第11話 ケニーロード

「今日はケニーロードに行くわよ!」


夜、アイスを食べながら勉強をしていると、はるなっちはそんなことを言い始めた。

初日はバイクの機能面についての教習が行われ、カブとスーパーフォアの違いやら同じとこやら、チェーンのメンテナンスの仕方やらを習ったりしてた。

車体を拭くときはガラス用スプレー洗剤で大体事足りるとか。

空気圧の見方とか色々教えられたけど、まぁ、自分でやるかと言われるとしないと思う。


そういえば、メンテナンスというと、江川さんがこんな葉書を渡してくれた、とはるなっちに見せてみると


「何、これメンテナンスパックの案内じゃない。あんたのCB400スーパーフォアは、2年間のメンテナンスパックにも入っているのね。なんて至れり尽くせりなの」


よくわからないので聞いてみると、どうやら先にお金を払っておくと点検とかオイル交換とかをしてくれる仕組みらしい。

点検とかオイル交換とかで10マンくらいかかる金額が私は支払わなくてもいいのだそうで。

お父さんが前の車検の時に入っていたらしい。

3月には江川さんが持っていった、という話をしていて、9月は自分で持っていってくれと言われていたことを思い出したのだ。


「今予約してあげるから、一緒に行くわよ!」


と言われ、はるなっちに勝手に今度学校が半日で終わる日の午後に予定を入れられてしまった。


メンテナンスについては、私の方はそんな感じで定期点検してるから特に問題ないという話になり。

主にスーパーカブについての講義が延々続いたのであった。

そして、その日から無駄にスナップオンの工具を引っ張り出しては並べて眺めて楽しむという謎の行動をする女子高生が我が家に生息することになる。


今も勉強中なのにメガネレンチを並べて弄びながらなのだ。


「ケニーロード、ライダーの聖地阿蘇で、段々と知名度が上がっている道路なのよ。

阿蘇にはパノラマライン、やまなみハイウェイ、ミルクロード、と絶景ロード10選の中に3本入るくらいいい道が揃っていて、さらにケニーロードも最近ライダーに人気の道になってきてるんだから。この連休とか多いかもしれないわね」


とか言ってニコニコしている。


そのケニーロードとはどこなのか?

と聞いてみると、憐れむような顔をされて携帯でマップを開いて見せてくれる。


「ほら、ここよ」


示されたところをみると、


「グリーンロードって書いてある」


「ここは、キングケニーこと、ケニー・ロバーツがとても気に入ったから、って話で正式に名前として登録されたのよ。看板だって立ってるから」


「誰それ」


「ハングオン、って知ってる?」


「知らない」


「・・・レーサーがこんな感じでバイク乗ってるでしょう?その乗り方を行い始めた人の一人なのよ。そん偉大なレーサーが、この道を走って「いいねここ」って言ったのはすごいと思わない!」


