第65話 雪を走る

翌日、太陽が登ってきたところでハッと目を覚ます。

リビングのストーブ前で、二人倒れるように眠っていたのだった。

昨夜は色々と親の話などをしつつ過ごしてたけど、なんかこう、自分が不幸なのではないかという気持ちになってしまいそうで鬱々となりそう。

冬のせいでもあるんだろうけど、私の方も色々落ち着いてきたから心の余裕が出てきたのかしら。


こんな時こそバイクで走りたいと思うのだけれど、

外は真っ白

窓から外を見ると、一面の銀世界というものだ。しかも空は晴れていて、青空と白い地面が良い感じ。

阿蘇の外輪山にも雪が白く積もっていて、まるでアルプス山脈のよう。


行ったことはないけど


雪景色がいつもの風景を一気に変えてしまう。

庭先は、周りの杉林が北欧の森のように、枝に雪を蓄えて佇んでいて、その手前にある広い空間は真っ白な雪だらけ。

何かの足跡があるけれど、鹿か狐かしら?」

昨夜作っていた雪だるまが新たに降り積もった雪に半分埋まってたりするし。あれからさらに降ったのね。


スマホで確認すると学校は休校となり、徒歩で通学できる生徒だけが登校して自習できるという話になってたが、学校行っても校庭で雪だるまとか作って遊ぶくらいしかしないだろうけれど。

でも、こんな日に学校行くのも楽しそう。


ここ最近では珍しく、20センチくらい積もってるとこもある。これだけあればカマクラも作れそうね、体力があればだけど。


私が薪ストーブに火を入れ、朝の準備、といってもトーストとインスタントコーヒーとカップスープにサラダを用意しているとはるなっちが目を覚まし、いそいそと着替えている。


「何するの?」


テーブルに朝食を並べながら聞くと、

「雪の中を走るのよ!」

とすごく良い笑顔で答えてくる。


「ジョギング?」


「ばか、カブで走るに決まってるじゃない」


「とりあえず、外で遊ぶならまずご飯食べて体の中から温めてから」


と私が言って、防水撥水のウェアに身を包んだはるなっちを座らせ朝食を食べさせる。


どうやって走るのか?と聞くと


「ふふ、こんなこともあろうかとスーパーカブ用の雪中走行用タイヤチェーンをオークションで買ってたのよ!」


と言って、私のガレージの奥から引っ張り出してくる。

いつの間にか、ガレージにははるなっち専用スペースが出来上がっていて、そこには得体の知れないものがたくさん置かれている。


「中古品だけど、手入れはしてあるから大丈夫。スパイクタイヤ履く人もいるみたいだけどね」


と言いながら、ささっと朝食を済ませてチェーンをタイヤにまき始めるが。


「前輪の分がないのよね」


と言いながら、近くにあったワラの紐を持ってきて、それを前輪に巻き始めた


「そんなの巻いて効果あるの?」


「耐久性はないけど、ワラは偉大なのよ。昔から滑り止めといえばワラなんだから」


昔って、江戸時代くらいの話じゃないのかしら


「沢登りとか趣味でしてる人が、最も使いやすいのはワラジだと言ってたのよね。なにしろ滑りにくいんだって。だからタイヤチェーンがない時に、臨時でワラ巻いて脱出したって話もあるくらいなんだから」


本当だろうか。なんかすぐブチッと切れて使えなくなりそうな気がする。

そもそも、そのワラの縄はその辺のホームセンターで枝とかまとめるように買ったものなのに。


「昔、スノーグリップっていう前輪にスキー板みたいなの履かせて、後輪にキャタピラみたいなのをつけて走れるのが売ってたのだけれど、今は販売されてないのよね」


と言いながらなんかやってるが、私にはなんのことかよくわからない。


「ねえ、私のスーパーフォアもチェーン巻いたら走れるのかな?」


「200kgのバイクが滑ってこけた際のダメージ考えたらこわくない?足で支えられないでしょう?

