第25話 名刺
瀬の本レストハウスでは、片隅でコーヒーを飲みつつ、やってきたり出て行ったりするバイクたちを眺めながら3人で色々と話をしていた。
私はバイクについてはあまり知識がないので、はるなっちの言ってることがよくわからないこともあったけれど、高藤先輩は私に合わせて話を繋いでくれるので助かってたりする。
「高校生でバイク乗って走ってる人って実は少ないのよ」
と高藤先輩が言う。
昔はバイク通学可能なとこも結構あったらしいけれど、今は原付スクーターでの通学が許されてるとこまでが普通。
阿蘇の第二高校はかなり特殊なのだと教えてくれた。
峠が多いので50ccの原付では坂が登れないので危ないことや電車バスの交通網が発達してないのが理由だという話だけれど。
「これも、先輩たちが無茶な運転もせずに迷惑かけずに走ってきてくれたおかげなのよね。だから、私たちもそれを引き継いでいかないとね。
今のご時世、高校生でバイク乗ると言うだけで反対されるものだから、特に女子高生ライダーとかSNS見てみてもごく少数でしょう?」
「たまに見ますね。かなりおじさんのフォロワーがついててキモいことになってるけど」
とはるなっち。私はSNSとかちゃんとしてないからよくわからないけど、女子高校生というだけでおじさんが寄ってくるものなのかしら。
「女子高校生、だけで何か価値があると思われてしまうのよね。
動画とかでも、それが入ってると一気に登録者数とか伸びるからやってられないものとね」
「そんな言い方してますけど、先輩も女子高生じゃないですか」
「動画サイトではOLとしてアップしてるの」
動画サイト?
詳しく聞くと、バイク系 YouTuberとして昨年から活動してるらしい。
ちょっと見せてもらうと、確かに高藤先輩のバイクだ。声も入ってるし。
動画チャンネルの写真も凝っているし、撮影した映像もこだわった感じがあって、阿蘇の風景がとても綺麗に撮影できている。
名前は、ペンネームっぽい感じでプロフィールは福岡に住んでるOLということになっていた。
登録者数を見ると、3000人くらいはいるようで。
「これ、収益人数に達してますね?すごい」
とはるなっちが言う。
どうやら、1000人を超えたら広告収入が入るとかなんとか。動画を作って人が見てくれるとお金になる仕組みになっているという話。
何それ、私もやろうかな。
「私はSRと阿蘇の風景の魅力を伝えたくてやってるから、あまり私自身は出てこないのだけれど、OLというだけで割と人が登録してくれたわね。
将来映像関係とかに進みたいから、今のうちに色々練習してるとこなの。ついでにお金も得られればってことで。
もちろん、収益は親の口座に入るから私には直接回ってこないのだけれど。毎月収益の話は教えてもらえるわ」
と言って、毎月の再生数と収益の関係の話をリアルにしてもらったりする。
そして、編集の手間や手法についても少し教えてもらったけれど、私には無理そうなのでやめることにした。
ただ、いい風景を動画で残したい
という気持ちは良くわかる。
私も、小型のカメラつけて撮影してみるくらいはできるかも。
「今回のツーリングもYouTube上げるんですか?」
とはるなっちが言うと
「特定されると嫌でしょう?だから私の走ってるとこと、こんな感じの風景だけ一眼レフで動画撮影してあげておくわ」
「なんだ、残念」
「女子高生で身バレするといろんな人が寄ってきて大変なことになるわよ。それで親が心配して住所も年齢も誤魔化しているんだし」
「バイクで身バレしないのですか?」
私が聞くと、
「SR自体、たくさん走ってるから。それに、撮影用のバッグ類とツーリング用は取り替えてるから問題ないわ」
そこまでして、動画をあげる気合いがすごいわ。
「動画編集は、いろんなことに気づくし、ツーリングした後に思い出したりして楽しめるし。その動画を多くの人が見てくれるとモチベーション上がるし」
ほんと、高藤先輩は器用でなんでもしてしまう人なのだなぁ。
自分で必要な機材を一つずつ揃えていったという話も聞いて。
私のように、いきなりバイクもカメラも家も、良いものをもらった身としては恐縮してしまう。
あるから使おう、程度の気持ちではなかなか上達しないわけだし。
もっとバイクも、カメラも、目的を持ってしっかり使おう。
父から譲ってもらったもの、母が残してくれたもの。それにある価値はまだよくわからないところもあるけれど。
これを使って、自分で何かしてみるのはありなのかもしれない。
「カメラ撮影するなら、目的としてこういうのはどう?」
カメラ上達するには、何か目的があれば、と話してみたところ高藤先輩が教えてくれたのは
「大津さんはHONDAのバイク乗っているから、こんなサイトに送るといいわよ」
開いて見せてもらったのは「HONDAライダーズボイス」と書いてあるページ
そこから撮影したバイクの写真を送ることで、うまくすれば景品がもらえるというもの。
確かにたくさんの人が応募してて、ベストショット賞とかも選ばれてる人がいる。
「こういう目的があると、写真撮影も腕も上がるからちょっとやってみたら?
