4. 撃墜

「どうしてリズが戦闘機のコクピットにいるの⁉」


 無線越しにリズに問いかける。間を置かず、彼女は〈エレナのためだよ!〉と返した。


「私のため⁉」

〈この国は間違ってる! 弱者を虐げ、搾取し、一部の強者だけが得をする……そんなこの国を変えるには、痛みが必要なの!〉

「何を言ってるの⁉」


 エレナはリズの言葉の意味が理解できない。弱者? 強者? そんな言葉をリズの口から聴いたことはない。声はリズの声なのに、キラークラウンのコクピットに座る少女は別人のようだった。


〈エレナッ! 何してるんだッ!〉


 二人の会話に、フリッツが割って入る。斜め後ろからフリッツ機がキラークラウンに対して機関砲による射撃を加える。リズ機はそれを鋭い機動で躱し、反転。フリッツ機と相対する。その瞬間、胴体側面のウェポンベイが開き、短距離ミサイルのランチャーが露出した。


「リズッ……ダメッ!」


 エレナが叫んだ時には、リズの放ったミサイルがフリッツ機のインテークに突き刺さっていた。ミサイルはエンジンを内部から破壊し、主翼ごともぎ取る。


〈クソッ、制御が利かないッ! 脱出するッ!〉


 フリッツは即座に座席を射出し、機外に脱出した。だが、直後に機体が不規則な回転を始める。もう少し遅かったら、大けがでは済まされなかっただろう。


 フリッツのパラシュートが開いたのを見届け、エレナは再びリズの方に目を向ける。


「どうして⁉ どうして私の仲間を攻撃するの⁉」


 エレナの問いかけを無視して、リズは最大推力で戦域を離脱しようとしていた。


〈必要な犠牲なのッ! そこにエレナを加えたくないッ! だからこれ以上私を追わないでッ!〉

「こんなことをして、私のためになると思ってるの⁉ ヘドウィグ人への差別が無くなると思ってるの⁉」

〈そうだよッ!〉

「ウソだッ!」


 エレナは短距離ミサイルを選択。リズの機体のエンジンをロックする。彼女を止めなければ……!


〈まだ解らないの⁉ この国の人々は、過去に犯した過ちを反省することなく、今でもヘドウィグ人を虐げている! エレナはそれを最も感じてきたはずでしょ⁉〉

「だけど、それが暴力に訴えて良い理由にはならない!」

〈エレナは相変わらずお利口ちゃんだね! 模範的な回答だ! でも、暴力で他国を脅迫する軍隊に身を置く人間が、言えたことじゃないよッ!〉


 リズのキラークラウンがフレアを散布。フレアが放つ赤外線にを潰され、ミサイルのシーカーが目標を見失う。ロックオンが外された。


 リズ機の挙動に注意を向けつつ、エレナはGPSで位置情報を確認する。リズの向かう先に、グライフェン・シュタットが迫っていた。彼女が何をするつもりなのかは解らないが、幼馴染に人を殺させる訳にはいかない。


「私のためなら、すぐにこんなことはやめてッ!」

〈なら、私を今すぐ撃ち墜としてよ!〉

「ッ……!」


 フレアが拡散し、再びミサイルがリズの機体をロックする。エレナはミサイル発射ボタンに指を置くが、押すことが出来なかった。


〈撃てないんでしょ⁉ 私が友だちだから⁉〉

「違うッ!」

〈私だって、ヘドウィグ人を虐げてきたノルトグライフ人なんだよ⁉ 憎くないの⁉ 私と同じ宗教を信仰する人たちが、エレナの家にネコの死体を投げ込んだんだよ⁉〉

「でも、リズはそんなことしなかったでしょ⁉」

〈どうかな? 口に出さないだけで、心の中ではエレナを蔑んでいたかもよ? ほら、撃ってみなよ? 汚いドラ猫ッ!〉


 キラークラウンの胴体下のウェポンベイが開く。中から現れたのは、王立空軍が新しく導入した小型巡航ミサイルだった。エレナが知っているスペックの通りなら、グライフェン・シュタットはすでに射程に入っている。


