再会、出逢い

 街は嫌になるほどの熱気に包まれていた。

 それも日が暮れるほどに膨れ上がっていった。

 祭りの中心部から少し外れた公園で華とは待ち合わせの予定だ。

 一応5分前には公園に着いておいたが、昔の彼女は約束事にめっぽう弱く、5分ほど遅れてくるのが常だった。

 彼女は予想通り約束の時間に現れなかったが、5分もすれば来るだろうと待っていた。

 しかし、10分経っても彼女は来なかった。

 3回はLIMEで告げられた待ち合わせ場所を確認したし、小さな公園を5周はした。

 家に迎えに行くべきだろうか。

 でも、行き違いになれば面倒だ。

 永遠に同じ思考を繰り返す頭を振り、迎えに行こうと決断した時、公園の入り口に彼女を見つけた。

 ただこのまま駆け寄っていくと、ずっと探していた様でなんだか恥ずかしかった。

 だから、ベンチに座って空を見上げているふりをした。

 視界の端では馴れない浴衣を着た彼女が、時々転びそうになりながらも少しずつこちらに近付いてきていた。

 彼女の足音が近付くたびに、僕の鼓動は早まっていった。

 そろそろかと思い、今気付いたかのように彼女に顔を向ける。

 肩に届きそうな髪、大きな瞳、少し高い鼻、小さな口。

 誰が見ても美人、又は可愛いと言うだろう。

 少し顔は赤いが、普段着ることなんてない浴衣に四苦八苦したのだろう。

 そう思いつつ彼女に駆け寄り、


「華、久しぶり。浴衣似合ってるよ」


 と言ってみる。

 思ったよりすらすらと言えた事に自分でも驚いた。

 すると彼女は何かを口籠もって、そのまま僕にもたれ掛かってきた。


「……ありがと。ごめんね、遅れちゃって。浴衣がこんなに歩きにくいとは思わなかったの」


「良いよ、僕もさっき来たとこだし。それより祭り行こっか。もう始まっちゃうよ?」


「うん」


 やはり彼女といると安心する。

 花みたいな匂いも、なんて事ない仕草も、全てが愛らしく感じてしまう。

 やっぱり僕はまだ彼女を諦め切れてなかったんだな。

 嫌だけど定番な感じで一か八か、花火が散ったら告白してみよう。

 今ならどんな答えも受け入れられる気がする。

 その時まで僕は、ほんの少しだけ好きになった祭りを楽しもう。

 歩調も、売店を回るペースも彼女に合わせて、金魚すくいで彼女が惨敗したなら代わりに獲る。

 狐のお面を着けるなら、お揃いの物を着ける。

 嫌いだった祭りだが、それなりに楽しかった。

 あっという間に時間は流れていき、だんだんと人の流れは河川敷に流れていった。

 はぐれてしまわないように彼女の手を取り、人の流れに逆らって歩いていく。

 この街には小高い丘がある。

 そこは僕らだけが知る、街を見渡せる唯一の場所だ。

 そこなら夏祭りの醍醐味である花火を見るにも、告白をするにも、誰かの邪魔が入る事ないと思ったのだ。

 予想に反して高校生くらいの少年と、その子の妹らしき少女がいたが、何かの石碑に手を合わせていただけだったので然程さほど気にならなかった。

 街と河川敷を一望できるこの丘の、少し古びたベンチに座り、話の開始を待ちつつ、彼女に話しかけてみる。


「祭り、どうだった?」


 彼女は少し考えて、


「思ったより楽しかったかなー。なんていうかちょっと恥ずかしかったけど……ま、まぁ! 楽しかったよ」


 何やら彼女はわたわたしていたが、正直僕は今からする告白で一杯一杯だった。


「そうか、それは良かった……しかし驚いたなぁ。あの活発で奇想天外だった華が、少し見ないうちにこんなにも大人っぽくなっていたとはなぁ」


「えっ、何それ……私そんな感じだったの?」


「うん、そんな感じだった」


 彼女は本当に奇想天外だった。

 言い方を変えれば、馬鹿だった。

 大雨が降れば裸足で飛び出して小躍りをした挙句に風邪を引いてみたり。

 その雨が上がって虹が掛かれば麓に向かって走って行ったり。

 そして虹が消えて帰ってきたなら転んであちこち傷だらけだったり。

 兎に角、馬鹿だった。

 でも、それが僕は好きだった。

 好きなものを好きと言えない僕は、窓の外ではしゃぐ彼女を羨んでいた。

 そんな僕と彼女が接点を持ったのは保育園の時。

 人と何かをする事が苦手だった僕は、その頃から孤立していた。

 あの日僕は確か、ブランコから落ちて泣きじゃくっていた。

 勿論孤立していた僕に声を掛けてくれる友達もおらず、分かりきっていた事なので、痛みを誤魔化す為に声を上げないように泣いていた。

 暫くして、傷みにも馴れてきた頃、彼女は現れた。


「ねぇ、大丈夫? けがしてない? そうだ、コレ使っていいよ」


 と、可愛らしいレースの付いたハンカチを渡してきた。


「うん、大丈夫。ありがとう。ハンカチはいらないよ。汚れてしまうのはハンカチが可哀想だから」


「そう。なら良いわ。でも男の子が泣いてたらかっこ悪いよ?」


 正論に何も言い返せなかった。

 でも、彼女は僕に話し掛けてくれた。

 それがとても嬉しく、僕には彼女がヒーローに見えた。

 その日から彼女は時々一緒に遊んでくれる「友達」という存在になっていった。

 初めてできた友達を、意識しない人なんていないだろう?

 ましてや異性の友達を。

 進学する小学校が同じだと知り、とても嬉しかった。

 保育園よりも少し規則が増えた小学校でも、彼女の自由奔放な性格はそのままだった。

 彼女にはだんだんと友達は増えていき、僕は相変わらず独りぼっちで過ごしていた。

 クラスもなかなか合わず、彼女と話す機会もない。

 彼女は学年で1番人気になっていく一方、だったの一人も彼女以外の友達がいない僕は、彼女の視界にも入れていないのじゃないかと思うと、無性に寂しくなった。

 しかし、どう足掻いても僕はもう彼女の隣には立てない。

 そう気付いたのは僕らが中学3年生の時だった。

 しかし、気付くのがあまりにも遅かった。

 もう手遅れだと思っていた。

 彼女が夏祭りに誘ってくれるまでは。

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