第5話 夏休みの間に

夏になると空が群青色に染め上げられ、緑の山、その向こうにそびえたつ入道雲の姿が家からも見えるようになってきた。

高原地帯だから市内よりは涼しくて、夜に窓を開けっぱなしで寝ていたら寒くて風邪をひくかと思ったくらい。

エアコンも毎日つけるほどではないし。

一人で住んでてエアコン入れると電気代が勿体無いし。

窓を開けっぱなしにしてしまうと風が通って涼しいし、家の内装が全て木なので雨が降る日もサラッとしててとても気持ちがいい。

今まで過ごしてきたアパートだと、梅雨時はじめっとして家の中もしけってた感じが嫌だったけど。

今の家は洗濯物も家の中で乾くくらい、湿気を感じない。


木の家って、こういうところがあるのねぇ。


しみじみ父親の作った別荘の過ごしやすさを堪能してる。

過ごしやすいということは、この家ってすごくお値段高いんじゃないかしら。


父の残してくれたCB400スーパーフォア。

段々と見慣れてくると「可愛い」と思うところがいくつも出てくる。

最初は黒くて厳しい感じがしたのだけれど、まるライトが他のバイクより可愛いのが最近わかってきた。

私がゆっくり走っているのを追い抜いていく、全身プラスチックのカバーで覆われたバイクとかは全部目つきが悪い。

尖ってたり細かったり、目が3個あったり4個あったりして悪役みたいな顔つきのが多いし。

バックミラーにそれが入ってくると「交通ルールを守らない悪い人たち」がやってきたと思うことにして道を素直に譲ることにしてる。譲らなかったからと煽られたり、絡まれたりしたら怖いし。

あの人たちは何かに追われてるみたいにスピード出してるけど、暴走族ってやつなのかしら?警察から逃げてるのかしら?


あとは音のうるさい背もたれ付きバイク椅子みたいなのに座って走ってる人たち。

群を組んで国道を走っているのをたまに見かけるけど、あれのうしろを走っていると自分のバイクの音が全く聞こえないくらいやかましい。

前のプラスチックの塊みたいな人達みたいに速くはないけど、音がめちゃめちゃうるさいからこれも暴走族みたいなものなのかしら?


教習所で習ってきた交通ルールというのが実際の現場ではかなりグレーなこともわかってきた。

世界ってこんなものなのね。


あとは田舎だからおじいさんが50ccのスクーターとか、スーパーカブとかに乗ってるのがおおい。


スーパーカブは母が以前使っていたので知っている。

黄色くて小さいリトルカブ?というものだったと思うけど、燃費がいいからと通勤に毎日使っていた。私が中学生になってからは軽自動車に変わったけれど、そのリトルカブに乗っているお母さんはちょっとかっこよかったことを思い出してしまう。


それで、丸めの可愛い形がオシャレだと思っていたけど、田舎で見かけるとなんだかオシャレ感はないのに驚いた。

大きな箱を後ろに乗せて、たくさん荷物を乗せて長靴のおじいさんが走っているのを見ると東南アジアとかの映像で見たことある感じ。たまに、帽子で乗ってる人も見かけたりするけど、あれ違反じゃ?


田舎だと働くバイク、って感じなのね。


父のバイクは、そのスーパーカブと同じメーカー製だというので、かなり丈夫で壊れない、と江川さんは言っていた。父のスーパーフォアはガード類がついてる以外はほぼ買ったまんまらしく結構大きな音がするマフラーも最初からついてたものなのだとか。


教習車はこんなにうるさくなかったはずだけれど?

