第3話
顔を洗う、時刻は午前4時
鏡に映る姿は間違いなく俺なのに胸中に違和感が残る
―なんなんだよ、、、
夢の中で隣にいた彼女は希ではなかった
知らない女の人だった
でもあんなに幸せで、、あたたかくて、、、そして、、、
こんなに辛い
「夢、、、だよな」
「どうしたのー?怖い夢見たのー?」
心臓が飛び出すかと思った
いつの間にか母親が後ろに立っていた
「びっっっっくりしたーーーーーー!」
へへへーといつものように悪びれた様子は皆無だ
どうやら胸の突っかかりもびっくりしてどこかへ行ってしまったらしい
おなかが鳴った
朝食を食べながら朝のニュースを見ていると
「あー!emiriちゃんだー」
母親が騒ぎ出した
どうやら活動再開のニュースらしく、現役時代の曲も一緒に流れていた
「なつかしいなーそういえば一輝も小さいころemiriちゃんすきだったんだよー」
どゆこと?と視線で問うと
「だってねー大泣きしててもemiriちゃんの曲ながすとすーぐ機嫌よくなってたんだよー」
当然だが覚えていない
ふーんと適当に相槌をうちつつコーヒーでトーストを流し込んだ
流れてくる曲を聞いていると確かに落ち着く気がした
声が透き通っていて心にしみこんでくるような、、、あれ?
「この人に声希の声に似てない?」
母親が、ばっ!とこちらを振り返る
「そうなの!その通りなの!」
目を輝かせている
これはまずい
「すごく透き通っているのにちゃんと個性があって、それでいて雑味や濁りもなく細さもなくてよく通るの。でも決して誰かと似ていたりせず唯一無二の歌声ね。希ちゃんもそうなのよ!学園祭で初めて聞いた時はびっくりしちゃってお母さんサインもらっちゃったもの。あーそのときにemiriちゃんが好きだって聞いてね、意気投合!まさか一輝の彼女として再開するなんて思ってなかったけどこれはきっと運命ね!そうにちがいない」
自分の食器を下げてそっとリビングを出た
こうなった母は放っておくしかないのだ
普段のらりくらりしている母だが自分の好きなことに関しては異常に饒舌になる
部屋に戻り制服に着替えて学校に行く準備をする
少し早いがまあいいだろう
玄関に向かう前にリビングのほうを確認すると
母親はまだ饒舌に語っていた
いってきます、と小さく声に出して玄関を出た
学校に着いたのは6時40分
少し早すぎる。
部室で時間をつぶすことにした
部室に入りいつだれが持ち込んだかもわからない使用感バリバリのソファに腰掛ける
ふーとため息に似た声をもらしてカバンの中からルーズリーフと筆箱を取り出した
オリジナルの歌詞を書かなければ
といっても何も思い浮かばない
一文字も書くことがないまま時間だけがすぎる
大体元から俺には荷が重いんだなどと言い訳を自分の中で並べていた
ふと、睡魔が襲ってきた
今日は早起きだったしな、あの夢のせいで、、、、
あの夢、、、なんなんだろう
徐々に意識が遠のいていった
喧噪の中で一人佇んでいた
腕時計を確認すると時刻は夜の11時半
11時には出てくると言っていたのに、、、
ここは決して治安がいいとは言えない場所だ、だからこうして迎えに来ることにしている
繁華街の中の小さなライブハウス
今彼女はそこでライブをしている
「ごめーーん!ながびいちゃった!おまたせー」
彼女が背中にギターを背負い両手に荷物をもって小走りでかけよってくる
「ん-ん、いいんだよ。お疲れ様」
彼女の両手から荷物を受け取りながら言う
「おなかすいたろう?オムライス作ってきたから帰ったらたべて」
「えーーーー!やったー!ありがとう」
弁当箱を渡すと万遍の笑みを返してくれた
二人で駅まで歩く
今日はどうだった、などといつものように会話しながら
彼女は終始笑顔で僕に話しかけてくれた
彼女には夢がある。大きな大きな夢が
僕はそんな彼女を心から応援していて、心から愛していた
「ねえねえ」
「ん?」
「今日泊りにいっていい?」
願ったり叶ったりだ
家に着くと絵美はあーーーー疲れたーーーーとぐでんとしていた
「絵美ーオムライスたべる?温めようか?」
「たべるーーー一輝のオムライス大好き」
二人してにやける
「あ、ねえ一輝」
電子レンジの前でオムライスがあたたまる様を眺めていたら絵美が隣にすりよってきた
「オリジナル曲の歌詞一緒に考えてくれない?」
「え?僕が?」
「一輝ならいいのかけそうなきがするんだーなんとなくだけど!」
大好きな笑顔でそんなこと言われて断れる僕ではなかった
作詞作業は朝まで続いた
完成にはほど遠いけどとりあえず形にはなった
僕の中では決まっていたけど一応聞いておく
「タイトルどうしようか」
”Yearnerヤーナー”
絵美が二つ返事で答えた
彼女をぎゅっと抱きしめた
―キーンコーンカーンコーン、、、
チャイムの音で目が覚めた
目は覚めているのに体には力が入らず自分の目からあふれる涙を拭うことすらできない
「、、、、、僕は、、、、、絵美、、、、ごめん」
口から自然とこぼれたセリフに自分でも驚く
ただの夢だよな?
