諸行無常

 懐かしい。と思い出に浸る俺をよそに、妹はしばらく聞くと、飽きたのか自分のスマホをいじり出した。


「機械的で私には合わないかな。やっぱり人の声の方が聞いていられる」

「好みは人それぞれだから仕方ないけど、これは十年前の音源で、今じゃ機械音ながら人の声に寄せてるから聞きやすいと思う」


 釈然としないのか、眉間にしわを寄せている。妹が何か言いたげな時は、たいていこんな顔をした。妹はしばし考えてから、口を開いた。


「この間、歌を歌えるAIと人間でどちらが歌うまかっていうのをテレビでやってて」

「それで?」

「審査員が三人いたんだけど、皆人間の方に票を入れてた」

「そうなんだ」

「確かに、AIは音程はとれてるし安定した歌声だったよ。プロの歌手の歌声をAIに覚えさせてたらしいから、感情表現だってできてたし。でも、きっと許せないんだろうね」

「AIが人間よりも歌がうまいことが?」

「それもあるかもしれないけど、日本人の美意識に反するのが」


 今度は俺が眉間にしわを寄せる。

 日本人の美意識に反する?

 ボイドは今や日本のサブカルチャーの代表格だ。それを日本人が許せないなんて、心が狭すぎる。


「昔から、日本人は桜が好きでしょ? お兄はあれは何でだと思う?」

「それは、パッと咲いてサッと散るからだろ?」

「お兄、やるね」


 俺が答えられたのが意外なのか、妹は驚いた顔をする。


「綺麗に咲いていた桜の花が潔く散っていくその様を、日本人は美しいと思っているんだよ。永遠じゃないものこそが美しい、ってね。まさに諸行無常いとあはれ、ってとこかな」

「じゃあ、ナナのとこの会社が潰れたのも盛者必衰いとあはれ、だな」

「そのあはれは、哀れってこと?」

「ご愁傷様です」

「お兄はひどい」


 とは言いつつもその声音は軽いものだった。


「AIもボイドもそれを使って歌を作り続ける人がいる限り永遠に生き続ける。でも、人間は寿命がある。審査員はそこまでみていたのか」


 感心する俺に、妹は一言付け加えた。


「あくまでも個人の感想ですが」

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