SR400と、高藤先輩
第18話 先輩
「ねぇ、今度高藤先輩が、遊びにきたいって言ってたわよ」
季節は10月。
先月は色々と新しい体験だらけで忙しかったけれど。今月もまだ新たな経験が待ち構えているらしい。
はるなっちが言ってたように、蕎麦の花が南阿蘇の谷には広がり、黄色く色づいた田んぼと美しいコントラストを醸し出している。
蕎麦って今花が咲くのね。
ぼんやり南阿蘇の谷をスーパーフォアで流していると、白い花が一面に咲き誇る場所に出くわしたりして、思わず写真を撮ってたりする。
それに、南阿蘇ではこの時期は地元の芸術家?創作活動をしてる人?個人の店?その辺がまとまって「谷の美術館」というイベントをおこなってたりする。
2週間限定なのだけれど、この時期には人がたくさんくるそうだ。
そんな蕎麦の美しい時期はツーリングにも最適なので、高藤先輩が私の家まで軽くツーリングに来たいという話だった。ガレージハウスの話をはるなっちがしたところ、とても興味を示したとか。
趣味で写真もやってるそうなので、天気のいい日曜に来たいという話。
日曜か。
車が多いだろうなぁ。
観光地は、特にイベントのある時期は車が多い。
高藤先輩は自動二輪車部で会うのと、たまに駐輪場で出会って話をする程度。
私としては女子で400ccを転がしているので、ちょっとした親近化を感じてしまう。
その程度の間柄なので、家に来ても話が続くかどうか。
「3人で一緒に、南阿蘇ツーリングしたら楽しいじゃない。ね、今度の日曜は週間天気予報でもいいみたいだし、来てもいいって伝えておくわよ」
と勝手にはるなっちが決めてしまい、そうなった、
高藤先輩は小国町というとこに住んでいて、日本全国で有名な黒川温泉の近くなのだそうだ。
そこからは電車もバスも存在しないためバイクで来ているという。
そこから私のとこまでは山を二つくらい越えたとこになるので、バイクでも1時間30分くらいかかる。結構距離があるのだが、それくらいは気にしないのだろうか?
私はまだ、1時間以上走るのはちょっと慣れてないなぁ。
その週は土曜日に江川さんご夫婦が我が家にやってきた。
大体、週末には様子を見にくるという名目で別荘感覚でやってくる人たちだ。
その際に奥さんのみどりさんと色々と女子トークをさせてもらうのだけれど、高藤先輩のことを話したら、
「私も昔SR400に乗ってたのよ」
とそんなことを言われた。
「あのバイクは40年間ほとんどデザインを変えてないくらいこだわって作ってあって。性能的には古いんだけどあのシンプルでレトロな感じが可愛いのよね。
あと、あれはキックでしかエンジンがかからないから、それがちょっと苦労するけど、慣れるとバイクと対話してるみたいでまたいいのよ」
「キック?」
「桜ちゃんのスーパーフォアにはついてないものね。
今はセルモーターでキュルキュル一発だけど、昔はキックでエンジンかけるバイクが多かったのよ」
と、みどりさんは身振りを交えて話してくれる。
「そのキックでエンジンがかからなくなってたところで、俺が現れて窮地を救ったという話があるんだよ」
と江川さんが冷蔵庫からビールを出しながら話している。
私の家の冷蔵庫には、ビールがびっしり入っていて、知らない人がみたら私が飲んでいると思われそうで怖いわ。
何やら江川さんはビールにこだわりがあるらしくギネスビールという黒い缶のものを詰め込んでいるので冷蔵庫を開けた時のインパクトが強い。
はるなっちが最初に来た時も、冷蔵庫を開けてミネラル入り麦茶を取り出そうとした時
「・・・あんた、酒飲むの?」
と真顔で聞いてきたこともあったし。
「ふふっ、窮地を吸ったのは近くに来たハーレーのりのおじさんでしょう?あなたは全然かけられなくて汗だくになってたじゃない。
おじさんはくいくいってやって一発でエンジンかけてカッコ良く去っていったのに」
「上死点がわかんなかったんだよ。カブと同じようなもんだと思ってやってみたからね」
「カブもキックだったんですか?」
「昔のはキックしかなかったけど、今は両方ついてる。友人の春菜さんが乗ってるのにもついてるから、今度見せてもらうといいよ」
そんな仕組みがあったなんて、
そういえば、カブには右側になんか謎のレバーがあったわね。
ん?それでなんで二人は付き合うことになったのだか
江川さんがヘタレだったって話で終わりそうなのに。
と思っていると、
「それで、ヘトヘトになってたこの人に私が飲み物買ってあげて。なんだか、せっかく頑張ってもらったのに気の毒だな、と思ってそこから色々話すようになってご縁が繋がったのよ」
そう言って笑っている。
江川さんがヘタレゆえの役得であったか。
しかし、そんな出会いもあるものなのね。
でも、できればそんなハーレ乗りのおじさんみたいなカッコいい人と出会いたいものだけれど。あ、でもおじさんは嫌かなあ。
その後はみどりさんが乗ってたバイクの話を聞きながら、今回はレアチーズケーキの作り方を私がレクチャーしていった。
みどりさん、我が家に来るようになって料理だけじゃなくお菓子も作れるようになってきたので、元々器用な人なのだろう。
江川さんから感謝の声がまた聞けそうだわ。
翌日、
江川さんご夫婦は、はやめに「今やってるイベントを回ってくるから」と出ていき、入れ違いにはるなっちがやってきた。
早速ガレージに入ってきたスーパーカブの右側を観察する。
「何?ついにあなたもカブのエンジンの美しさに気が付いたのかしら?」
嬉しそうに言うが無視して
「これ、キックレバーって言うんでしょ?昨日江川さんかこれでエンジンがかかるって聞いて」
「あ、これね。
私も滅多に使わないけど、たまに「キックしたいわ」って時に使うわ」
そう言って、すこんっ、とキックというか、踏み下ろしてエンジンをかける。
へぇ、どう言う仕組みなんだろう。
「昔のバイクには標準装備だったけどね、今は電子制御になってからはついてるのが少なくなったし。
バッテリー上がったらアウト、ってバイクだらけの中、このスーパーカブはエンジンがかけられるわけよ。
災害にも強い、いざと言うときに一家に一台あると便利なバイクなのよ。
ここにUSBポートつけてるから、停電時でもエンジン回してたら充電もできるし」
とかそんな話をし始める。
「私のバイクからは電気取れないの?」
「これをつけたら可能よ」
「自分でつけるの?」
「前行ったお店に行っていえばいいじゃない。合計で数万円はかかるけど」
「たっか」
「長距離でかけないなら必要ないわよ」
「はるなっちはなんでついてるの?」
「オークションで安く手に入れて、自分でつけたもの。スーパーカブ用のものはパーツ安いし作りが単純だから取り付けやすいの」
「自分でできるのはいいね」
「さくらのも、頑張れば素人でも可能よ」
「いい、壊すと面倒だから」
そんな話をガレージでしつつ、高藤先輩から連絡がくるのを待っていた。
はるなっちが連絡先を交換しているらしいので、近くにきたら電話が入るらしい。茶色のローソンを目標にしてきてくれ、と言ってあるようなのでそこについたら連絡が来るのかな。
今日の阿蘇はいい天気で、秋晴れの高い空が広がっている。
ガレージのシャッターを開けっぱなしにしていると、秋の涼しい風と乾いた森の
匂いも入り込んでくる。
湿気のある夏の空気、虫の入ってくるいやな時期が去っていき開けっぱなしでも過ごしやすい季節になってきた。
こんな日には、ツーリングの人たちがたくさんやってくるんだろうなあ。
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