第5話 最弱で最強の聖導士 ゾフィー・リーン

その晩、俺はテトラの行動を止めるのに必死だった。


「ルッド教会の鬼を倒す?鬼に手を出すなんて正気か?いくら何でも無茶だ!」


「無茶でも何でもいい。私は鬼を倒す」


「80年前の惨劇を知らないのか?」


およそ80年前の太陽の日。


鬼の大群がガッドランドに現れ、街を襲撃した。


宮廷求道者1万人と3万人の求道者が街を守る為に争ったが、結果は惨敗。


1万人の鬼に人間や食料、領土が奪われた。


その悲しみや憎しみは下の世代にも語られて続けている。


その後、ガッドランドと鬼の間でルールが決められた。


これ以上街を襲わない代わりに、人間達は鬼に危害を加えてはならない。


それ以来、宮廷の許可がない限りルッド教会を始めとした鬼の街に干渉する事は禁じられた。(おそらく、他の国でも同じだろう)


「勿論知っているさ」


テトラは当然の様に答えた。


「じゃあ、何で?」


「私は、あんたよりガッドランドの裏側を知っているから…」


一体どういう意味だ?


「…何も鬼の街に入る訳じゃない。ルッド教会を見て鬼の様子を観察するだけだよ」


「観察する?何もしないのか?」


「ええ。鬼が攻める時期を見計らうだけ…」



…夜が明けると、テトラはすでに外で剣を振っていた。


「起きたか。さてと、じゃあ、ルッド教会へ行きますか。2人でも良いけど、もう1人ぐらい必要かな?誰か居ないか?」


「ちょっと待て。俺はもう参加しているのか!?そもそもそんな簡単に仲間が見つかる訳ないだろう」


「じゃあ、とりあえず2人で良いか!ジン、行くぞ!」


「まず顔を洗わせてくれ」


…………………………………


テトラとジンが出会うおよそ3ヶ月前のガッドランド国では、不遇な聖道士が“最強の聖道士”となる、ある出来事が起こっていた。


「お前はクビだ」


「えっ?えっ、えぇええええ!!どうしてですかぁ!」


「いくら後衛とは言え、ヒールしか使えない聖道士に用はないんだよ。せめて身を守る防御スキルを覚えてくれ!」


「すいません、私非正規求道者で…でも、ヒーラーが居なくては魔獣討伐の長旅は難しいんじゃ…それに私、激安ですよ?」


「新しいヒーラーはもう雇った。呪道士の巫女だ。ヒールも呪いも使ってくれるから君より働いてくれる」


「そんなぁ…私、皆様のお力を借りて行かないといけない所が…」


「他のパーティに頼むんだな。精々頑張れよ!!」


「…はぁ…これで3チーム目か…」


ガッドランドの大通りに貼り付けられたパーティメンバー募集の掲示板を眺めながら大きくため息をつく。


聖道士、ゾフィー・リーンは街の掲示板で見かける魔獣討伐メンバーに応募しては首になり、魔獣討伐の恩恵を受けられずに居た。


「もう!ヒーラーの大切さをわかっていないのよあの脳筋武道士!あんた達が外で鍛錬している間、私達はどれだけの時間をかけて詠唱や人体の構造を勉強したと思っているのよ!あぁやんなっちゃう!!」


私はイライラしながらアテもなく歩いていた。


そうなのだ。


格闘系の道に比べ、魔道や聖道は遥かに座学が多く、身体的な鍛錬をする余裕や暇はほぼ無い。


魔道は主に自然、聖道は人体構造の知識により技が磨かれる。


その分、戦闘では後衛に周り、安全な場所からのサポートとなっている。


24歳で聖道士としてパーティに参加するゾフィーに求められている平均は、ヒールとサポートの詠唱である。


「はぁ…私に力さえあれば一人でルッド教会へ行けるのに。でも一人で戦うには、前衛としての力が必要だし…」


はたと、足を止める。


「今から剣士に…」


無理無理。道を変えるのは脱道だし、今から別の道を何年も鍛錬していられない。


「その頃にローズは私の事を忘れちゃうだろうなぁ…はぁ…またお仕事パーティ探さないと…」


妹のローズを思い出す。元気でいるだろうか。辛い思いをしていないだろうか。


ローズに会いにいく為、太陽が一番高くなる日である3ヶ月後、ルッド教会へ向かう事ははもう決めている。


新たにパーティを組んでクエストをこなしてコミュニケーションを取って、私が希望する場所へ一緒に行くには時間が無い。


「一人でも無理、パーティでも無理…一体どうすれば良いのかしら…」


岩間に隙間風がふぶき、鳥の群れが羽ばたきだした。


「…あれ?ここどこ?」


崖に囲まれ大きな岩がゴロゴロと転がっている。


「キーラ山かな?怒りに身を任せて歩いていたら知らない場所まで来ちゃったみたい…もう…疲れたのに!何で知らない所まで歩いてるのよ!」


岩に座り、足に手を添える。


「ヒール」


詠唱を唱えると、足が暖かくなる。


「よし、これで帰れる!」


あの脳筋はヒールだけしか使えないって言うけど、ヒールは意外と便利なのよ。これだけ便利なのにパーティを追放するだなんて。


「ヒールさえあれば、筋肉が“回復”して疲れも吹っ飛んで1日何十キロでも歩けるって言うのに!」


………待って。筋肉の回復?


筋力を上げるには、運動をして筋肉をあえて壊す事が大切であると人体構造学で学んでいた。


運動やトレーニングで筋肉に負荷をかける事で筋繊維を損傷させる。


そして休ませる事により筋肉が修復し、よりひとまわり強固な筋肉とさせる。


それが筋肉量を上げるトレーニングの方法だ。


「休ませ修復するには48時間〜72時間と言われているけど、ヒールを使えば……一瞬で回復できる!?筋肉の回復で数日分のトレーニングが瞬時に可能になるんじゃ…」


待って待って。理論的にはそうだけど、本当に出来るのかしら?


ゾフィーは目の前に落ちている、子犬ほどの大きさの岩に目を向ける。


例えばこの岩を…


長いブロンドの髪の毛を縛り、気合を入れる。


「はぁ!!!!…う〜ん!!!」


ダメだ。両手で持つので精一杯。力を緩めた手から勢いよく岩が落ちる。


スラリとしたか細い腕が震えている。


「もう。腕が疲れた…腰の位置までは持てない」


でも、ここからヒールを使えば…。


「ヒール!」


両腕に交互に杖を当て詠唱を唱えると、腕が暖かくなる。


「うん!肩が軽い!これでもう一度岩を…」


再度岩を両手で持ち上げる。


「う〜ん…」


岩が勢いよく落ちる。


「やっぱダメかぁ…でも、さっきより上がったかも?これを1回じゃなく何回もやれば…」


「ヒール!」


「はぁ!!!!…う〜ん!!!」


岩が勢いよく落ちる。


「う〜ん…もう一回!」


「ヒール!」


崖に日が沈み、あたりが暗くなる。


「ヒール!」


「ヒール!」


「ヒール!」


「ヒール!」


ヒールの詠唱が岩壁に響き渡る。


ふぅ…。


「もう夜か。ヒールの連発の方が疲れちゃう。そろそろ休もうかな」


あまりヒールを使い過ぎると魔力切れを起こしてしまう。


「でも、結構筋肉付いた気がするのよね」


そう言って、片手で岩を放り投げた。


ゾフィーは崖下で風を遮る場所を探し横になる。


「また明日。今度はもっと大きな岩で」



◆ジンとゾフィーが出会うまで後2話。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る