第43話 父と母と
そこに写っているのは、みたことのない男性と、その横に並ぶ若い母の姿だった。
「これは、まだバンド活動が始まる前の時にスタジオで撮ったものだ。
秋彦は、この頃はニューヨークとか行くような人間には見えなかったのだがね」
確かに、もっさりした痩せっぽっちの若者という感じ。
いったいどこに惹かれて、母は付き合っていたのか。
と思うくらい冴えない感じがひしひしと伝わってくる。
「そして、デビューして数年するとこれだよ」
見せてもらったものには、黄色いスポーツカーに乗っている男性と女性。
この女性は母の若い頃だ、というのはすぐわかった。年を経ても顔形が変わってないからだ。よく考えると体型を20代の時から維持しているのは凄いのではないか?
ということは。
この横にいる、なんかチャラいのがお父さん?
「多分、贅沢の仕方とか、いいものの見分け方とかよくわかってない時期だったんだろうね。お金が余っているから使ってみた、って感じが伝わるだろう?
二葉さんは、秋彦の好きにさせてたらセンスがなさすぎて驚いた、とか言ってたくらいだ」
お金を使ったことがない人が、急にお金をもつとこんな感じになるのね。
おっと、私も気をつけないと。
お母さんの教育が良かったせいか、大金があってもそれで贅沢しようという気は全く起きない。必要にして十分なものが私の周りには揃いすぎているし。
「そして、結婚したくらいの写真これだ」
そこには、落ち着いた渋い男性と、母の姿が。
何このギャップ
さっきのチャラいのから数年でここに行き着いたというのだから驚く
「二葉さんがコーディネートし始めてからセンスが良くなっていったんだよ。
そして、結婚をしたのだけれど、すぐ別れてしまったよね」
と言いながら私をみてくる。
「別に、秋彦が何か不義を働いたとか、お互いの愛情がなくなったとかではないんだ。ただ、巡り合わせが色々と悪かっただけなのかな」
しみじみとそんなこと言いながら、写真を並べていく。
母と父の姿が、段々と変わっていくのだけれどお互いの表情は変わらない。いつも一緒に写っている写真の笑顔は、母が私に見せてくれてたいつもの笑顔なのだ。
こんなに仲良くしてたのに。
「両親が別れた理由って、聞いてますか?」
私が思い切って聞いてみた。
そう聞かれることを予想してたかのように、石川さんは微笑んで
「家の事情、と聞いている。
二葉さんのご実家で、この結婚について色々とあったらしい。私もくわしくは聞いてないが、相手を大切に想いあっていても、大人の事情で選択する場合もあるよ。
ただ、二人は分かれる、離婚することになっても籍を抜いただけで、お互いの気持ちは変わらなかったようだ」
「私が産まれたから別れることになった、わけではない?」
「それは無い。そうだな、秋彦は変な理論を持っていて。
野生動物なんかは、乳離れするまでは親が過保護なくらい面倒を見る。それによって自立心が生まれ野生の中を一人で生きていけるようになるのだから、人間で言えば3歳くらいまでは過保護であるべき。とか言ってた。
子供は3歳までに全ての人格が形成されるから、両親は3歳までしっかりと面倒を見ておくことが必要、とかもね。
だから、桜さんが4歳になるまで一緒に過ごして、二人で子育てに集中していたんじゃ無いかな?その時期は仕事もほとんど受けてなかったと言うし。
大事に思っていたからこそ、多分二葉さんの家からの色々な圧力がありつつも、桜さんと過ごす時間、家族の時間を選んだんだろう。だから自分のせいではないか、と思う必要はないよ」
優しく笑いながら、そんなことを言われてしまった。
今まで気になっていたことがスッキリして、なんだか体から力が抜けちゃった。
お父さんは、私のことを大事に思ってくれていた。
嬉しい
ちょっと目が潤んできたからさっき持ってきてたジンジャーエールを口に含む。
なんだか、いつもの味よりもちょっと柔らかい感じがする。
お高いサーバーから出てきたものだからなのか、私の気持ちが緩んだからなのか。
その後は、また父の仕事についての話と母の若い頃の印象を色々と聞けて楽しい時間を過ごすことができた。
ヒナっちも割と遠慮なく、プロデューサーとしての仕事について聞いてたし。プロモーションはどういうふうにやるのか、とかそんな業界のこと聞いていいの?
と思うことまで聞いてた気がする。
見た目からしてハーフなので、石川さんもそこに興味を持って聞いてきたりしてて。たまに眼の色が変わる瞬間があり、もしや、ヒナっちをプロデュースしようとか狙っているのではないか?
はるなっちは慣れてきてから、やっと口を開いてたけれど。
たまに石川さんが話を振ってくれる時に返事してたくらい。
見た目はパンクなギャルっぽい女子高生の割に、おとなしい印象を受けたことであろう。田舎モノって絶対思われてる。
色々とメモしたり、資料を頂いたりして。
面会時間は長くとってくれてたみたいで、17時くらいまで大丈夫とか言われてしまい、遠慮なく話を聞きまくることができた。
そこで感じた印象は、
どうやら母の方が父にベタ惚れしてたらしいこと。
母の方が色々行動力があり、センスもあり、人間としてしっかりしてたこと
父は母と出会うまでは、本当に「ダメ男」だったらしいこと
母によってあらゆる性能が磨かれていったらしいこと
つまり、父は母の尻に敷かれてたということなのかしら。
父の話を聞きにいったのに、母の有能さを思い知らされた感じだわ。
家ではそんな素振りは全く見せてこなかったのに。
優しくて、笑顔が素敵で。
私のことを全て肯定的に捉え、育ててくれた。
多分、父もこんな感じで母に育てられていったのかもしれない。
「本当は食事にでも誘いたいところだが、君たちは未成年だからね。
私が連れ歩いていると色々と勘繰られてしまうから申し訳ない」
と言われてしまったが、多分さっきみたいにいってくる人が出てくるのだろう。
最近は若者向けの少女ユニットを複数プロデュースしているので、それで雑誌なんかに目をつけられてるから、とか笑いながら言ってるけどそんなにこの人有名なのかしら。
石川さんは別れ際に
「他のメンバーと会ってみたいなら、私にまた連絡をしてくれていいよ。
電話は時差があるからメールのほうが助かる」
そして連絡先を交換して、私たち3人に名刺を渡してくれた
「しかし、君たち3人がデビューしたらそれなりに話題になりそうだが、その気になったら気軽に連絡してよ」
と言いながら3人をじっと眺めてる、急に人のいいおじさんから獲物を狙うタカの眼のようになるので、これがプロのか、なんて思ったりして。
有名作曲家の娘、イラリア人ハーフのラテン系、見た目と中身のギャップがあるツインテール
私だけ親の名前で売り出されるみたいで微妙だわね。
4時間くらい、すっかり話し込んでたけれど、あっという間の出来事だったように思える。
私も母も、父から捨てられたわけではなかった。
それが知られただけでも、大金はたいて東京までやってきた甲斐があったというもの。
そうなると、母の実家のほうが気になってくる。
なぜ父との結婚に反対してたのか、父が別れざるを得ないくらいの圧力ってかなりのものだと思うのだけれど。
それにしても、私のお母さんっていったい何者?
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