第64話 雪と心と
「うっわー、雪よゆき!」
語彙力がなくなるくらい、はるなっちは感動しているらしい。
ガレージのシャッターを開けると、前に積もっていた雪がバサバサと落ちてくるくらい。
そして、軽く見積もっても10センチは積もっているように見える。
風が吹いてないから、吹き溜まったわけではなさそうだけれど。
ガレージからの灯りで照らされる範囲が、白く埋め尽くされていて、その先の薄暗い世界も僅かに輝いているように見えてしまう。
我が家の庭には石でできたガーデンデッキがあって、そのさきに芝生と草地が広がって。その先が針葉樹の森となっているのだけれど、その草地全てが白く埋まっている様子となっている。
「これ、明日学校いけないじゃない!」
めちゃくちゃ嬉しそうにはるなっちが言いながらこっちを見る、いい笑顔だ。
こんな中をバイクで来いとは流石に先生も言うまい。
しかし、気づかないうちにこんなに積もっていたとは。それに、まだ降ったり止んだりしてるので、もっと積もることが予想される。
はるなっちはパジャマに綿入をはおり、そのままクロックスのサンダルで駆け出していく。
「風邪ひくよー」
そう言いながら私も走り出るわけだけれど、雪が足首まであって冷たくてたまらない。
私はすぐに室内に戻りストーブ前で足を炙る。
薪をもっと追加しとかないと。
はるなっちは光の届く範囲の向こうのほうまで走っていって、また戻ってきて。
頭に雪を乗っけて「寒い寒い」とか言いながらストーブ前まで走ってくる。
そりゃそうだろう。
「こんなに積もったのは久しぶり!」
「阿蘇でも普通はこんな積もらないの?」
「毎年積もることは積もるけど、10センチ以上積もるのは稀よ。この調子だと谷全体が雪に覆われてるだろうから、学校も休校になるかもしれないわね」
とても嬉しそうにそう言うが。
「私たちはここから出ることもできないってことじゃないの」
「出なければいいじゃない、大体食べるものとかあるでしょう?」
まぁ、数日閉じ込められても二人で食い繋ぐくらいはあるけれど。
「よし、体が温まったから、もう一回出てくるわ」
そう言って、はるなっちはまた外に駆け出してきて、なんか走り回っている。
なんとなく、お父さんとのことで後ろめたいことがあるから、あえて楽しもうとしてるのかしら。それとも、本当に雪が好きなのかしら。
いっときして、小さな雪だるまを抱えてはるなっちが戻ってきた、流石に体が冷え切ってる感じがしたのでシャッターを閉めてストーブ前に座るように促す。
雪だるまはストーブ横のガレージ床に置かれてしまったので、即溶け。
短い一生だったわね。
なんて思いつつ、はるなっちに暖かいココアを入れてあげていると
「私が生まれた時は、こんな感じの大雪だったって」
急に身の上話をし始めた。
「だから、お母さんを病院に連れていくのに4WDの軽トラで行くしかなくて、乗り心地の悪い軽トラに揺られて、日赤病院まで移動したの。
熊本市内は全く雪がなくて、軽トラの荷台に積もった雪を見せながら、病院の看護師さんたちにくるまでの苦労を話してたとか、そんな話を聞いたことがある。
お母さんは破水して周りを見る余裕とかあまりなかったと言うけど、お父さんは安全に注意して、とても気を遣って運転してくれたって」
私がココアを渡すとお礼を言って受け取ってから、口に含む
「私はその時のことはもちろん覚えてないけど、雪が積もると、その話を毎回聞かされててたわ。だから、その時のお父さんとお母さんの様子が見えてくるみたいに思い出されるの」
「私は桜が咲くといつも私が産まれた時に桜が咲き乱れてて、と同じ話をお母さんから聞かせられてたから、桜をみてたような錯覚をいつも思ってた」
「どこも同じなのね、産まれた時の話をするのは」
そう言って、はるなっちは少し笑って。
「ちょっと寝たら、なんかバイクのことで怒ったことが、どうでも良くなってきちゃった。ただで400のバイクが手に入ったと思えば全然いいことよね」
と言って立ち上がり
「ちょっと計画が変わったけど、CB400SSで慣れてから、スーパーフォアにいくのもいいかもね」
私は、はるなっちにはちょっと太めのスーパーフォアより、細身のCB400SSの方が似合うと思ってたから、それでいいんじゃないと答えておいた。
人の家の親子関係を見ていると正直羨ましい。
羨ましく微笑ましい気持ちと、自分が不幸な気持ちと、
もやもやした感情が渦巻いてしまう。
いっそ、このような話を聞かない方が精神的に楽かな、と思う時もあるけれど、はるなっち達は大事な友人だし。距離を置くことは私にはできないし。もう精神的に、依存してしまってるもの。
でももやもやする
この感覚、なんとかして消したいけど、難しいのかなぁ。
とりあえずココアと共にもやもやを飲み干して、ストーブの火をガンガンに燃やして気持ちを切り替えよう。
雪の中をバイクで走り回ったらスカッとするかしら。
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