Track 15 Knock'em dead, Blow them away!
冬も残りの高校生活も駆け足で過ぎた。
クリスマスは書類審査で合否を待つコマチとデートした。親父さんには交際すら認めて貰ってないし、更には金がなくて婚約指輪とか高い物買えないけど、カップル向けのお店で一緒にペアリングを買った。大きなクリスマスツリーが見える喫茶店の窓席で薬指に指輪を嵌めてあげるとコマチはイルミネーションよりも眩しく笑った。
新年を迎え、(開業資金を一円でも多く貯める為に)実家に帰れないビトーさんを招いて店で正月を祝った。おしぼりマイクのカラオケ大会では初めてお袋の歌声を聴いた。二年の学祭ライブで一曲目にぶちかましたあのロックナンバーをタロとお袋は熱唱する。俺とビトーさんは顔を見合わせると笑った。
『春には可愛いタロもジロもいなくなっちゃうの。寂しい。武藤さんはお店に来てね。私の弟みたいなモンだから』と洟を啜る泣き上戸のお袋をビトーさんとタロに任せ、薄情な俺はおめかししたコマチと初詣に行った。着物姿もまたすんごく可愛くてお姫様みたいで『神前式もいいなぁ』って真剣に考えた程。互いの健康、そして残していく家族の幸福を神様にお願いした。
コマチが合格し、タロとビトーさんの提案で卒業式に簡易ライブをやる事が決まり、学校も休みが増える。俺とタロは同居部屋やバイト探し、ライブの練習に追われる。そんな頃『ちょい出かける。夜は手伝う』と幾日かタロはふらり何処かへ行った。……今回は言葉通り夜には帰ってきたので安心した。
二月の半ば、ある休みの日、マイエターナルスウィートラブリーエンジェル・コマチの愛がこもった手作りチョコレートを大事に大事にありがたくありがたく味わっているとタロが小さな紙を突きつけた。……受験票だった。
「ちょっと付き合いなさいよ。今日だから発表」
「……理Ⅲって……お前受けてたのかよ」
「ただのお遊びよ」
「俺やコマチの面倒見て受験勉強してなかったもんな」俺は鼻を鳴らした。
「まあね。お遊びですから」
二人で電車に乗り、大学の掲示板へ向かう。道中、気が気でなかった。タロは中学で東大の赤本を解き、更には全国模試一位のベルトを守ってきたチャンピオンだ。合格したらタロは医者の道を歩むんじゃないか。そうなっても俺は俺の道突っ走るけど……やっぱりタロがいないなんて嫌だ。一緒にぶちかますからロックはめちゃくちゃ楽しいんだ。タロがいないと寂しいし不安だ。胸が破れそうだ。
悲痛な面持ちで最寄駅に降り立ち、大学構内に入る。合格掲示板の前は悲喜交交で掲示板上の受験番号と共に満面の笑顔で撮影したり、胴上げしたり、項垂れたり、悔し泣きする受験生がいた。
人で賑わう大掲示板を通り過ぎ、タロは小さな掲示板へ向かう。……医学部に入りたい奴って五万と居るだろうに受験生も沢山居ただろうに、理科Ⅲ類の合格掲示板は残酷な程に小さかった。俺みたいなお馬鹿でも知ってるくらいだ。凄く狭き門だって。
『はい、ジロちゃん。大役を遣わす』と悪戯っぽい笑みを浮かべるタロに受験票を渡された。掲示板の前は既に受験生や保護者の姿はない。番号を探しやすかった。
タロの番号を呟きつつ番号を順に追っていると見つかった。
「あった! あったよ! 番号っ!」
先程までの不安や悲しみは何処へやら。俺は大声で叫んだ。
タロは満足そうに微笑むと天高く拳を振り上げた。
「やった! やった! 合格だっ! 合格っ!」柄になく跳躍しガキみたいに俺がはしゃいでいると(他人事だし俺は何の努力もしてないけど)、『でかした!』『おめでとう!』『ばんざーい!』と何処からともなく現れた野球部やラグビー部の屈強なあんちゃん達にがっしり掴まれ、空高く胴上げされた。
おい! 待ってくれ! 合格したの俺じゃない!
タロ! あんちゃん達にしれっと混じってにちゃにちゃ笑って俺を担ぐな! 合格したのお前! 俺はただの付き添い! もしかして『大役』ってこれの事かーっ!