なんだこの気持ちは、この涙は、なんでこんなに胸が苦しいんだ、、
ソファから立ち上がる気にもなれず
力なく天井をただぼーっと眺めていた
夢の中で俺は『僕』だった、、、
隣にいたのは希ではなくミュージシャンの絵美だった
夢なのにこんなにハッキリと光景が目に焼き付いている
光景どころか感情もこの胸を渦巻いて、今でも居心地悪く居座っている
幸せで、愛おしくて、、、、なぜか辛かった
あの二人に
『僕』と絵美の間に何があったのか
ほとんど確信めいた覚えがある
つい先日見た夢に繋がるのだろう
誰の記憶なのか、、、、
一輝と呼ばれた『僕』は誰なんだろうか
時間はすでに放課後だ、今日は授業をサボってしまった
誰にも顔を合わせたくない
早く帰りたいのだけど体を動かす気にもなれない
ガチャ、、
「あれ?一輝いるじゃん、どした?授業サボり?」
智也が部室に入ってきた
「一輝の昨日の夢の話だけどさーあれって予知夢?的な?やつだったりするんじゃね?俺らがどっかでっかいとこでLIVEするとか!」
いつもと何も変わらない友達の姿にほんの少し心が軽くなった気がした
「何言ってんだよ智也、それならチケットを持ってた俺は仲間外れじゃん」
はははと乾いた笑いでなんとなく取り繕う
そんな夢じゃない事はわかっていたから
「あーそれもそっかーじゃあ希だけがデビューしてそれを見に行くとか!」
一瞬ヒヤリとする
当たらずとも遠からずだと思った
もし、そうなら
希がデビューして初めてのライブの日に俺が交通事故で死んでしまったら、、、
死んでも死にきれない
考えただけで辛すぎる
「どしたん一輝、顔色悪いよ?体調悪い?」
智也が俺の顔を覗き込んでいた
「あー、、、いや、ちょっとな」
「どしたん?希ちゃんとなんかあった?」
「いや、全然そんなことじゃないんだ」
「そか、、まぁなんかあったら言えよ、友達じゃん?」
智也の気遣いがすごく胸に染みた
ありがたかった
こんな事どう言えばいいのか分からないし
どう相談したらいいのかわからない、、
でも本当に嬉しかった
「智也、ありがとうな」
心が少しだけ軽くなった気がした
「あれーーー、一輝くんサボり??」
「一輝!どうしたの?」
希と由紀が入ってきた
希がとても心配そうな顔をしている
すごく居心地が悪い、なんて言い訳をしたらいいのかわからない
「一輝は男の子の日だったんだよ、お腹痛かったんだよな?」
智也が悪戯っぽく笑う
なによーそれーと由紀も笑ってくれた
希はまだ、、不安そうな顔をしているけどそれでも少しだけ笑ってくれた
「あーーー、、ちょっと朝から体調わるくて部室で寝てたんだよ」
「そうなの、もう大丈夫なの?」
「心配してくれてありがとう希、夕方まで寝てたから大丈夫だよ」
少しほっとした顔の希
「あー!一輝君歌詞書いたの??」
由紀がテーブルの上のルーズリーフを持ってこちらを見ている
書こうとはしたけど書いた記憶はない
「ほんと?私も見たい」
希が駆け寄る
いや、それ、白紙なんだけど、、、、
「うそ!見せて見せてー」
智也も合流する
無言の3人に言い訳するタイミングを完全に失った
やっぱり俺には荷が重いと正直に言おうか
希は残念がるかもな、、、
「、、、、いいねこれ」
希がぽつりとこぼした
「一輝くんすごいじゃん!!」
由紀が目をキラキラさせながらこっちを見た
「すご!一輝こんなん書けるなんてすご!」
智也が大げさにビックリしている
事態が把握出来ずにルーズリーフを取り上げる
そこには
夢の中で絵美と呼ばれる女性と『僕』が一緒に作った歌詞が書かれてあった
頭の中が真っ白になった
「ねえ、これタイトルは?」
由紀が問いかけてくる
「いや、その、、」
上手く言葉が出ない
「Yearnerヤーナー」
希が俺の目を見つめてそう言った
心臓が止まりそうになる
「ヤーナー?なにそれ?」
智也が口をぽかんとあけて希聞く
「強く求める者」
「へぇー!いいじゃんそれ!!決まりだな!」
「それがいいよ!そうしよう!」
皆口々に歌詞とタイトルを褒める
俺は、、、、冷や汗が止まらなかった
心臓の鼓動がすぐ耳元で鳴っているような
心の奥がぎゅっと締め付けられる感覚に襲われていた
「一輝??」
気がつくと希が俺の顔を覗き込んでいた
「ごめん、やっぱり調子悪いから今日は帰るわ」
また明日、と皆の返事も聞かずに部室を飛び出した
俺はあんな歌詞書いていない
あんな歌詞書けない
あれを書いたのは俺の中の『僕』だ
俺の中の不安が少しずつ形になり
1つの推測が現実になろうとしている気がした
早足で校門をでた
冷や汗が止まらない
あれを書いたのは間違いなく『僕』だ
俺じゃない
僕は何者なんだろう
なぜ夢の中で俺は僕なんだろうか
それに絵美と呼ばれたあの女性
あの人をどこかで見た事があるような気がする
いや、違うな
正確には
あの人に似た雰囲気の人を見た事があるような気がする
だ
これも『僕』の記憶に引っ張られているだけだろうか
わからない、分からない事をひたすらに考えていた
1つだけなんとなくわかった
あれは夢では無いのだろう
『僕』の記憶だ
しかしなぜ俺の夢に出てくる
俺と何の関係があるのだろう
なんとなくの確信はまた多くの謎を俺の中に生み出した
気がつくと家の前まで来ていた
母親はパートで今はいない
玄関の鍵を開けて無言で家に入った
「おかえり」
危うく叫んでしまうところだった
完全に油断していた
玄関の前で仁王立ちして腕組みしたゴリゴリのマッチョが鬼の形相でそこには立っていた
「お、、、、親父」
「我が息子よ」
鋭い眼光が刺さる
「は、はい」
「言い訳を聞こうか?」
今日サボってしまった事を言っているのだと瞬時に理解した
これは、、、やばい
普段親父は家にはおらず単身赴任でスーパーエリートゴリラサラリーマンとして日本中を駆け回っている
なんでこんな日に限って、、、、
「い、いや、その、、、」
言いかけたその時
「言い訳無用!!!!!!!!」
チョップが脳天を直撃した
くらくらしながら口返す
「言い訳を聞こうって言ったじゃん!!!!」
「このーーーー軟弱者があああああ!!!!」
2発目のチョップを寸前で躱す
やばい殺される
一目散に玄関を飛び出した
「待てーーーぃぃぃい!!」
歌舞伎役者みたいな親父のよく通る声が聞こえた
ダメだ走れ振り返るな
全力で行けるところまで走るんだ
どこに行く?わからない!
とにかく走れ!走れ!俺
マンションを出たところで誰かにぶつかりそうになる
「ごめんなさい!!!!」
構っている場合か!急げ!!!
