第44話 夜景
そこはホテルの一室。
通常、窓は壁に一つだけなのだけれど、この部屋は建物の角にあるので大きな窓が二つある。しかもベッドからそのまま落ちたら窓ガラス破って落下するんじゃないかってくらい近いしでかい。
東京は陽が落ちるのが早い。
熊本ならまだ明るい時間なのに、電車に乗ってホテルまで移動しただけでもう真っ暗。
こういうところで、自分がいつもいるところと違う土地にきていることを感じてしまう。
石川さんと話した内容が頭の中でリピートしていて、ちょっとぼんやりしてたかもしれない。
何度かヒナっちに袖を引っ張られながらホテルにやってきた。
しかし、37階とか、地震とか火事起きたら助からないのではないか。
と思ってしまうくらい高い。
部屋に入ると、早速
「みろ、まるで人がゴミのようだ」
とか言いながら、はるなっちがはしゃいでいたりする。
「なんかすごいわね。グラス片手に「世界を我が手に」とか呟いてる人がいそうな部屋ね、ここバスローブとかないの?」
とか言いながら部屋の隅々を探してたりするけど見つからなかったらしい。
はるなっちは部屋の全ての扉を開き、全ての引き出しをあけ、全てのカーテンを開け閉めして、そして納得したのか窓際のソファーに腰をかけ。
「はぁ、今日は疲れたわ」
と言ってその場で溶けていく。
「ちょっと、明日の話してからゆっくりしなさい」
とヒナっちが言う。
ヒナっちはこれから横浜に帰るのだけれど、その前に「私にもホテルの部屋見せて」とついてきたのだった。
「でも、さすが100メートル以上から見下ろすとこんな感じなのね。夜景が綺麗でとても素敵」
とか言いながら、コンビニで買ってきたカフェオレ飲んでたりする。
ホテルからはどこまでも続く東京の明かりが見えていて、人も動いている点程度にしか見えない。
何か、異世界に来たみたい。
大きな窓から見える夜景、それしか見えない世界というのも、今まで経験したことがないのだから。
「食事どうするの?」
「ホテルのレストランで食べる」
「高いわよ」
と言われ、部屋にあるメニューを見てみると。
確かにその辺で食べる定食よりはお値段がしてしまう。
「コンビニでなんか買って食べる」
値段を見て、方向性を切り替えた。
そして、部屋の中で今日の話を振り返りながら、
「結局、桜のお母さんがすごい人だったってことよね?」
はるなっちがものすごく要約してしまった。
「芸大で貧乏バンドマンと付き合ってて、とかありそうな話だけど。その後が普通の人じゃないわねぇ」
「私も、今回色々聞いてお父さんよりお母さんがすごいことに気づかされた」
つまり、3人とも同じ感想を得たと言うことだ。
「ほんと、桜のお母さんについて今度色々知りたいわね、また時間ある時にちょっと話してくれない?」
「阿蘇に帰ってからでいい?」
「もちろん、今回は桜のお父さんのことで来てるんだから」
「オズっちのお父さんも大概すごい人なのよね、スマホでちょっと検索したらすごい量の情報が出てくるし。
あの石川さんも大概な人よ」
と言いながら画面を見せてくる。
今大人気の、学校なんかでも話題になっている女子高生アイドルグループのプロデューサーとして名前が出てたりする。
「もしかして、普通の女子高生が気軽に話せるようなおじさんじゃなかったのかな?」
今頃になって、なんか失礼なことしてなかったかしら、とかヒナっちは言ってるけど。何も知らないで会ったから気楽に話せたのもあるからよかたんじゃない?
高藤先輩に報告するために、今日の内容を整理していく。
二人に話を聞きながら、記憶を補いながら。
時折外の夜景を見ては、気分転換に飲み物片手に窓際に立ち、
「ふふふ愚民どもめ」
とか言ってみたり。
ある程度纏まった時にはすでに19時くらい。
「じゃあ、明日は横浜駅に10時くらいに来てくれない?」
とヒナっちはサラッと言うけど、私たちは首を横に振る
「いき方ワカラナイ」
「京急に乗って、まっすぐ横浜よ!
