第50話 地上200mの女子会
ホテルでディナー
なんて自分の日常生活とかけ離れた響きなのかしら。
とりあえず、コース料理は一番安いのにして(五千円くらい)デザートのケーキを奮発することにすることで話がついた。
正直、私たちにとっては五千円だろうが1万円だろうが味の違いはわからないだろうという消極的な理由から。
田舎の女子高生に味なんてわかるわけないじゃない。
ただ、雰囲気は味わってみたかったから。
「あ、ほら向こうのビル見て、トナカイとサンタがいる!」
ヒナっちが下を見ながら言うが、道においてある置物のことだろうか?目がいいな。
すっかり夜の帳がおり、見渡す限り街の光が広がっている。遠くにある東京の街並みも、冷たい冬の空気で光がくっきりと見えてくる。
あれが東京タワーかしら。その向こうがスカイツリー?
窓辺に近づいて、ヒナっちが指差す先を見ると、正面のビルに、窓の明かりでサンタとトナカイが描かれていたのだ。
なんて素敵な。
これぞ都会のクリスマスって感じ!
東京の街の灯りとはまた違ってるけれど、町中にクリスマスイルミネーションが広がってる感じがあって、並木道なんかもとても綺麗。
ライトアップされた建物や街路樹。
その風景を高みから見下ろすこの優越感。
たまらないわ〜
3人ともちょっとテンション上がりながらディナーが来るのを待つ。
まだお風呂入ってないのにバスローブを纏って「ふふふ、愚民どもめ」とか言いながらはるなっちが窓際の椅子に腰掛けてみたり。
「同じことやってる人いたりして〜」
なんて言いながら外を見ると、向こうの部屋で風呂上がりらしいタオルを肩にかけた、小太りのおじさんが全裸で窓際に歩いてくる姿見てしまったり
大事なところはカウンターで隠れててよかったけど、誰も見てないと思うと無防備になるものなのね。
食事前にはあまり見たい光景では無かったわ。
そして、ついに部屋にディナーがやってくる。
あの銀色の台車、テレビとかでボーイさんが転がしてるあれに乗って料理がやってくるのだ。
しかもあの蓋がついてて、テレビとかで見たことある風景。
それをカウンターに並べてもらい、3人で並んで席に着く形になっちゃった。
美しい夜景を眺めながら、まずは
「写真よ写真」
とか言いながらみんなでスマホで料理と夜景を撮影したり。
ノンアルコールのシャンパンみたいなのを頼んでいたので、それを足つきのほっそいグラスに注いで、みんなで「かんぱーい!」して、初めてのホテルディナーを楽しむ。
基本的にマナーとかよくわからないのでルームサービスにしといてよかったとつくづく思った。
他の人がいないので、自由気ままに食べることができる。
味はもちろん美味しいのだけれど、この雰囲気と、3人で笑いながら食べる食事は何にも変えがたい空気感があって、ちょっと夢のような気がするくらい。
一人で引っ越してきて、1学期は寂しい学生生活だったけど、
そして、今はこんなところで友人と騒いでたりする。
CB400スーパーフォアが結んでくれたご縁、父から贈られたギフトという感じかしら。
母と父と、こんな感じで過ごしてみたかった
とちょっと思ったけど、今はこの友人と一緒にいられることで十分。
食事の後はケーキをみんなで切って食べて、誰も見てないので大口あけてホールケーキに噛みついたり、顔をチョコクリームまみれにしたり散々な食べ方してたり。
食後のコーヒーは部屋に備え付けの「無料で飲めるドリップコーヒー」をいただきつつ。
食べ終わった食器は早々に廊下に放り出して、一息つく。
みんな今日はテンションが高いから、ゆっくりする時間も大事。
バスルームもなんか広くて、ついてるボディソープやシャンプーの香りが高級な感じ。
「何これ、ガラス張りのシャワーブースとお風呂別になってるじゃない!」
はるなっちがそんなこと言いながら、はしゃいでいる。そして、風呂上がりはもちろんバスローブ
3人でバスローブ着てベットでゴロゴロ。
夜景もずーっと見てると飽きるので。
江ノ島のことや、今回の旅のこと、
色々と話しながら、テレビをつけてクリスマスイブの特集番組を流しながら。
「昨日はこれ以上の部屋に泊まる機会はないかも、とか思ったけど、翌日に塗り替えられるとは思わなかった」
と言ってはるなっちは満足してる様子。
「横浜だったら、九州から直通でフェリーが出てるから、それ乗って神奈川まで移動すればバイクでも来られる場所よ」
なんて言いながら、次回は自分たちのバイクで来ましょうとかそんな話が盛り上がる。
「クリスマスイブは毎年家族とイタリアに行ってたけれど、こんな感じで日本で友人と過ごすのもいいものね」
「海外のクリスマスってどんなの?」
とか、自分の知らない世界の話を聞いてみたり。
それぞれが生い立ちが違うので、身の上話を聞いてるだけでも好奇心がそそられてしまう。
他の二人から見れば、私が一番興味深いのでしょうが。
「で、今後はどうするの?」
いっときお互いの家の話を終えた後、私が父についてどうしていくのか、という話になった。
「せっかくなら、日本中に散らばっているお父さんのバンド仲間のとこに訪れていくとか?」
「これからはお母さんのことを調べてみる?」
それぞれ聞いてくるけど
私は流されていく感じで、目の前に情報が来たらそれに乗っていく感じで行こうと思っている。
と伝えると
「高藤先輩頼りね。しかし、そんなにお世話になってるのにここ連れてこられなかったのはかわいそうね」
はるなっちがそんなことを言うので
「受験生だししょうがない。受験終わったら一緒にどこかいくといいでしょ」
推薦入試で受ける、って言ってたから1月には決まるでしょうし。
2月にどこか移動するのもいいかもしれない。
「私は東京でて美術系の大学入って、デザイナーになるのが目的だけど。
はるなは農学部に入って家の跡取りの勉強?」
「目的は大型バイク免許を取ること。そのついでに家業について知識を学ぶだけ」
私に話が振られる
「私は、今んとこ何にも考えてない」
「成績いいのに?」
「とりあえず大学でも入って考えようと思ってる」
「なんで大学入るの?」
「目的がないから入ってから考えようって思ってるから」
「それ、禅問答みたいになってるわ」
「目的がないとダメってことはないけど、桜はなんかこう夢とかないん?」
「夢・・・」
お母さんと一緒に楽しく暮らすことが目的で、お母さんに迷惑かけないように自立することが目的な程度だったのだけれど。
自分は何をしたいのか?
については何も考えてない。
夢
うーん
「お母さんとお父さんのことを知っていきたいとか思わない?」
「思う」
「とりあえず、それでも目的にして行ったら?その途中でなんか見つかるでしょ」
はるなっちはそんなことを言うけど
まぁ、とりあえずはそんなところかな。
高さの高いホテルに泊まり歩き、クリスマスディナー女子会をやって。
横浜の街をバイクで走り、テレビの世界でしか無かった江ノ島へ行き。
こんなリア充なことしてるけど、これをやりたくてここまで来たわけではないし。
副産物的なところで十分楽しいのだから、これから先も流れに身を任せて、ついでに出てくるものを楽しんでいけばいいのかな、って思ってしまうから。
夢も希望も置いておいて、流れに任せて進んでみたら人生いい感じになるんじゃないかしら
窓から見える夜景を楽しむため、部屋の明かりを消す。
プリンスホテルのような臨場感はないけれど、いつもと違う世界に足を踏み入れるのも悪くないと思えるようになってきた。
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