スーパーカブはかろうじて足で支えられるくらいの重さだから大丈夫だけど」


確かに、あれがコケた時に滑る地面で起こせるのかという問題があったわ。

でも、ちょっと憧れるわね。


私も外に出るので、防水防風防寒のバイクウェアを身につけて、ガレージのシャッターを開けていく。


はるなっちはカブに跨り、ノーヘルだけど家の庭先しか走らないっていうからまぁいいかな。


冷たい空気がガレージを満たし、二人の吐く息が白くなる。

カブのエンジン音がガレージに響き渡り、そして、


「GO!」


と叫んではるなっちが飛び出していった。

そして、その辺ですぐコケた。


私が急いで駆け寄ると、と言っても雪が深いので歩いてるのと変わらないくらいだけど。


「長靴に滑り止め履くの忘れてた」


と言って、カブを押しながらまた戻ってくる。

長靴にスパイクのついたゴム製のものを被せていく。

ホームセンターで売ってる草刈りの時に滑らないように使うやつだ。私も持っているのを思い出し、同じように長靴の上に履く。


「改めて、GO」


と言ってはるなっちがガレージから飛び出し、足を地面に引きずりながら、叫びながら庭をじゃんじゃん走り回っていく。


たまにこけたりしてるけど、笑いながらカブを起こして、また走り回る。


誰も踏んでない真っ白だった庭先にタイヤの跡が延々と繋がっていく。


「楽しそう」


私はデッキと玄関のところの雪かきをしながら、はるなっちのスーパーカブ雪遊びを眺めていた。

私もやってみたいな。


とはいえ、スーパーフォアを引っ張り出す度胸はないし。


とか思っていると、はるなっちが戻ってきて


「どう?乗ってみる?」


と息を切らせながら声をかけてくれた。


服は雪まみれで顔も冷たい空気に晒されて耳先が真っ赤になってるけど、とても楽しそうな笑顔だ。


「私流石に疲れたから、ちょっとストーブあたってくる」


そう言って私にスーパーカブを渡して家の中に入っていった。


スーパーカブも雪まみれ。

まずはタイヤのスポークに詰まった雪を落として、ハンドルカバーの中に手を入れてアクセルとブレーキの感じをつかむ。

ハンドルカバーは慣れてないからちょっと戸惑うわね。


エンジンをかけると心地よい単気筒の音、郵便屋さんの音が響く。ヘルメットなしで聞くとエンジンからの音が結構大きいのに驚く。


さて、ちょっと走ってみますか。


わずかに傾斜になっているガレージからの道を降りる時に、すぐこけた。

最初にはるなっちが転んでたところ。


同じとこで罠にハマるなんて。


秋までに草刈りをして、庭先には岩とか樹木とかは転がってないはずだから。


アクセルを開けて、思い切りタイヤを回す。

回しすぎるとタイヤが空転して雪をかくばかり。少しアクセルを弱め、ちょっと足で地面をけりつつスタートしてみる。


チェーン巻いてても万能ではないのね。


走り始めるとグングン加速する。ハンドルを切って曲がろうとすると車体が倒れ込むので足で踏ん張ってぐるっと足を軸に回ると、なんかかっこいい感じ。


ちょっとそんなターンを繰り返して遊んでから、はるなっちが走ってない雪の中に突っ込み地面に足をつきながらこけないように慎重に走っていく。


楽しい


ノーヘルで、雪の中といういつもと違うスタイルもあるけれど、とても楽しい。

無心になって、まだタイヤの跡の付いてない雪の中に突っ込んでいく。


アクセルを回して雪を弾き、雪をかき分けながら前に進む


あまりにも走り回りすぎたのか、前輪の縄が切れてしまった。


途端にハンドルの効きが悪くなりコケそうになる。

危ないのでゆっくり両足をつきながらガレージまで戻ってくると、はるなっちが腕を組んで待ち構えていて。


「楽しそうにアクセルターンとか決めて」


と言ってくる。

アクセルターン?


「さくらは身長があるからいいわね。私できないもの。

足を中心にぐるっとアクセル回してバイクの方向変えるのさっきやってたでしょう?

オフロードみたいなとこでやるテクニック」


「そんな技名があったのね」


「技名って、仮面ライダーじゃないんだから。

で、どう、楽しかった?」


「とても楽しかった」


私の表情を見て、はるなっちはにっこり笑って


「そう、よかった」


そう言って、カブを撫でながら


「スーパーカブはどこでも走れる頼れる相棒。これからも変わることはないけれど、新しい相棒に乗り始めると乗る回数も減ってしまうかなぁ」


はるなっちとしても、いろんな思いがあるのだろうけれど


「その分私が代わりにその子に乗ってあげようか?」


「いやよ、私のスーパーカブなんだから」


そう言って笑う


「さて、体も冷えたしちょっとコーヒータイムにしましょうよ」


「そうね、雪遊びはまだまだ一日できるものね」


「まだやるつもり?」


「雪が溶けるまで」


九州は日差しが出るとすぐに気温が上がるので、道路や雪かきしたところは昼には溶けてしまい、夕方になるまでには車で道路を移動できるくらいになっていった。

庭先にはまだ雪が残り、かまくらを作ろうとした雪山が片隅にある。二人では体力がなくてつくれなかった。


夕方にははるなっちのお父さんが軽トラで迎えにきてくれて、仲直りはできてる感じだった。今日は何度かスマホでやりとりしていたし。


近すぎると摩擦が多くなって喧嘩することもある、それは母との関係で何度か経験してるけど。

父の存在を知ってからは、父親との喧嘩というのは一体どういうものなのだろうと思ってた。


でも、はるなっちの様子を見てると、私がお母さんと喧嘩した時とあんまり変わらないんだなって思えてちょっと気が楽になる。


そして、今日は雪の中を走り回ったおかげで、気分も爽快。

雪の中を駆け回って気分が良くなるとか、犬じゃないんだし。

と内心ツッコミを入れつつ。












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