スーパーカブ110と、はるなっち
第6話 スーパーカブの少女
夏休みもいつの間にか後半。
蝉の鳴き声も朝夕にヒグラシの声がうるさいくらいに響き渡る。
田舎って、カエルの声とヒグラシの声がとんでもなくでかいのね。
でも、夕方の涼しい風を感じながら、ヒグラシの声を聞きつつ床に寝そべってアイスなどを食べるのは至高の瞬間だ。
夏休み、少しソフトクリーム販売のアルバイトをして小銭を稼いでたりする。
前半にスーパーフォアの練習をしていた時、美味しそうなソフトクリームを販売しているスタンドを発見。
そこで牧場のミルクソフトを食べたところ、とても美味しくて。
若い娘がバイクに乗ってるのが珍しい、とか言われてそこのスタンドのおばさんと話していたら、アルバイトに来ないかという話になって、夏休みの3週間だけアルバイトをすることになった。
まぁ学校にいちいち言わなくてもいいでしょう。バイクの方も通学許可はもらってないのに練習でうろうろしてるくらいだし。
隠れてバイクのったりアルバイトするとか、ちょっと不良みたい。
アルバイトする気になったのは、バイク用品買ったりするのにそれなりにお金かかるから。
それに、毎日ソフトクリームを食べられてお金がもらえるとか最高じゃん。
・・・
と思ったのは最初の1日だけ。
覚えることが多くて、ソフトクリームのあの形を絞り出すまで特訓させられ。
そこの奥さんからの指導はきびしく
「同じ形に作らないとだめ」
と言われ、夢に出てくるくらい練習をさせられた。あとは機械の分解清掃も大変だったし。
ソフトクリームは、これだけの苦労があって絞り出されているのね。
と世界の裏側を見たような気分になってしまう。
そんな3週間だったけど、アルバイト代は二桁万円に届き、
そのお金で、バイクに乗る上での身を守る「防具」を買うことにした。
江川さんから散々脅されてたのもあるけれど、早く適切な防具は欲しい。通学に使うならライダージャケットとかではなく内側に身につけるタイプがいいとかなんとか。
外につける膝当てと肘当てはすぐ通販で買ったけれど、胸当てと背骨の方がいまいちよくわからない。
これから胸が育ったら、こんなのキッツキツじゃないのかしら。
とか、思わず余計なことを考えてしまう。実際に着て選ぼうにも熊本市内までいかないといけないし、まだそこまでバイクで行く度胸はない。
私は身長は160あるし、スタイルは普通、少し細いくらい。胸の方は標準より少し大きめだと思うのだけれど、女性用の胸当てってあるのかしら?
と悩んでいたら江川さんの奥さん、みどりさんが昔使ってたジャケットというのを持ってきてくれた。
「ちょっと古いからデザインが微妙だけれど。これはメッシュジャケットで、夏は涼しいの。
肩と肘と背中と、胸のところにガードが入ってるから防御も安心よ、ちゃんと女性用だから胸も苦しくないし」
濃いブルーの上着、背中には大きく「HONDA」とか書いてあるけど同じ色なので目立たない。
背中に文字入れないとライダージャケットとして受け入れられないのかしら?
