前

雷に打たれたように脳が痺れるように

唐突に全てを理解した

胸のざわめきも消え失せ

疑問は全て解決された

ステージの中央に立ち

彼女は、絵美は、僕が大好きだった笑顔で一言こう言った

「ただいま」

涙があふれた

それは視界を遮り頬を伝い静かに地面に落ちた

全てわかった

いや、思い出した



俺は、、、、僕は



絵美の夢が叶うあの日に



20年前のあの日に




交通事故で死んだ

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