あ、でも乗り間違ったら羽田空港に行っちゃうかも」
「なら、また迎えに来てよ〜」
と二人で縋り付くと
「わかったわよ、9時半くらいにロビーに迎えにくるから、それまでにチェックアウトして待ってて」
と言ってくれた。
ヒナっちを下まで見送りに行き、そのまま私たちはホテルにあるコンビニへと移動したのだが。
そのコンビニに行き着くまでに迷路のようなホテルの中を彷徨い、すっごい遠回りしてなんとかたどり着いたりして。
ホテルの中って言うからこの建物かと思ったら、隣のプリンスホテルの別の建物にあったりして、その途中に店が並んでたりしてて方向感覚がなくなってしまったり。
途中で見つけた「現在位置」の看板をみても今自分がいるとこがよくわからなかったり。
東京は、何でもごちゃごちゃしてるとこ。
という印象をまた強めてしまった。
熊本の建物で迷ったことなんて一回もないのに。
疲れ果てて部屋に戻ってくる。
「ちょっと電気消そうよ」
はるなっちが言うので、部屋のスイッチを消すと。
外から入ってくる街のあかりだけが浮かび上がるように見えてくる。
しかも、それだけで部屋の中が結構明るい。
隣の建物の看板の明かりが差し込むからかしら。
こんなに人が作り出した明かりしか見えない世界があるのね。
一方、空を見上げても星はいくつかしか見当たらない。
自分の家からは、外を見れば当たり前に天の川が見えているのに。
田舎の空と大地が逆転した世界みたい。
まるで、この部屋が空中に浮かんでいるような錯覚を受けてしまうほど。
ほんと、このガラス割れたら私たちベッドごと外に放り出されるんでは?
と思うくらい。
「すごいね、今まで想像もしたことのないことしてる」
はるなっちはベッドの上に座り、ミルクティーを飲みながら外を眺めていて。
そのシルエットは何か物語の中で、映画の中で見たような雰囲気になっていた。
夜景効果すごい。
「東京に来て、芸能人しか会えないような人とあって。ものすごく高い(高さが)ホテルに泊まって。こんな体験できるなんて思ってなかった。
あの時、桜に声をかけたから、今があるのよね」
今まで聞いたことのないトーンで話しかけられると、ちょっとドキッとしてしまう。
このままはるなっちが夜景の中に飛び込んでしまうのではないか、って錯覚を受けそうなくらい。
思わずはるなっちの隣に座り
「最初は変なマニアな人かと思ったけど、こうやって一緒に旅できる関係になるとは、あの時全く思わなかった」
「変なマニアってなによ」
「だって、スーパーカブのことしか話さなかったじゃない」
「それしか話題がないからよ」
そう言ってはるなっちは膝の上に乗せた腕の間に顎を乗せて
「私は、バイクのことしか興味がないの。
だから、それ以外の芸能界とかにも興味がないし、同級生の話している内容にも興味がないの。
だから、ちょっと周りからは浮いているわけよ」
「それはよくわかる」
「・・・少し否定して欲しかったんだけど。
それで、あんた見たときに、同類だと思って声をかけたわけ」
バイクマニア、という同類ではないけれど
周りから浮いているのは確かに同じだったかも知れない。
「二人とも浮いてる高さが合ってたから、ちょうどよかったのかも」
私がそう言うと、はるなっちは笑って
「桜に会ってから、退屈だった高校が楽しくなってきたもの。このまま田舎で生活して結婚して終わる人生なんだな、と漠然と思ってたけど。
こんな体験ができるなんて、思ってもいなかった。だから、感謝してるわ」
はるなっちの口から感謝とか
死亡フラグっぽいけど、ここは戦場でも何でもないから
「ありがとう、私も感謝してる」
と返して、なんとなく二人笑った。
お互いの表情がよく見えないからこそ、本音で話せてしまうのかしら。
また二人でベッドに座り、外の夜景を眺める。
今回は飛行機や電車での移動で、全くはるなっちの得意分野が出せてないけれど
「今度は、バイクで一緒に旅をしてみたいな」
と私が言うと
「それなら任せなさい。
旅バイクならスーパーカブって決まっているのよ。
スーパーカブは富士山も登るし極地も走るし、日本一周のために使う人もたくさんいるくらい、旅バイクとして完成されているのよ。
だから・・・」
いつものはるなっちが戻ってきた。
はるなっちは、こっちの方がしっくりくる。
でも、寝る前までスーパーカブの、旅に関する武勇伝を語るのはやめて欲しかったわ。
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