今まで自分を追い越していったバイクたちの背中を思い出しながら。
身につけてみると、少し胸のあたりが窮屈だけどバイクに乗った姿勢になったらピッタリになった。
ちょっとみどりさんより私の方が胸のサイズが大きいから、とか思ってしまったけれど口に出さなくてよかったかも。
8月も後半になると、山の気温は一気に下がり、早朝にバイクに乗ったりするとメッシュジャケットでは寒い時もある。
夏はお盆まで
とは近くの人が言っていたけれど、本当にそうなんだと実感する。
もう家の周りでは虫の声が聞こえてくるようになってる。それに、ツクツクボウシが寂しげな声を上げ始めると、夏休みの終わりを感じてしまうなぁ。
バイクについている気温系が17度とかになるときは、普通の上着の方がいいみたいだけれど、その場合プロテクターがついてないので危ないし。
これから先の、寒くなる季節のためにも、内側に身につけるプロテクターはほしいわ。
そして、課外授業が始まる前に学校に行ってバイク通学の許可などを得ないといけない。
それに、一度はきちんと学校まで自走してみる必要があるので、天気がいい日にがっ学校へ連絡し走ってみることにした。
制服着用が基本だけれど、スカートでバイク乗るわけにはいかないので下はジャージ、上着はもらったメッシュのライダージャケット、というアンバランスな姿。
店に寄ったりしないならこれでいいでしょう。
ヘルメットを被ったときに、外に出る長さを切ってしまったので、今はヘルメットをかぶるのもそんなに問題じゃない。
髪がセミロングの時は、変な癖が髪の毛についてなんとなく嫌だった。先っちょがちょっと撥ねるのは仕方ないのかしら。
高校は、今住んでいるとこから山を一つ越えたところ。直線だと距離は数キロなのに、山を回っていかないといけないので走行距離は20km以上になる。
阿蘇山の向こうになるので行き道は
阿蘇大橋を渡って、国道を走る
阿蘇山の登山道路を走る
高森町から箱石峠を走る
と主な道が三つある。
天気のいい時は阿蘇山を越えていくとパノラマラインというとても景色の良いところを走ることができるのだけれど、私の腕では峠はまだ怖い。箱石峠、とか峠ってついてる時点で無理。
国道も大型車がじゃんじゃん走っているから怖い。
だから私はもっとマイナーな道を走ることにした。
南阿蘇から東海大学農学部の前を通って、そこから阿蘇市へと抜ける道があるのだ。
ここなら車も少なくて、煽られることもなさそうだし安全だと思ったのだけれど。
グーグルマップで確認もしたのだけれど。
実際に走ってみると狭くて高低差があって、向こうが見えないカーブが連続していて、怖くてたまらない。
ひー、こんなとこだと知ってたら国道走ったのに!
薄暗い木々に覆われた1.5車線くらいの道がうねうねと続いている。
カーブミラーを見ても先がよく見えず、車がきているのかどうかもわからない。
なのに大学生の運転する車がすごいスピードで突っ込んできたりするから怖い。
しかも落ち葉が道の端に積もってたりして、そこに突っ込んだら確実にこける。
側溝に蓋もないから落ちたら終わり。
恐る恐る進んでいると、後ろからヘッドライトの光がミラーに映り込んできた。
また速いバイクだわ
そう思ったけれど、コーナーの連続で道を譲る場所がない。
私の後ろにピッタリとついてくる。
ヒ〜怖いわ〜
そして、中央線が書かれた下り坂の大きめのカーブに差し掛かったところでそのバイクは一気に私の前に飛び出して行った。
白い車体、後ろに積んでいる茶色の大きな箱。
ピンクのナンバーに、ヘルメットから後ろに流れている茶色っぽい髪。
長袖のジャージのような服を身につけて、足元がスカート
「スカート?」
思わず声に出てしまったけれど、相手は颯爽と私を置いて走り去ってしまった。
どう見ても、あれはスーパーカブだった。
ピンクナンバー?
私が知ってるのは50ccしか知らない。
改造してるやつかしら
何にしろ、私の知ってるスーパーカブの速さではなかったので、何かやばい人なのだろうと思うことにする。
なんとかそこをこえて、やっと国道まで出てきた。
もう2度とあそこ、走らないわ。
交通量の少ない道、あまり車が走らない道は走りにくい道なのだということを再び学習した。
国道に出たらあとは道なりに進む。阿蘇市の役場がある方向に進むと目的の阿蘇第二高校が見えてくる。
最近新しく色を塗ったとかで遠目には新品に見えるけれど中は昔ながらの学校という感じ。
まだ部活動の人しかいないから駐輪場も空いている。
黒とオレンジのバッタみたいなバイクとか、目つきの悪いスクーターとかいくつか並んでいるけれど、400ccのような大きめのバイクは居ないみたいだ。
私くらいなのかしら。
その中に、さっき私を追い抜いていったスーパーカブが居た。
あの茶色のボックスは目立つから覚えているし。色もナンバーの色もさっきのとおんなじだ。
こんな色で販売してるのかしら?
母親も昔乗っていたこともあって、思わず隣にバイクを止めて、そのスーパーカブを観察してしまう。
白というよりクリーム色の車体、茶色のシート。
それに大きな茶色の箱が後ろについていて、荷物がたくさんのりそうな感じ。
ハンドルにも、何かいっぱいくっついててごちゃごちゃしてる。
ピンクのナンバーは、確か原付二種のあれだから、125ccなのかしら?