〈撃ってッ!〉

「ぐあああああああああああああああああッ!」


 赤と緑と紫を混ぜ合わせたような声を上げ、エレナはミサイルを発射する。ミサイルがリズ機のエンジンに突き刺さるまでの四秒は、エレナには永遠に感じられた。


〈ありがとう、エレナ……〉


 リズの機体が爆発する瞬間、エレナがよく知っている幼馴染の声が聴こえた。宿題を手伝った時に、彼女の口から出た言葉だった。


「リズッ……!」


 幼馴染の名前を呼んでも、誰も答えない。キラークラウンの残骸は、雲の海に消えた。


 どうにもならない感情を込めて、エレナはディスプレイに拳を押し当てた。強く、長く……



 結局、リズがどんな経緯でキラークラウンを強奪したのかは解らなかった。諜報機関は複数の国際テロネットワークが関与している可能性を示したが、それ以外のことはまだ調査中だ。


 ネットには相変わらず、ヘドウィグ人を犯人とする言説が溢れている。エレナは辟易してSNSを見るのも嫌だった。醜い言葉ばかり映し出す携帯電話をポケットにしまい、エレナはバスの車窓に目をやる。


 並木は緑の葉を茂らせ、初夏の日差しに輝いていた。道行く人々は、日傘を差したりシャツの襟を開いたりしている。きっと、故郷の村ではライ麦畑が収穫を迎えた頃だろう。


 病院の前でバスを降りたエレナは、受付で面会に来た趣旨を伝える。最初は「一般人の面会はお断りしています」と言われたが、空軍のIDを見せるとすんなりと承諾してもらえた。これは職権乱用というヤツだが、もはや気にするまい。


 病室の前では、アサルトライフルを担いだ女性が立っていた。MP(軍警察)の人間だ。彼女はエレナの顔を覚えているらしく、何も言わずに中に入れてくれた。


 病室のベッドには、ライ麦色の髪の少女が横たわっていた。エレナが入ってきたことに気付く様子もなく、窓から覗く青空をぼんやりと眺めている。


「調子はどう?」


 エレナは軽く手を挙げ、少女に声をかける。少女はやっとエレナの存在に気付き、こちらを向いた。


「あ、イーレフェルトさん」


 少女はムクリと体を起こしながら、「だいぶ良いですよ」と返す。


「リズってば、いい加減名前で呼んでよ。友だちでしょ?」

「いやぁ、、名前で呼ぶのは……」


 その言葉を聴いて、エレナの胸がズキリと痛む。目の前のリズは、もうエレナの知っているリズではない……今更のように、そのことを強く意識させられた。しかし、顔には出さず、エレナは笑顔で話す。


「別にいいじゃん! 三回会えば友だちだよ!」

「そういうもんなんですか?」

「そう!」


 エレナは大きく頷くと、パイプ椅子をベッドに寄せて腰を下ろす。


「私がリズって呼ぶんだから、リズも私のことエレナって呼んでいいんだよ?」

「は、はい……エレナさん?」

「よくできました!」


 エレナはリズの頭をわしゃわしゃしてやる。


「そう言えば、頼んでいたもの、持ってきてくれました?」


 リズの問いに、エレナは頷く。そして、リュックサックの中から週刊誌のバックナンバーを取り出した。


「これでしょ? 新しい号じゃなくて良かったの?」

「良いんです。私が記憶を失う前のことが知りたいんです」


 そう言ったリズの顔は、少し暗かった。


「もしかして、自分が何者なのか知りたいの?」


 エレナの問いに、リズはゆっくりと頷く。


「薄々気付いてました。病室の前には普通の警察官とは違う人がいるし、軍の諜報機関とかが話を聴きに来る。それに、両親もエレナさんも、私に何か隠しているみたいで……先生は私の記憶障害は心的なストレスが原因って言ってますけど、もしかして、私は何か悪い事をしたんですか?」


 エレナは首を横に振る。


「いや、そんなことないよ。リズは友だちのために体を張ったんだよ」

「でも……」


 その先を遮るようにエレナは幼馴染だった少女を抱きしめる。


「私は嬉しいんだよ。リズが私のために怒ってくれて、泣いてくれたことが……」

「エレナさん……?」


 エレナはリズのライ麦色の髪に顔を埋める。深呼吸をすると、懐かしいような、悲しいような匂いがした。


 リズはいきなり抱かれて緊張しているようだったが、徐々に力を抜いていき、エレナに身をゆだねた。そんな彼女の頭を、エレナはゆっくりと撫でる。


 リズの記憶が戻るのが怖い。もしかしたら、彼女は遠くに連れ去られてしまうかもしれない。絶対に自分の傍から離さないように、エレナは腕の力を強めた。


 エレナの腕の中で、リズがうめく。


「い、痛いよ……エレナ……」


――終――

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