第10話 スナップオン

9月も中旬となってくると連休の話も出てくる。

夏が過ぎてから、しきりに江川さんが来るたびに「薪ストーブ使えるようにしておいた方がいいよ!」と何故か嬉しそうに話すので、連休中はその辺りでも調べてみようかしら。


と思っていたら


「ねぇ、あんた一人暮らしなんでしょう?

今度の連休、勉強合宿という名目で泊まりに行っていい?」


いつもの阿蘇山火口下のバスターミナルで、ソフトクリームを食べていると、はるなっちがそんなことを言ってきた。


HONDAの話ばっかりしないならいいよ。


とは言わずに


「いいよ。ただし寝具とかないから寝袋とか布団は持ってきて」


と答えると、すっごく嬉しそうな顔をして


「よし、じゃあ連休前、学校終わってからすぐいくから、金曜の夕方からお邪魔するわね!」


土日月が3連休なので、その前からくるつもりらしい。


なんとなくだけど、


放課後、私としかつるんでないところを見ると他に友人がいないんじゃないかしら。

多分、女子にHONDAを熱く語ってもみんな引くだろうし。


バイクの話ができる子、というのが希少なのかもしれない。

学校では茶色の髪をツインテールにしててスカートも短くネイルなんかも綺麗にしてたりするんだけど、見た目はイケイケな感じの今風の女子高生なのに私と同じぼっち系女子なのだろうか。


そんなことで突如友人を初めて迎え入れることになったが、特に家具もないし、とりあえず掃除だけしておく。

江川さんたちは3連休は夫婦で宮崎の延岡にある、海鮮の美味しい宿に宿泊するそうで、一緒に来るかと誘われてはいたのだけれど夫婦水入らずにお邪魔するほど野暮ではないので、家のことがあると断っていたのだ。


家族のように可愛がってくれるのは嬉しいけど、我が家を「別荘」と思っている節もあるような。

休日は我が家に来て庭で石窯使ったりバーベキューして、ビール飲んでゆっくり過ごしているのを見るとすっかりこの家の主人のような顔をしているのはどうなのだろうか。

そのせいで、周りの人たちからもこの家にはちゃんと大人が一緒に住んでいると思われているようで、私が一人で生活していると思われてないようだ。

まぁ普通女子高生が一人山奥で生活している方がおかしいのだが。


9月も中旬になると、阿蘇山の草原にはススキの穂もではじめていて、草原の色合いが少し変わっていく。

太陽もだいぶ傾いて差し込んでくるので、影が長くなってきた。パノラマラインを登っている時に自分の影が一足先に道を走っているのは、なんか面白くて好き。

夕日の当たり具合によっては緑の大地に銀色が入ってくるようになってきて、夏の生命力あふれる若々しい様子から、落ち着いた豊かなジェントルな雰囲気を感じられるようになってくる。

少年が青年になってきた、そんな空気感が漂ってくるので、夏のギラギラした感じよりは、私は今の方がいいな。


そんな秋へと移り変わる草原を毎日通りながら、いつものように日々が過ぎていく。

ソフトクリーム売りのお姉さんからは、そんなバイクばっかり乗ってると彼氏ができないよ、なんて言われてしまうけど。

バイク乗ってるからって恋愛対象に選択しない男などに興味はない。

というか、今ままで普通にしてたけど、男子から興味持たれたことがない。




ついにその日が来た。

はるなっちは一度家に帰り荷物を持ってくると言うので国道の茶色いローソンで待ち合わせをする。

午後ティーを飲みながらコンビニの外でぼんやりしていると、ここはよくバイクがやってくるのがわかった。

荷物を積んだでっかいのとか、いろんなメーカーのバイクが出入りしている。


連休前から休日とって移動してくるのかしら。


BMWのマークがついたでっかいのがとまってるけど、BMWって車作ってるだけじゃないんだ。

いや、そういえばHONDAも車作ってた。


みたことのないマークがついたバイクもちらほらある。

サイドカーのついたものとか三輪車とかもあって、バイクの種類の豊富さを改めて感じてた。

私のようなバイクはネイキッドと呼ばれる種類、というのは教えてもらったけれど、それ以外はバッタみたいなのとか、プラスチックで覆われてるのとか背もたれ付き椅子とか、そんな感じでしか区別がつかない。