CB400スーパーフォアをサイドスタンドで止めて、ハンドルロックをかけたところで
「あら、同じ学校だったの?」
と後ろから声をかけられた。
初めて聞く声だったので慎重に振り向く。もしかしたら私に声をかけたわけではないのかもしれないし。
そこには、茶色の髪の毛をツインテールにした、同じ学年の女子が立っていた。
目つきはやや厳しい感じで、身長は私より少し低いくらい。
全体的に幼い感じのある顔つきだけれど、何かこう、面倒くさそうな雰囲気を漂わせているのがわかる。
肩にかけていたトートバッグを背負い直しながら真っ直ぐ私を見ながらその子は近づいてきて
「ふーん、せっかくCBに乗ってるのに、もったいないわね」
と言って私のバイクを見下ろすように眺めてくる。
「いつもあんなのんびり走ってるの?」
とりあえずうなづく
「今年の夏に免許取ったばっかりだから」
「免許取り立てでいきなり400?お金持ちなのね」
となんだかイヤミのような口調で言ってくるが、結構失礼なやつなのではないかこいつ。
「親が乗ってたのをもらったの」
「そう、CB400スーパーフォア、HONDAの名車よね。
せっかくいいバイクに乗ってるのに、あのテクニックじゃバイクがかわいそうだわ。
早く上達するのね」
そう言って、その女はボックスの箱を開け、ヘルメットを取り出し。
肩にかけていたトートバッグを中に放り込む。
かなり大きいようで、他にも色々詰め込めそうだ。ヘルメットは私がかぶっているのと同じフルフェイスというものらしいけれど、なんだか派手な色。トリコロールな感じでバイクと合ってない気がする。
SHOEI、と大きく頭に書いてあるけど、あれがメーカー名かしら。
そして、そのままスカートで乗り込み膝当てを身につけていた。
「それ、スカートで乗れるんだ」
思わず声に出してしまうと、その子はヘルメットのバイザーを開けて
「そうよ、HONDAが産んだ名車、スーパーカブは女性でもスカートで乗れるように、この独特のデザインになっているのよ。
そして、バイクは男の乗る危ないものというイメージをアメリカで払拭したのもこのデザインがあってこそなのよ!
この独特のS字ライン、は形で特許も取っているくらいなのだから。
それにね、このスーパーカブは60年も作り続けられていて、1億台を突破するくらいの生産台数なのよ。
それがちょっと前は中国で作られていたのが、今は熊本工場で作られるようになったのよ。
ほら、日本人で熊本人だったら買うべきでしょう。地産地消よ。
日本が誇れる世界のバイクが、スーパーカブなんだから」
一気に捲し立てられて、半分は聞いてないけど聞いてるふりしてうなづいておいた。
「私はそんな、スーパーカブの物語が好きでこれに乗っているの。
あなたもHONDA乗りならこれくらいのことは知っておきなさい。スーパーフォアもいいけれど、スーパーカブにも一度は乗ってみることね」
と言いながら、彼女は郵便局の人が乗ってるバイクの音を響かせて去っていった。
なんだったのだろう。
しばしヘルメットを手に茫然としてしまった。
同級生にあんな子いたかな?
可愛い人だったので、同じクラスにいたら気づいてたはずだから別のクラスの人なのだろうか。
スカートそのままで乗れるのはちょっと羨ましい。
無事にバイク通学の許可は得られたのだけれど、その際に学生指導の先生に
「バイク乗りはバイク部に所属しないといけないことになっている。
入部届も書いておくように」
と言われ、とりあえず書いて出しておいた。
どうやら、放課後に定期的にバイクの運転技能教習とかが行われるらしく、生徒が安全にバイクで通学できるようにするための部活なのだとか。
部活となっているのは、「高校生バイク技能大会」というのがあるらしく、それに出るために技能を磨くという目的を持たせるためもあるのだとか。
そんなの出る気ないけれど、バイクで通学するためなら仕方ないわ。
そしてバイク通学のものは、
阿蘇第二高校
とデカデカと書かれたステッカーを貼らないといけないらしい。
シートの裏に貼ったらダメかしら。
バイクの後ろ、目立つところと言われても貼るとこが見つからない。しょうがないので左後方に貼っておいた。
あとはヘルメットにも学校の校章が入った入ったシールを貼ったりと、なんとなくダサダサな感じになるけれど仕方ないわ。
そして、まだ世間では夏休みだけれど、2年の進学コースの人達と、3年生は1週間前から課外授業が始まっていく。
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