てっきり父が色々と改造しているのかと思った、乗り心地が全く違うから。


乗る前は、いつも丸っこいタンクからシート、そして少し跳ね上がったお尻までを撫でてからまたがる。

この少し跳ね上がったお尻がアヒルのしっぽみたいで可愛いいじゃない。

最近、母の残してくれた一眼レフで撮影する被写体に、このスーパーフォアが加わってきた。

スマホで撮影すると容量が減るから、写真はカメラで撮影することが多い。


私が住んでいる別荘地から国道に出るまではいくつかの小さいカーブがあるから、普通に乗るだけで結構いい練習になる。

国道と交差する十字路に出てくると、斜め前に焦茶色のローソンがあって、今までは気軽に買い物など来れなかったのだが。

今は「乗る練習に」と言いながらお菓子とかコーラとか買いにちょこちょこ通っている。バイクは荷物が乗らないのでまとめ買いができない。


江川さんご夫婦は以前からお世話になっている司法書士の人なのだけれど、私が親無しということでよく面倒を見てくれる。

奥様のみどりさんには私が料理を教えたりするくらい、親しい関係になっていている。

なので、夏になったら週末ごとにやってくるようになっていて、

すっかり私の家を別荘扱いしているところがある。


「やっぱり市内より涼しくていいねぇ」

なんて言いながら庭先で昼間からビールを飲んでいるのはどういうものだろうか。

みどりさんは以前よりは料理が上達してきたみたいで江川さんからは感謝されている。

「妻の唯一の欠点だったんだよ」

と言うくらいなので、それ以外は満点なのかな。こんなこと言われるみどりさん、いい旦那さんと出会ったものだ。


江川さんは無駄にバイクや車に詳しいので、荷物が乗らない話を食事の時にしてみると、

「キャリアとボックスつければいいよ」

と言われた。

荷台をつけて田舎のスーパーカブの人たちがつけてるような箱を乗っけるということらしい。


「嫌です。カッコ悪いです」


と私は拒絶すると


「箱は便利だよ。ヘルメットも入るし雨にも濡れないし、通学にも便利だよ〜」


そう言われると心が揺らぐ。

でも、


すぐにスマホで検索してみたら、しっかりしたのはお値段が高いのと、取り付けたバイクの姿が「カッコわる」と思ったし。

お気に入りのお尻のラインが見られなくなるのが耐えられないから。


「ゴム紐で縛ってくくりつけるから大丈夫です」


と言って、自転車用のゴム紐を近所のコメリで買ってきてシート下に入れている。


時間があればバイクの説明書片手にガレージで液晶画面の使い方を勉強し。

天気が良ければ理由をつけて買い物に出かけ。

江川さんご夫婦がくるときは、バイクに関しての知識、扱い方を聞いたり。


奥様のみどりさんも以前はバイクに乗ってたという話を聞いて驚いた。

「教習所では足が届かなくて、卒業検定苦労したわ」

と笑っているけれど、そんなんでも免許って取れるんだ。どうやら、バイクに乗っていた時にご夫婦は出会ったらしいという話もなんとなく聞き出すことができた。


バイクが持つ縁か〜ちょっと憧れるわ

私もそんな人が出てきてくれないかなぁ。


でも、今まで出会ったバイク乗りたちを想像すると、あまり関わりたくないような気もする。


買い物は、今まで南アメリカ大陸の熱帯雨林地帯の名前を使った通販サイトで生活物資をまとめて買うことが多かったけれど、バイクに乗るようになって近くのホームセンター巡りができるようになった。


通販サイトよりも安いのが結構あるし。

コメリ、ナフコ、ダイレックス、それにコスモスにフレイン、アスカとちょっといくとそれらが集まっているとこがあるから、値段を比較しながら必要なものが手に入る。それぞれ特徴があるのも最近知った。


こういうお店って、全部同じなのだと思ってたけど結構違うのね。


自分で移動できるようになって、今まで見てきた世界が広がっていく。


でも、まだ峠は怖くて足を運んでない。

国道沿いの店を点々と回るのが好きだけれど、右折で店に入るのが怖くてできない。

道路の真ん中で止まってたりすると、足を後ろから来た車に轢かれそうだし、曲がってるクラッチ操作間違ってこけたら対向車に敷かれそうだし。

どっちにしろ怖い。だから、家から国道325にまず左折で出る。

国道325号から国道265号に左折して、そのまま月廻り公園まで行って。

そこから引き返して国道325号に信号で右折してから、店をめぐる作戦を使う。


わざわざ月廻り公園まで来るのは、ここから見る阿蘇山の景色がすごいから。


阿蘇南部雨広域農道で早い車やバイクで怖い思いしたので、国道を素直に走ることにした時。左折だけでぐるっと回って買い物や店に立ち寄るルートを探しているときにこの場所で思わずバイクを止めてしまった。


根子岳が近くにあり、手前には広い芝生の公園。それにバイクを止めるのになんの気遣いもいらないような平らで広い駐車場。

初めてここにきたときは、しばらくバイクを止めて芝生の中をのんびり散策してしまったくらい。とっても気持ちのいいところだった。


この景色を見るのが好きだから、買い物に来るのにわざわざここまできてるのもある。


このルートだと左折で店を巡れて、さっきあげた店を全て回ることができるので効率がいい。

フレイン、ナフコ、アスカ、コメリ、途中お弁当のヒライとかコンビニもあるし。

そしてコスモス、ダイレックス、という順番で巡ると大体欲しいものは全て揃う。

ただし、リュックに入る程度のものと、後ろに括り付けられる程度のもの。

前も草刈り作業用のツナギと長靴、混合燃料買って、後ろに縛り付けて帰ってきたこともあるけれど特にずり落ちることもなかったので今後もこの方法で問題ないでしょ。


ただ問題は、家に帰るには、左折で出てきたローソンの交差点を右折しないといけない。


これが怖い。

大型車とかが横通るとそのまま倒れて巻き込まれそうでとっても怖い。

だから、無駄にローソンに入り信号側から出て、直進で交差点を通るようにしている。

最近は左折で自分の生活圏内をどれだけ快適に移動できるか、が楽しみになってきた。

ただ、暑い。

夏だから当たり前だけど、走ってる時はなんとかなるけど止まると暑い。

アスファルトからの熱と太陽からの直射日光。

エンジンからの熱とタンクがすごく暑くなるし。

でも半袖とかで乗ってると、日焼けも厳しそうだし、こけたらすりおろされてしまうし。


今度江川さん達がきた時に対策を聞いてみよう。

しかし、まだ学校まで行ってないので果たして無事に行けるのかしら。

夏休み中には通学の練習をしておかないといけないわね。


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