安楽椅子系、江川さんがハーレーと言ってたような形のものが結構多いのは阿蘇という環境だからかしら。

乗馬とかアメリカンなお店とか結構あるものね。


予定時間を過ぎた頃、郵便局の人のバイクの音が響いてきた。


はるなっちがスーパーカブでやってきたのだ。

何やら、後ろの箱以外にも前の方に荷物を括り付けてきてる。


「じゃあ、行こうか」


と声をかけ、私もスーパーフォアに跨り前を走っていく。

いまだに右折は苦手なので左折ルートを選択していくことに。


別荘地へ入って自分の家へとやってきて。

ガレージのシャッターをリモコンで開けてそのまま中に入っていく。

いつもの通りにそれをやってから、後ろを振り向いてはるなっちを招き入れる。


はるなっちは、いっとき呆然としてから、シャッターの中へと入ってきた。

シャッターを閉めスーパーフォアをいつもの場所に置いてセンタースタンドを立てる。


スーパーカブが入っても余裕なので、その辺適当に止めていいよ、と言ってから私は先に、ガレージにある棚にヘルメットを置く。


身につけているプロテクターなどもその辺のハンガーに引っ掛けて、ジャケットなどをぶら下げているコート掛けのところに下げていく。


ガレージでのいつものやり方。


「あ、あ、あんた。一人でガレージハウスに住んでたの!」


後ろから、はるなっちの驚く声が聞こえてくる。


「うん、言ってなかったっけ」


「庭の広い四角い家に住んでる、とは聞いてたけど、ガレージハウスとか聞いてなかったわ。知ってたら速攻で来てたわよ」


教えなくてよかった、と思った。


「薪ストーブとかあるし、ログハウスみたいな作りだし。

なんてオシャレなの!こんなところに地味な女子高生が一人住んでるなんて、似合わないわ」


「地味で悪かったわね」


「何ここ、工具もこれスナップオンじゃない。それがセットで揃えてあるし、何これ、ツールボックスとか車輪付きのおいてあるじゃない。

ブロワー、高圧洗浄機、他にインパクトレンチとか、何これ、バイクの天国?」


「その辺の工具、私よくわからないからねじ回しとかだけたまに使うんだけど。

何かいいものなの?」


「電動工具も揃っているし。それにスナップオン、って戦闘機の整備にも用いられるくらい、精度がいいと言われてるアメリカの歴史のある会社なのよ。それをセットで持つなんて、あんたのお父さんってどんな金持ちだったのよ」


「なんか、車もイギリスのが2台あったんだって、ロータス?とかMINIとか言ってたような・・・」


「お父さんが存命の時に会いたかったわねぇ。

ねぇ、その工具ちょっと使ってもいい?」


「いいけど、何に使うの?」


「スーパーカブは単気筒だから振動でネジとか緩むことがあるのよ。

だからたまに閉めてあげないといけないの」


と言いながら、もうプラスドライバーを手にしてたりする。


家に来たのに、ガレージでまず足止めされてしまう女子高生というのもどうなのか、と思うんだけど。


気が済むまでネジを回して「いいわ、スナップオン、いいわ」とか言っているはるなっちを、まず家の中案内する。

お風呂とトイレは1階、

寝室は2階、寝具や着替えは2階に置いてもらうようにして、勉強などは下のリビングで行うことにした、というか、はるなっちが

「自分の愛車を見ながら勉強できるとか、ありえないんですけど!」

とかいうのでありえないことをあり得ることにしてやった。


テレビは置いてないので、いつもインターネットをタブレットで見るくらい。

音楽もBluetoothスピーカーでスマホから流す程度。


「ほんと、世間から隔離されたような空間なのね。

だからあんた成績がいいのね」


「勉強するくらいしか、やることないし」


「私だったら、スーパーカブのカスタムをどうするか考えながら、バラしたり組んだりして一日過ごせるわ」


「そんな女子高生の過ごし方は不健全」


「これだけの遺産があって、使いこなせてないのは勿体無いわよ。せっかくだから、この3日間、私が使い方のレクチャーしてあげるわ!」


「いや、勉強しにきたんじゃ?」


「それは夜すればいいのよ!

昼はツーリングと整備の練習、夜は勉強、お互いいい合宿になるじゃない」


そう言って、はるなっちは笑っている。

こんなにずっと笑っている姿は初めて見たから、それだけでも今回の勉強合宿を受け入れてよかったのかな、と思う。




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