第6話 ゾフィー・リーンとヤ・フー

ジリジリと焼ける様な太陽の日差しが皮膚を刺激する。


「…今何時かな?」


岩上で寝ていたゾフィーが目を覚ます。


うう、体が痛い。


今の時期は日差しのピークに差し掛かり、自慢だった白い肌が褐色に焼けていた。


「またやっちゃった。寝るなら日陰で寝ないと、破けた肌がヒリヒリ痛いのよね」


二の腕を見ると裂けた皮膚から血が出ている。


「あ〜、ここも皮膚が切れてる…ヒール」


二の腕に杖を当てて詠唱を唱えると傷が癒えた。


もう何十日やり続けたのだろうか。一度やると飽きずについつい続けてしまう。


川で顔を洗い歯を磨くゾフィーは、川辺に映った自分の姿を見る。


「ちょっと、やり過ぎたかも…」


川辺には見るからに筋骨隆々となったゾフィーが映っている。


筋肉の増強により、所々皮膚が破れ、その度にヒールで治すが、どうしても跡がつく。


「筋肉もそうだけど、全身傷だらけ。まぁでも歴戦の勇者って感じでかっこいいかも。全然戦っていないけど」


体は筋肉で覆われ、3ヶ月前と比べて3回りは大きくなっていた。


川で顔を洗った後は再び岩壁沿いの野営地に戻り、捕まえ燻製にしておいた鳥を食べる。


この辺は鳥類が多いから助かったけど、これが最後ね。また捕まえるか、それとも…


荒地に目を向ける。


「…もうこれぐらいでいいのかなぁ?そろそろ岩も無くなってきたし」


大きな岩がゴロゴロと転がっていたはずの土地だったが、地面に乱雑に落ちていたはずの岩は全て綺麗になくなっていた。


「岩を崖から運ぶのは大変だったのよね〜。さてと。これが最後の岩ね」


鹿ほどの大きさの岩を軽々持ち上げ、岩壁に並べる。


整理する為に置いた岩々は、それだけで山ができそうなほど大きくなっていった。


「さてと、今って、何日だろう?」


見た目には筋肉がついている。これでパーティを組むのではなく“一人で鬼と戦えるかもしれない”。


妹のローズを連れ去った鬼の形相を思い出す。


ゾフィーが生まれ育った山奥の田舎村に鬼がやって来たのは9年前だった。


羽が生え、勢い良く飛んでくる鬼に対してなす術を持たず、逃げるのみだった。


そのせいでローズは連れ去られた。


自分の無力を呪った。


でも、今は違う。数匹程度なら一人で対処出来るかもしれない。


一人でルッド教会へ向かう。本当に自分一人で出来るのかしら。


いや。もうやらなければいけない。太陽の日は近い。



と、当然目の前が影に覆われる。


足元にぽたっと雫が落ちてくる。


「雨?」


上を見ると、崖に張り付いた生き物の大きな口から涎が垂れている。


「ヤ・フー!」


掴みかかってくる腕から寸前で逃げ、距離を取る。


ヤ・フー。


手足の指先がタコの吸盤で出来た低級魔獣。


崖に張り付き、飛んでいる鳥類を捕獲し暮らしている。


人間1人を丸呑みにするほど大きな口と、崖に張り付きやすい様に進化した長い手足が特徴。


「やっばい!ヤ・フーの住処はもっと先じゃ!?」


腕を伸ばし掴みかかる。


咄嗟に避けるが、杖を掴まれた。指先の吸盤で杖を引っ張り上げようとする。


「ヤ・フーに掴まれたら一生逃れる事ができない!」


この地域での言い伝えである。ヤ・フーの吸盤に触れる物は全て取り込まれてしまう。


ゾフィーは咄嗟に杖を引く。


「がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「…えっ、あれっ?」


杖を引いただけなのに、掴んでいたヤ・フーの腕はもぎ取られ、大量の血が肩から噴き出していた。


杖には吸盤で貼り付けられたままの右手がぶら下がっている。


「グワッ、グワッ、グワッ…」


右手を無くし、痛みで暴れ回るヤ・フー。


「こんな簡単に腕が取れちゃうの?って言うか、もしかして…」


ゾフィーは杖を握り直し、ヤ・フーの顔面目掛けて全力でスイング!


ブシュン。


ヤ・フーの顔に杖がヒットした瞬間、胴体は分断され、頭部は彼方に飛んでいった。


「嘘…魔獣がこんなあっさり?」


杖についた右手は吸引力をなくし地面に落ちる。


「…どうしよう…力をつけ過ぎてしまった…」


魔獣を一撃でやっちゃった?


って言うかコレは聖道士の力じゃなくない?


そんなの戦士や武道を求道しても無理じゃない?


「…求道者って何なんだろう…?」


そんな疑問より、今はパーティがあれだけ苦しんだ魔獣『ヤ・フー』を一撃で倒せた事への高揚感が優っていた。


とにかく、自信がついた!太陽の日まで時間が無い!


ルッド教会へ向かおう。


それで…鬼の集落から妹を助ける!

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