第2話
「っていう夢をみたんだよ」
何の気なしに昨日の夢の内容を話してみた
窓の外からは運動部の活気ある声と穏やかな風が流れ込んできいる
放課後、軽音楽部の部室にはいつもと変わらない日常が流れていた
「んで?その後は?一輝はどうなんの?」
なぜか興味津々の智也が鼻息荒く聞いてきた
「わっかんねーんだよ。そこで目が覚めた」
まじかーと大げさに残念がる智也を横目に希がスマホをいじりながら冷たく言い放った
「そんなことより練習しないの?しないなら帰る」
「希が帰るなら私も帰ろうかなー」
由紀も便乗する
「あーまてまて。練習しよう!ほら、立て!智也!」
智也を急かしながらエレキギターを背負う
「さーて、やりますかー」
んーと伸びながら智也が立ちあがる
俺たち軽音楽部はいわゆるガチ勢ではない
やりたい曲をやりたいようにやって俺たちが楽しかったらそれでいい
そんな部活だった
俺はそんな部活の空気が好きだった
「一輝歌詞できた?」
希に痛いところを突かれる
へへへと愛想笑いでごまかしてそそくさと準備に入った
次の学園祭でオリジナル曲をやろうとみんなできめたのは去年の学園祭ライブ終了直後のテンションのせいだ
学園祭は二か月後に迫っていた
「んじゃあ、おつかれー」
太陽は傾き部室には夕日が差し込んでいた。
練習という名の音出しもそこそこに
智也が右手をひらひら振りながら部室から出ていった
みなそれぞれ適当に返事を返す
「希ちゃん!クレープ食べて帰ろうよ!」
由紀が目を輝かせながら希の腕にしがみつく
「甘いもの苦手なんだって」
希が困ったようにこちらを見てきた
「あーーー希、母さんが帰りに寄ってくれって言ってたぞ」
嘘でない、嘘では無いのだが、、、
あまり人前でこういう事は言いたくない
「なにーーー!!このラブラブカップルめ!人前で惚気けちゃってまぁ!」
由紀が何故か嬉しそうに大声で言う
こうなるからあまり言いたくないのだ
にやにやしながらこちらを見てくる
「な、なんだよ」
「べーつにーーーー」
何がそんなに嬉しいのか由紀は今日1番の笑顔だった
「おじゃま虫はさっさと退散しまーす!じゃ、おつかれー」
由紀は万遍の笑みで去っていった
なんとも気まずい沈黙が俺と希の間に流れる
気まずいというか、、もどかしいというか、、
「じゃあ、俺達も帰るか」
うん、と小さい返事が聞こえた
俺達は付き合ってもうすぐ1年になる
去年の学園祭のライブ終了後
余韻もそこそこに俺は希に告白した
口が裂けても言えないけれど
どこが好きか?なんて尋ねられたら答えに困るくらい全部好きだ
特に希の歌声が、たまらなく好きだった
別に声フェチではない
希の透き通るような、心にすっと染み込むような歌声が大好きだった
普段は素っ気ない態度も
俺にだけ見せてくれる満点の笑顔も
大好きだ
彼女はすごくクールに見られがちだけど
実はすごく優しくて
人の事をちゃんと考えられる人だ
ただ少し、ほんの少し、言葉にするのが苦手なだけで
「ねぇ一輝」
さっきの気まずさのせいで、2人で黙って帰り道を歩いていると希が不意に手を繋いできた
心臓が高鳴る
「あの夢、、、一輝は死なないよね?」
頭の中がハテナでいっぱいになった
「え?」
不意の質問に間の抜けた声がでてしまった
希は不安そうな顔をしている
あーそうか
そうだった
希は俺の大好きな彼女はそんな事を気にしてくれる優しい子だった
「当たり前じゃん
大丈夫だよ」
手をギュッと優しく握り返すと希は少しだけ笑ってくれた
「ただいまー母さん、希に来てもらったよー」
玄関を開けて靴を脱ぎながら家の奥に向かって言う
おじゃまします、といつもより少しお淑やかな希が控えめに言う
いつもと違う希がほんの少し面白くて頬が緩む
「なによ」
照れくさそうに俺を見る
「いや、別に」
なんだか俺も照れくさくて目を逸らした
「おかえりー、あら希ちゃんいらっしゃーい」
家の奥から母親が出てきた
こんばんは、と礼儀正しく頭を下げる希
「今日はどうしたの?2人で勉強でもするの?」
小首を傾げる母
「母さんが呼んでくれって言ったんだろ」
毎度の事である
我が母親は世間で言うところの天然である
繰り返す
毎度の事である
「あ、そうだったわね!ごめんなさいねー」
へへへーと悪びれた様子もなく笑う
とりあえず2人を中へ促して俺はキッチンで3人分のコーヒーを入れる
普段はそんな事しない
彼女の前だけだ
じゃん!と誇らしげに何やら紙切れを希に見せている母親
マグカップを3つ持って2人に近づこうとした時だった
「えーーーーーーーーーーーー!!!!!」
希が俺も聞いた事ないような大声をあげた
びっくりしてマグカップを落としそうになる
「emiriのLIVEチケット!!!!
え?!なんで?!活動再開するの?!
お母さん!!なんで?!?!」
希は完全に興奮していて母親にすりよっていた
母親はへへへーと嬉しそうに笑っていた
「emiri一年だけ活動再開するらしいのよ。チケット買っちゃった」
「いいなーーー!私も行きたい!」
もはや敬語を忘れたらしい希が母親に詰め寄っている
この光景はなかなかレアだ
動画を撮りたい、、スマホはどこいったかな、、、
「希ちゃんの分もありまーす」
じゃじゃーんともう一枚のチケットを掲げる母
「お母さん大好き!]
希はついに母親に抱き着いていた
スマホスマホ、、、カバンの中か?
「かわいい娘ができた気分」
なでなでしながらへへへーとにんまり満足そうだ
「あ、、、私、、、ごめんなさい!」
我に返ったのか希が急いで離れた
ちっ、、、動画に収めそこなった
「emiriってだれ?有名な歌手?」
コーヒーをすすりながらとりあえず落ち着きを取り戻しつつある希に聞いてみた
「私たちが小さいころにね、歌ってた人だよ」
顔を真っ赤にしながら答える彼女は控えめに言ってかわいい
というかなんで母親は彼女の好きな歌手を知っていたのか
いつの間にそんなに仲良くなったのだろう
俺も知らなかった
「来週の日曜日にお母さんと希ちゃんでいってきますー」
母はもう一度希をハグしながら言った
少しだけうれしそうな彼女の顔を俺は見逃さなかった
その日の夜また夢をみた
僕は彼女の隣で彼女はギターを弾いてくれて
とても幸せで
目が覚めて俺は泣いていた
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