第99話 ダム湖の竜

 「今日は、桜さんの新任挨拶に来たのですが、せっかくお会いできたので。何か困ったことはありませんか?」


佐藤くん勝手に話し始めるし。

ダム湖の中から半分立ち上がった竜が腕組みして、ダムの上に立つ佐藤くんを見下ろしているのだけど。

竜って腕組みするんだ。


いや、こんな風景、他の人がみたらびっくりするわよ。

人祓いというのは、上空とかにも影響あるのかしら。飛行機から見えてしまうとか、Googleカーに撮影されてしまって、世界に晒されるとかないのかしら。

そんなことを思いつつ、二人の話を横で聞くことにする。


「そうだな、人間の穢れが最近氣の流れを止めてしまうのが辛いとこよの」


「それは致し方ありません。私たちが主に動くと人間の住めない世界になりますから」


「人間どもは自分たちのせいで雨が降らなくなっていることもわからず、雨が少ないと我々に文句を言う者もいる。雨乞いの儀式を行う際も気合が入っておらぬし。

昔のように乙女でも捧げてくれれば良いが」


と言って私をチラッと見ないで。


「昔のように人命が軽い時代ではないですから、お饅頭とか野菜とか現代風にアレンジされた盆踊りとかで我慢してください」


「その辺は今に合わせて行動しておるわ。その辺の人間を攫ったりせぬから心配するな。

それで、今日は雨についてのワシの愚痴を聞きにきたわけではあるまい?」


「話題といえば天気の話から、久々にお会いしたので無難なとこから話してるだけです」


生贄の話が無難なのか。この人たちのセンスは割と危ないのではないか


「この桜さん、巡回者と契約してくれませんか?」


「先任者はどうした」


「異国で仕事がうまくいかずに命を落としました」


「異国の精霊に負けてしもうたのか。

もう少しこの国で修行してからいくべきであったろうに」


「色々と人間側にも都合があるのです。最初の巡回者は大体生贄になってるでしょう?」


「うむ、言われてみるとそうであったな。ワシも昔、何かそういうものを食った気がする」


「それで、桜さんもこのまま初対面で色々なところに行くと、誰かに食われる可能性があるので、まずは力ある竜であるあなたに契約を結んで欲しかったのです」


そういうと、蒼竜は少し胸を張って


「そうか、そういう事なら契約してやっても良いぞ。

やり方は前の前任者の時と同じで良いのか?」


「ええ、それでお願いします」


人間の常識や良識というものの範囲外にいるもの達の話を聞いて、少しゾッとした。

この存在達は、人間の命というものをあまり大切なものと見ていないのではないか?

生贄? お父さんが精霊に負けた?

この仕事って結構やばいのでは?


「では、桜さんこちらへ」


と招かれたが、ちょっと足が震えて前に動かない。

あれ、さっきの話程度で私びびっているの?


「あ、すみません。さっきの話聞いてしまったんですね。

いえいえ、そんなに危ない事ないですよ、桜さんは日本にいる限り私が守りますから。

それに、今時生贄の習慣はないです。

たまーに人と接したことのない竜を抑える時は誰かが役割をもちますが、今の所そのような存在は把握されてないので」


素敵な笑顔でそんなことを言われてしまうが。

まぁ、この青い竜さんは特に私の命を狙っている感じもないのでいいのかしら。


「契約って?」


「今後、竜のところ巡回することになるんですが。

桜さんの家なんかにセキュリティサービスがついているでしょう?

そして、見回りとか訪問とかしてくれて、家の様子をたまに確認に来るでしょう。

そんな仕事をするのが巡回者。

日本にいる竜を見回って、毎度変化がないかと確認したり、竜達の要望を聞いたりすることが仕事です」


「なんで、私がしないといけないの?」


「こういうのは前任者の血縁でないといけないのですよ。

たとえば、今回のこの種子島の竜のところに血縁ではないものが来ると、また1から関わりを作らないといけないので一回その人が生贄になって、その血縁の人からやっと巡回者となれるのですよ。

巡回者が世襲制なのはそういうことなのです」


さらっと怖いこと言う。

つまり、私以外の人間を代わりにしようとすると、親子を連れてきて、親を生贄にしてからその子を仕事に充てるという感じになるのだろうか。


それ、ホラーな話にありそうな内容じゃない?


つまり、私がならないことには、血縁は叔母さんの子供がいるならそっちになるのかな?