「待てーーーぃぃぃい!!!」
すぐ後ろで歌舞伎役者ゴリラが息巻いている
そうだ!母さん、母さんだ!!!
こんな時は母さんに助けてもらうんだ
このゴリラは母親には弱いのだ
母が働いているスーパーまで一目散に駆け抜ける
駆け抜けようとした、、、
ぬっと分厚い手が視界の端に入ってきた
次の瞬間身動き1つ取れないような体勢でガッチガチに固められていた
このゴリラ速すぎだろ
「言い残すことはあるか?」
「殺す気かよ!やめろゴリラ!」
「親に向かってなんだその口の聞き方は!!!!!」
死を覚悟した
「あれー?パパー?」
「ハニー!帰ってきたよ!ただいま
元気にしてたかい?寂しかっただろう。すまないねこれも君と一輝を守るためなんだ分かっておくれ我が愛しのマイワイフ」
間一髪、九死に一生、ギリギリ崖っぷちで救世主ママンが現れた
「た、たすかった、、、、、」
「えー帰ってくるなら言ってよーご馳走用意したのにー」
「そんなことはいいんだよ。僕にとっては君と一緒に時間を過ごせる事が何よりのご褒美さ」
ゴリラが饒舌にほざく
さっきまでの鬼の形相は跡形もなく完全にキメ顔である
ゴリラのキメ顔
「あれー?一輝もいるーお迎えに来てくれたのー?」
「当然じゃないかハニー!我らが愛しき息子も一緒に君をお迎えに来たんだよ」
おい、ちげぇだろ
「えーうれしいーーーパパ優しいーーー」
母がゴリラに抱きつく
だからちげぇし
両親のいちゃいちゃとか見たくねぇし
キメ顔ゴリラがデレデレゴリラになっていた
帰ろ
「一輝!!!!」
マンションの下にたどり着くとそこには希がいた
ギクリとして後ずさる
「あー希ちゃーん」
すぐ後ろから母が駆け寄る
「あの話は母さんには言わん。サボりとかしょうもない事はやめなさい。悩みなら父さんが聞いてやる。母さんに心配をかけるな。男なら」
ゴリラがそう小さく言って母さんの後を追う
胸にチクリと痛みが走った
ゴリラ、、、父は父なりに心配してくれたようだった
そういう父親だ
希は父親と初めて会うのだが
驚愕の表情を隠しきれずにいた
「いただきます」
希が食卓にいる、、、、!
父ゴリが希を是非にと夕食に誘った結果である
「ごめんねーこんなもんしか出せないけどー」
「いえいえ、お誘いいただきありがとうございます」
おどおどと答える希
なんだかドキドキしすぎて味がしない
今夜は大好きな麻婆豆腐なのに全然箸が進まない
「はーいパパーどうぞー」
「ハニーについでもらうビールは美味しいなぁ。何杯でも飲めちゃうよ」
ウホッウホッとゴリラが笑う
まぁお上手ですことーうふふーと天然がいつもより上品ぶっている
俺がドキドキしているのはこの両親を見て希がひかないかどうかについてだ
チラと希の表情を確認すると案の定絵に描いた様な苦笑いを浮かべていた
あーだめだ
「な、なぁ親父、どうして急に帰ってきたんだ?」
どうでもいい話題で逸らす作戦にでる
「我が最愛の妻に会うのに理由がいるのか?」
ガッツリキメ顔のゴリラ
きゃーもうなどと頬を赤らめる母
だめだこいつら話にならん
「ねぇパパー?いつまでいれるのー?」
「ごめんねハニーしあさっての月曜の朝には出ないといけないんだ」
「えーーー足りないよーーー、、、、」
え?!その歳でほっぺ膨らますなよ!!
やめろよ!希の前だぞ!