パソコンはある?」
パソコン。
確か別荘には存在しているが私は一切触っていない。
使い道がないし、学校で使うのと違うので使い方がよくわからない。
銀色のペラっとした画面に線のないキーボードとどこを押すのかもよくわからないマウスがついてて、かじったりんごマークのあるやつ。
父の書斎、今は私の寝室に置いてあって、扉のついたデスクの中にしまわれたままになっている。
その話をすると、高藤先輩が身を乗り出してきて
「それ、iMacじゃないの?今度行った時に見せてくれる?Macなら私が教えてあげられるわ」
と前のめりに言ってきたので、こちらこそとお願いすることにした。
はるなっちは今まで存在すら知らなかったと言うが、そりゃ扉の奥に入ってるから目についてないし。
そんな話をしていると、高藤先輩が帰る時間になってきたので、ここでお別れすることになった。
高藤先輩は小国方向へ、私たちは阿蘇方向へ。
手を振りながら分かれそれぞれの目的地へと走っていく。高藤先輩、走り去る姿もかっこいい。
なんか、今日は色々なことが話せてよかったわ。自分のやりたいこともよくわからなかったけど、写真でもとってとりあえず送ってみようかしら。
「HONDAなら私のカブも送っていいのよね!」
と言ってそのページのベストショット賞をさっと眺めて「あ、同じ色のやつが賞もらってんじゃん、私も送ろう」と言ってたりする。
どちらが先に賞をもらえるか競争よ!
とか言われたけれど、写真の賞とか選ばれる未来が見えないのでよくわからない。
途中、阿蘇市まで戻ってきて、市役所前のコンビニでまた一休みするために立ち寄り。ジュースを買って外に出ると、はるなっちが後ろから走ってきて
「これ、落ちたわよ」
と一枚の紙を手渡してくれた。
「あ、ありがとう」
と言って受け取ると、それは前に江川さんから渡されていた、私の父の遺産について、父について色々と知っている人だと教えられた弁護士のものだった。
あ、こんな名刺もらってたの忘れてたわ。
改めて手に取ると弁護士事務所の電話番号と、裏に個人の携帯の番号も書かれていた。
手書きで「父親の遺言もあるので時間のある時に連絡求む」と書いてある。
今まで財布にしまったまま忘れてたわ。
「何それ?」
とはるなっちが覗き込んでくるので
「なんか、お父さんの遺言とか管理してる弁護士の人の名刺」
と答えると
「それめちゃくちゃ重要じゃない。もっと大事に持っときなよ」
と言われ
「で、あったことあるの?」
と聞かれたが首を横にふる。
「・・・こっちの学校に入ってきて、もう半年くらい経つけど、まだ連絡してなかったの?」
「だって、日常の生活が忙しくて」
「じゃあ、今度連絡してみなさいよ。さくらの父親がどんな人なのかって、ものすごく興味あるわ」
「じゃあはるなっちが電話すれば」
「馬鹿じゃないの。他人が連絡して教えてくれるわけないじゃない」
「冗談だよ〜」
などと会話をしてたが、私も知らない弁護士に電話すのはあまり気が進まない。
どうしたものかしら。
父のことは聞いてみたけど。
今度江川さんに相談してみよう。
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