とりあえず、父がしてた仕事は子である私が引き継がないことにはどうしようもない。ことがわかった。


しょうがない、他の人に迷惑かけたらダメだもんね。

自分が母親を失っているので、親がいなくなるのは辛いことがわかっている。

そんな気持ちを他の人に押し付けていいわけがない。


「わかった、契約しましょう。今後、こう言うのが何度もあるということなんでしょう?」


「話が早いですね。ええ、今後も関わる竜がたくさん出てきますから、ここで実績を積んでおいたほうがいいでしょう」


「冬美叔母さんもそう考えてたのかしら?」


「いえ、彼女はここまでは求めてなかったと思います」


「なら、なぜ?」


「僕は桜さんとともに長く仕事がしたいわけです。

そういう時は、桜さんが有能なことを上司にアピールし、僕ととても相性がいいような話をする必要があるでしょう。

そのためにも、僕が一緒にいたら通りすがりの竜と契約してしまった、という既成事実を作っておきたいと思ったんです」


これは、佐藤くんの策略?


「秋子さんも同じことを考えてまして、二人で桜さんが、この先危険なことに合わないようにするための方法でもあるんです」


竜と契約すると、危険なことに合わない?


「その辺に半非物質生命体、精霊とはまた違う存在、竜とはまた違うもの達がいます。それらは形なく漂っているのですが、たまに「見える」人間を相手にちょっかいを出してくることも。

ですが、竜と契約していると、その半非物質生命体の弱いものは近寄ってきませんから、安全というものです」


「佐藤くんが守ってくれるんじゃないの?」


「来たら守りますが、最初からそういう存在が来ないほうが安全でしょう。

ここでこの竜と契約すると、いろんな特典がついてくるのでぜひ今のうちにしておきましょう」


今ならもう一セット、さらに便利なキャスター付き、とかで押し入れの棚を買わされる人みたいな感じになるじゃない。


そして、私が竜の前に立つと竜が頭を下げてきて私の手の届くところに近づいてくる。


でかい


頭だけで乗用車くらいあるじゃない。

そこにギロッと目玉があるので迫力満点。別府の温泉に立ってる鬼を見て泣いてるレベルの幼児なら失神すること確実だわ。


「桜さんの体液を、その龍につけてから「巡回契約を結ぶ」と口に出してください」


佐藤くんは一歩下がって後ろから指示してくるけど。

体液?


血とかはいかにもな感じだけど

手頃なのはよだれ。

いや、唾液よね。


そこで、竜の額に口付けをした。

魚みたいに生臭くないのと、表面が青く澄んだ宝石のような鱗で覆われてて。

なんとなく「綺麗」と思ったので

あとは雰囲気よね

ひんやりした感じが唇に伝わり、同時に竜が少し身じろぎするのを感じた。


そして竜の額に手を置いたまま


「お前と巡回契約を結ぶ」


と厨二病っぽく言ってしまう。何かのアニメか漫画で見たセリフっぽく。


すると、竜の体か少しブレたように見え、残像のようなものが浮かび上がる。

同時に佐藤くんが何か桐でできたような箱を取り出し、その中に竜の体から出てきた残像を構成する粒子状のものを取り込んで、蓋を閉める。



「はい、契約完了です。契約の詳細は僕が保管しておきました」


そう言って、さっきの箱を胸ポケットにしまう。いや、どう見ても大きさ違うでしょ。

四次元ポケット?


「いや、ワシも今日は良い日じゃ。

処女の力を注いでもらって、これから1000年は頑張れそうじゃわい」


そう言って、水飛沫をあげて竜は空中へと飛び出していった。

この水飛沫は精霊側にしか見えないものらしいので、かかってもぬれることはない。

と後で聞いた。


私、処女って言ってないのに

空を舞う竜を見上げながらそんなことを思っていると。


「まさか、口付けするとは思いませんでしたよ、大胆ですね」


と横にやってきた佐藤くんが言う。


「いや、なんか、そっちの方がカッコいいかなって」


「おかげで、桜さんの生命エネルギーが彼に流れていきまして、彼の精霊力が高まってきましたよ」


それ、おっさんが女子高生にキッスされて舞い上がっているってことじゃないの?まさに舞い上がっているし。


「そのやり方、春彦さんではできなかったので、今後もそれでいきましょう。竜も喜んでるし力も得られてwin-winですよ」


精霊がwin-winとか言うのか。と思いながら。

お父さんが竜にキッスするシーンを想像すると、それはないわな。と思ったりしてしまう。


「桜さんはこれで、九州に戻るまでは安全です。あとはご友人達とくつろいで楽しんでください。九州に上陸したら、またご連絡がありますから、その時にまた会いましょう。

この後僕はちょっと席を外しますので近くにはおりませんが、ご容赦ください。

先程の契約で精霊、見えない側からの危険はありませんから。

九州についてからは側にいますので用事があれば呼んでいただいて良いですよ」


と言って、佐藤くんも姿を消した。


私の手元には、青い綺麗な鱗の形をした石が一つ手に乗っている。

これ、さっきの竜の鱗?


太陽にかざすとキラキラと虹色も入ってくる。

クラックが入ってるのかしら?



それを無くさないようにポケットに入れて、私は3人に合流すべく時計を見てメールを送った。

あとは旅を楽しまなきゃ。


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