なんて俺の想いはおかまいなしに続く夫婦コント
もはやこわくて希の顔は見れない
「じゃあこうしよう!ハニー!」
父が大げさに立ち上がって右手を差し出す
「僕と日曜日デートしてくれませんか?」
完全にキメ顔のゴリラ
完全に時が止まった食卓
だめだおわった
「無理」
一切の甘えなく全くの地声の母の声が食卓を切り裂いた
「日曜はemiriちゃんのライブだから無理」
完全に真顔の母
、、、、、、びっくりしすぎてアホ面の父
「え、、、?え、でもハニー?僕は月曜の朝には出ないとなんだよ?」
「でも日曜は無理。絶対無理」
えええええええええ
なにこれ
どゆこと
そんなに好きなのemiriちゃん
「ぷっ、、、、ははっ、、、はははは」
突然笑いだした希
「なんだよそれ、、、はははっ」
つられてわらってしまった
「えーーーでも、、、でもでもハニー、、、、」
「ぜーーーったい無理」
今度は4人の笑い声が響いた
ふと、希と目が合った
「素敵なご両親だね」
どこが、と言いかけて
「自慢の両親だよ」
と本音を言った
「母さんは天然だけど実はしっかり者でパート先ではすごく頼りにされている
だから未だに辞められない
めちゃくちゃ料理上手で母さんより優しい人は見たことがないかもしれない
父さんはこんなだけどスポーツ万能で頭も良い
学生時代からモテまくってたくせに高校生の時からずーーーっと母さん一筋らしい
俺は両親が大好きだ、尊敬してる」
照れくさかったが希には何となく知っていて欲しいと思ったから
素直に話した
「そっか、素敵な夫婦だね。私もいつかこんな夫婦になりたいな、、、」
「え、、、、」
違うドキドキがおそってきた
はっとして顔を真っ赤にする希
両親はまだ押し問答を続けていた
「あーじゃあ母さん、そのチケット俺に譲ってくれない?」
照れ隠しに話題を変える
「えーーーーーーーんーーーーーー仕方ないなぁーもう」
「え?いいの?」
「一輝が行きたいならいいよ!あげる!」
いや、どうしても行きたいわけでは無かったのだが、、、、、
横をちらと見ると希が少しだけにやけているように見えた
「じ、じゃあハニー!僕とデートしよう!」
父がすかさず割り込む
「よろしくお願いしますー」
少しだけ残念そうだが、母はやっと首を縦にふった
こうして翌日予期せず彼女とデートをする口実ができた
その後も学校の話や部活の話、父の最近の筋トレ事情や母のパート先の新人さんが若いのにしっかりしてるだの
なんてことの無い話で盛り上がった
いつの間にか時計の針は夜8時を回っていた
「いけない、もうこんな時間だ」
と父が突然真面目な顔をして言った
「一輝、そろそろ希ちゃんを家まで送ってあげなさい」
なんか普通のお父さんみたいだななんて事を思ってしまった
「あ、うん、希行こうか」
「いいよ、近くだし」
「だめだ、こんな時間に女の子1人外に出す訳にはいかない」
父が頑なに譲らない
まぁ当然だろう
希も察したのか
ありがとう、と椅子から立ち上がる
「ご馳走様でした。すごく美味しかったです」
「いえいえ、お粗末さまでした」
嬉しそうな母
「こんな時間になってしまって申し訳ない。ご両親にもよろしくお伝えしてくれ」
威厳ある風な父
「はい、ありがとうございました」
「んじゃ、いこうか」
うん、と小さく頷くのを確認して玄関に向かった
「それじゃあ、お邪魔しました」
「またいつでもご飯食べにおいでね」
むぎゅっと希を抱きしめる母親
希は照れくさそうに笑っていた
玄関を出ると生ぬるい風が頬を撫でる
マンションをでると虫の鳴き声が聞こえ、空には夏の大三角が輝いていた
「もう夏だなー」
「そうだね」
「あれからもうすぐ1年か」
「一輝が告白してくれた日から?」
悪戯っぽく笑う希
「ち、違くはないけど、そういう言い方は照れるよ」
「一輝かーわいい」
目が合って2人で笑った
すぐに希が住んでるマンションの下まで来た
「明日、楽しみにしてるね!」
「おう、俺も楽しみ」
普段はこんな勇気は出ないのだが、、、
なんとなく今しかないと思った
希をそっと抱きしめた
「じゃあ!また明日!」
踵を返して走って帰った
恥ずかしくて、ドキドキして、幸せな気持ちでいっぱいだった
明日何を着ていこう
希はどんな格好で来るだろう
きっと可愛いだろうな
本当に楽しみだ
自然と頬が緩むのを感じた
その日の夜は夢を見なかった
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