体を傾けながら、ハングオンの姿をしながら説明をしてくれるけど、なんか確かにレースとかで見たことある。


「なんでそんな人が九州の田舎にやってきたのかな?」


「奥さんが熊本の人なんだって、たまにツーリングに来てるらしいわよ、会ってみたいわね!」


と言われても、私は知らないおじいさんなのでどうでもいいといえばどうでもいい。

ただ、道の名前になるくらいなので、なんかすごい人なのだろうというのはわかった。


「明日、午後は車が多くなりそうだから朝一、朝食食べたらすぐ行くわよ」


と勝手に予定を組まれてしまった。


その後、勉強を教える時間になったのだけれど、メガネレンチを手放すことはなかった。


寝るときは持参した寝袋を使ってもらうことにしてたのだが、初日から


「ベッドダブルサイズあるじゃない!一緒に寝よ」


と言われ一緒に寝ることになったり。

どちらも歯軋りいびき、寝相の悪さはないので問題はなかったが、隣に人が寝ている状況に慣れなくてなかなか寝付けなかった。

初日は何やら学校の話などをして夜更かししていたが、今日は、はるなっちはすぐ寝てしまった。

休日初日からはしゃぎすぎて疲れたのかもしれない。


でも、こんなふうに友人と一緒に寝るなんて、1学期は思ったことなかったな。


と思いつつ、虫の声を聞きながらいつの間にか私も眠っていた。


翌朝はスクランブルエッグと食パンで済ませ、すぐにケニーロードへと出発する準備を行う。

朝靄が残る南阿蘇の谷はちょっと幻想的で、2階の窓から見る風景がとても素敵だった。

メッシュジャケットではなく、ウインドブレーカーを上着にはおりCB400スーパーフォアにまたがる。


はるなっちも自分のスーパカブに跨りエンジンをかける。


ガレージのシャッターが開いていくと外の涼しい風が家の中に入ってくる。

そしてスロットルを開け、ゆっくりと外へ。


ケニーロードは家からまっすぐ国道に降りて、十字路をそのまままっすぐ田舎の道を走っていくと、グリーンピア南阿蘇へといく道に着く。

そこを登っていくとケニーロードにつながるらしい。


「坂が結構急なのと、コーナーが急だから無理しないでゆっくり走るのよ」


と言われていたけど、森の中に入ってからの道はすごかった。


狭いカーブの連続、

落ち葉が積もった道路の端っこ

うねるみち、


そんなのが連続していて

「わー」とか「きゃー」とか「曲がれー」とか一人叫びながら走っていた。

はるなっちは慣れたもので、スイスイと登っていく。

その後をついていこうとするが、カーブが急すぎてどうしてもスピードを落としてしまう。


そんな走り方をしていたら、後ろからすごいスピードのバイクがやってきた。左ウインカーを出して道を譲る。

すると、さっと手をあげてその人は追い越していった。


かっこいい


いつも追い越していく人は何のリアクションもないのに。

みんなあんなことしてくれたら、道譲っても気持ちよくなれるのに。なんてことを思いながら、はるなっちに追いつくべく頑張っていく。


風景とかみてる余裕ないけど、いつの間にか高いとこまで登ってきていて、かなり寒くなってきた。


そして下り道になって、また狭くて急なカーブを登ったり降りたりしながら進んでいく。


ほんと、ここ慣れてないと絶対無理。


下りになると、はるなっちが早く先に行ってしまうのでなかなか追いつけない。


そして、西原村にあるケニーロード看板がある展望所へと到着した。

今日はまだバイクの人が少ないようで、この展望所も私たちだけだった。


ここからは熊本平野がよく見えて、朝のすっきりとした空気に覆われた平野と、金峰山が向こうに見えて、その先、有明海を超えた遠くに見える雲仙普賢岳、


秋の早朝は遠くまで景色が見えるので気持ちがいい。


スマホで写真なんか撮影して。


「どう?いい練習になったでしょう」


とはるなっちが聞いてくる。


「いい練習になったというか、スパルタな練習だったというか」


「もうそろそろ、こんな道を走ってみるのもいいかと思ったから連れてきたけど、来れたから大丈夫よ。

慣れてきたら、楽しくなってくるから」


「そう?」


「あのケニーロバーツが認めた道なのよ、並の道と思ってはいけないわ」


「私は並の道でいい」


しばらく熊本平野を眺めながら休憩して。


「今日はこの後阿蘇山も登っていくわよ。南阿蘇側から登ったことないでしょ」


などと次の予定を聞かされながらヘルメットを被ろうとすると、その展望所にオレンジと黒の、バッタみたいなバイクが入ってきた。


ピンクのナンバーなので125ccかな?

ただ、目を引いたのは後ろに貼ってあるシール

「阿蘇第二高等学校」

の通学シールが貼ってあった。


そういえば、こんなバイクあったな。と思っていると、はるなっちが険しい顔をしてそのバイクに近づいていく。


「あら、ヒナミ。今日はケニーロードを散歩しにきたのかしら」


そう言われ、バッタみたいなバイクに乗ってた人はヘルメットを脱いで


「よくアジアの商用車でケニーロバーツが認めた道を走れたものね」


と言いながら、はるなっちにガンを飛ばす。

長い黒髪が腰のあたりまでふわっと流れ、見た目にはっきりした顔つきは日本人っぽくない、ハーフな感じがする。目の色も、少し緑が入ってるような感じ。


「ヨーロッパの田舎企業のバイクばかりに乗っていると、スーパーカブの凄さがわからないんでしょうね」


「ふん、KTMの魅力がわからないようなやつに、バイクを見る目があるとは思えないわね」


KTM?

そういえば、そのバッタみたいなバイクに書いてある。

ライトはなんとかライダーが変身した後に乗るマシーンみたいで、子供に人気が出そうな感じ。形もサスペンションが長いのでバッタみたいな感じに見えるけれど、なんとかライダー用のバイクってわけじゃないのよね?


「同じヨーロッパの田舎会社なら、ハスクバーナの方がチェーンソー作ってる分マシじゃない」


「そっちは買収して、KTMの傘下よ!

ダカールラリーレースで気持ちよくヨーロッパ企業が楽しんでるのに、HONDAは金の力で割り込んできて、ゴリゴリトップ取っていくとか大人気ないとか思わないの!」


「KTMが遅いから負けてるだけでしょ」



とかよくわからない会話が始まってしまった。

というか、お互いそのメーカーで働いてる人でもないだろうに。

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