第7話 通学
夏休み、課外授業が始まってからすぐにプロテクターを購入した。
日が落ちてからはメッシュジャケットが寒く感じるくらいで、その上からウインドブレーカーを羽織ることもあるくらいだったから。
実際にお店に行った方がいいと言われたけれど、田舎から都会にバイクで出ていくのはまだ怖い。4車線の道路とかの右折とか、考えただけで恐ろしい。
そこでエンストとかしたら後続車から敷かれてしまうんじゃないかと思うし。
しかし、通信販売で探すとたくさん出てき過ぎてよくわからない。
安いのでいいのかしら?
江川さんが家に来たときに聞いてみると
「プロテクターとヘルメットを安く済ませてはいけない」
と言われ、その質の違いが生死を分けるとまで言ってくる。そこでおすすめのメーカーを聞くと「デザインの好みでたくさんあるけれど、低予算で全て揃えるならこのメーカーかな」とコミネと書かれたものを勧めてくる。
ちなみに、と正式なバイクメーカーのとこで見るとなぜか値段が倍くらい違ったりするのだけれど。
「内側に身につけるなら、デザインより機能性を求めるべきで、その辺のノウハウが多いとこのが楽ですよ」
と言いながらスマホでちょいちょいと商品を探して示してくれた。
ベストの形をしていて、内側に来ててもそう邪魔にならない形。
諭吉さんが一人くらいで買えるならまだ安い方と言われる。
全くおしゃれじゃないけど、安全には変えられないし。
課外授業の間、あのスーパーカブに追い抜かれることはなかった。
どうやら課外授業を受けているわけではないので、進学クラスではないとこの人らしい。前回会ったのは、たまたま部活か何かで来てたのかしら。
課外授業のためにバイクで通学し初めたら、クラスの人たちから声をかけられることが格段に増えた。
まずヘルメットを持って教室に入ったところで
「バイクで通学しはじめたの?」
と聞かれ、そこから
何に乗ってるの?
なんでバイク通学?
今度見せて
などなど。
私も今までの微妙な距離感が一気に縮まった感じがあってちょっと怖い気もする。
というか、バイク一つで人の認識って結構変わるものなのね。
男子から声をかけられることも多くなり、乗っているバイクの話をすると大抵
「いいな、カッコいいな!」
と目を輝かせてくる。
あくまで、こいつらは私に興味があるのではなくバイクに興味があるのだ。
急に私がモテるようになったわけではない。
ここで勘違い女な雰囲気を出してしまうと女子社会から弾き出される可能性があるので、男子と話すときはそっちの面でかなり気を使う。
好意を持てるような、気になる男子がクラスには全くいないので、私としてはしゃべる芋と会話してる程度の気持ちなので。
課外授業が終わると毎日数人が私のバイクを見にくるようになり、少しずつクラスの人達と会話をする機会が増えていった。
クラスではバイク通学が私一人しかいない。9月から免許を取ってバイク通学を目指している男子がいて、それが毎日のように私のバイクを見にくるが、奴はバイクしか見てないので特に関係が深まるわけでもない。
名前は、田中淳一だったっけ。
私より少し背が高い程度なので、男子の中では小さい方だろうか。角刈りに筋肉質の体型なのでスポーツをやってそうなのだが、写真部なのだとか。
教習車がこれと同じというのを知っているので、自分が足が届くのか、ちゃんと運転できるのかを知りたくて毎日私のバイクに跨りにきてるのだ。
割と迷惑
女子の中でも免許を取る予定の人もいて、そんな人達と色々と話していると。
どうやら私は親無しの不幸な家庭で、やんごとなき理由から熊本市内から住む家を追われ、田舎に無理矢理引っ越しを迫られた幸薄い少女。
だと思われていたらしく(みんなの話を総合すると)。
山奥に一人暮らししてるとか、バイクとかに乗ってるようなアグレッシブなイメージがなかったようで、クラスのみんなも私の詳しい話を聞いてかなり意外性を持ったようだった。
これは、優等生が隠れてタバコ吸ってるとか。
不良が道端で濡れた子犬を助けているとか、そんなギャップを感じて相手を身近に感じるあの現象だわ。
いつも目立たないようにしてたから、余計に幸薄い感じに見られてたのね。
私としては、すでに出来上がっている女子グループに入ることができなかっただけなのだけれど。
そして、家の周りでうるさかった蝉の声がヒグラシとツクツクボウシだけとなり、空の色がなんとなく色が薄くなってきたのを感じる。
阿蘇の谷の方では稲刈りの終わった水田もちらほら見えてくる。以前は霜が降りる前に収穫するという意味もあって、9月くらいには稲刈り終わるとこが多かった話も聞くけれど、今は温暖化で霜が降りるのが遅くなったとか、品種や水田の持ち主によって植え付け時期も変わるので結構バラバラになっているのだとか。
モザイク模様になっていく水田地帯をゆっくりとバイクで走ると、段々と風も涼しくなり、秋の気配がすぐそこにきているのを感じる。
9月、学校が始まるとついにバイク通学本格始動。
みんなが徒歩や自転車で通学してる中にドルドルとエンジン音を響かせて学校に乗り入れるのは何か優越感があって楽しい。
みんなんが振り返り、避けてくれるからだ。
ただ、学校内に入ると「降りて手で押していけ」と先生に指導されるのでエンジンを切って駐輪場まで押さないといけない。
これが辛い。なにしろバイクの重量が200kgくらいあるのだから。
こんなん、二の腕ムキムキになってしまうわ。
バイクで通学してるのに、息を切らせて駐輪場にやってくるとびっしりといろんなバイクが並んでいるのが目に入ってくる。
こんなにたくさん、バイク通学している人いたんだ。
半分以上がスクーターと言われるもので、大きさも様々。
ナンバーの色を見ながら歩いていくと、大抵はピンク色がほとんど。
400cc乗ってるのはほんの数台くらいしかない。
そりゃ珍しいわね。
と自分の立ち位置を確認して空いてるとこに突っ込む。バイク置き場は全学年共通でチェーンロックを引っ掛けるところがあるのが特徴。
通学する際は、上下学校指定ジャージに学校指定のウインドブレーカーという姿なので、まずは更衣室へと向かい制服に着替えてから教室へと向かう。
プロテクターとかもこの時に外してロッカーに入れておく。
この着替える時間を入れておかないといけない。
スクーターの子達はスカートで制服にウインドブレーカ羽織ったまま乗ってきてるので、プロテクター外すくらいでそのまま教室に上がっていく。
シートの下にヘルメットとか収納できるので便利そうだわ。
私のCB400スーパーフォアには、収納がほぼ皆無。
毎日リュックに教科書詰め込んだり、後ろにカバンを縛りつけたりしているけれど、ちょっと面倒くさい。
江川さんの
「箱をつければいいよ」
という言葉を思い出すが、あの姿のかっこ悪さは私には耐えられない。
かっこかわいいスーパーフォアをデザインした人が泣きそうなくらいだと私は思う。
だから、このままの姿を堪能するためにも、シンプルで何もつけない状態で乗っていきたいと思っている。
ずらっと並んでいる、通学で使われているバイクたちを眺めながら。
うん、私のスーパーフォアが一番かっこいいわ
と、毎日心の中で思うことが日課になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます