花と、彼女と、僕と、

 回想に浸っていると彼女は不意に、


「あ! 始まるみたいだよ!」


 と、声を上げた。

 見れば河川敷の人々は空にカメラを向け、花火職人達は正に点火しようとしているところだった。


 ひゅー……どーん


 文字にするとなんだか味気なくなってしまうが、僕らは本物の花火の音に圧倒されていた。

 紅、蒼、翠と様々な色の炎が夜空に咲く。

 チラと彼女を盗み見ると、初めて雪を見た時のように目を輝かせていた。

 そんな彼女に見惚れていると、こちらの視線に気付いたようで


「どうかした?」


 と言ってきた。


「ううん、なんでもないよ」


 と答えはしたものの、なんだか気不味くなって目を逸らした。

 彼女は不思議そうな顔をしていたが、すぐに花火に視線を戻していた。

 見渡す限りに大輪の花が咲き誇ったあと、彼女はポツポツと話し始めた。


「ねぇ覚えてる? 小学生の時、みんなの輪から少し離れたところで、2人で手持ち花火したこと」


 勿論覚えている。

 民泊で2泊3日の修学旅行の時だ。

 僕は頷く。


「そう。良かった。その時、線香花火は切ないよねって話をしたよね。君は良く分かってないようだったけど、儚さも含めて綺麗なんだよって言ったの。今ふとそれを思い出してた」


 確かにそんな話をした。

 ロケット花火で盛り上がるみんなの輪に無理に入る気にもなれず、少し離れたところで空を眺めていると、彼女は線香花火を2つ手に持って僕の隣に座った。

 この時が、小学校での最初で最後の関わりだった。

 徐に1つを渡してきた彼女は少し嬉しそうだった。

 勿論嬉しかったのは僕も同じで、2人で線香花火をしながら、今日みたいに思い出話をした。

 夜が深くなって、みんなが民泊に帰り始めるまで、僕らは昔の関係に戻っていられた。

 進学した中学校も同じだったが、僕らの関係は薄くなっていった。


「あの時にね。君が言ってくれた言葉が忘れられなかったの。なんて言ったか覚えてる?」


 なんと言っただろう。

 もう暫く前の話だ。

 会話の一つ一つを覚えていられるわけじゃない。

 だから首を横に振った。


「そっか。まぁそうだよね。もう5年くらい前の話だしね。君はあの時私に、華はまるでアイビーみたいだ、って言ったの。その時は意味が分からなかったけど、少し前に分かったの。アイビーの花言葉は「不滅」なんだってね。確かに私たちにピッタリだって思ったわ」


 鮮明に思い出した。

 その時にはもう華の事を諦めたつもりでいたが、そうじゃなかったんだ。

 アイビー。

 それは僕が1番好きな花。

 確かにアイビーの花言葉は「不滅」だ。

 更にアイビーには「友情」という意味もある。

 でも、そう伝えたかった訳ではない。

 僕が伝えたかったのは、きっと……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る