地に下ろされた時には目が回ってフラフラだった。最後まであんちゃん達には『合格したのこの不法滞在外国人』とは言えず、固い固い握手を交わされ記念写真を撮った。マッスルポーズをとるあんちゃん達に囲まれ、目を回した俺が受験票を掲げ、白目を剥いて舌を出したタロがメロイックサインの指先で掲示板上の番号を指した。
帰りの電車でタロはぽつりこぼした。
「心配すんな。端から大学に入る気はない」
「……じゃあ何で受けたんだよ」
「蹴る為に受けたんだよ。……生前、トオルが『官僚か医者になれ』って言ってたからな。俺は官僚や医者になれる。だけど俺はなりたくない。『なれない』と『ならない』は違う。……トオルへの最後の嫌がらせだよ。俺は官僚や医者にはならない。それを示したかった。俺の長い長い反抗期は漸く終わりだ」
長い溜息を吐いたタロは笑う。
「俺はジロとロックをやりたい。純粋な気持ちで。東條太朗としてではなく、ジロの相棒タロとして」
★★★★★
「ま、これでスッキリしたわ」
タロは素組みを終えた女性兵士のプラモデルを楽屋のテーブルに置く。俺は床に座って本番前のストレッチをしていた。
「最後の一人に振られてエッチ友達居なくなった訳だし、積みプラも無くなった訳だし、ガラクタだらけのお部屋も片付けて綺麗さっぱりよ? 新しいスタートを心置きなく切れるわーん」プラモデルを突いたタロはぐふん、と笑む。
エッチ友達を常にストックしていたタロが関係を清算するなんて……汚部屋のチャンピオンのタロが片付けるなんて……信じられない。自殺する奴や仕事を辞める奴って身の周りを整理するよな……まさか……嫌な予感がする。
「……や、辞めるとか言うんじゃないだろうな?」
「おう。辞めるわ」
ライブ前に爆弾発言やめろよ! しかも士気に関わるやつ! 俺、まだタロと突っ走りたいよ! 死ぬまでタロとロックやるのが俺の願いなのに……! 感謝ライブに来てくれたみんなだって、インディーズ時代から応援に来てくれる谷口さんだって、退職した及川センセや小早川センセだって、サプライズ参加するビトーさんやコマチだって、お袋だって、タロと俺にロック続けて欲しいって思ってんのに……!
立ち上がった俺は感情の遣り場がなく、拳をテーブルに突き下ろした。
タロは眉根を寄せる。
「ちょっとジロちゃん、お手手はギタリストの商売道具よ?」
「馬鹿野郎! 何が『辞める』だ! どんな想いでここまで突っ走ってきたのか分かるかっ! 悔しい事だらけで! それ以上に楽しい事だらけで! タロとここまで突っ走って! 絶対にタロじゃなきゃダメだと幾度も感じて! タロを信じて! どんな想いで突っ走ったと……!」
怒りに任せ幾度となく踵を床に振り下ろし男泣きしていると『なるほどね』タロは長い溜息を吐く。
「……勘違いも甚だしいわ。お馬鹿め。ロックもジロちゃんの相棒も辞める訳ないでしょーが。俺が辞めるのは爛れた生活と独身生活」
ティッシュを取ったタロは『はい、ちーん?』と俺の鼻にあてがう。俺はひったくると思い切り洟をかみ、湿ったティッシュを丸めてタロに投げつける。
「馬鹿はお前だっ!」
タロは粘ついた笑みを浮かべる。
「ぐふーっ。勘違いは迷惑だったけど、ジロちゃんがタロちゃんをこんなにも想ってくれてるのは嬉しかったのねーん。俺たち相思相愛よねーん。タロちゃん、ジロちゃんのお嫁さんになろうかしらーん? そうしましょ。そうしましょ。そうしましょったらそうしましょ」
「俺の嫁はコマチだけっ!」
「二号さんでもいいの。でも男同士は初めてなの……だから……優しくしてね……?」頬を染めたタロはTシャツを右手で捲り左手で乳首を隠し上目遣いでしなを作る。
「きんもっ! 目が腐るっ!」
明け方のカラス宜しくぎゃあぎゃあ戯れあっていると鬼の形相のコサコ氏が『お黙りっ小童ども!』と勢いよくドアを開けた。……ゴ、ゴメンナサイ。
俺たちのマネージャーで社長腹心の部下たる小柄な女性コサコ氏はテーブルの素組プラモを見遣り、俺たちを交互に睨むと鼻を鳴らす。
「ロウ、発情すんな、衣装着ろ。セグ、ファンデハゲてる。サモン(メイク)呼ぶからミラーの前に。セグ、シッダウン」
男泣きした時ハゲたか……。コサコ氏の命令に従い、俺はミラーの前に大人しく座った。
コサコ氏は俺たちをロックスターでもなくプロのアーティストでもなく、ましてや自社の売れ筋商品でもなく、デカい犬として扱っている。……いいけどね。実際にかなり迷惑かけてるし(主にタロが)。
「ロウ、セグ、次本番前に喧嘩したら問答無用で去勢。OK?」
「マァム。イエス、マァム」
「あおーんっ!」
舌打ちしたコサコ氏は楽屋のドアを閉めた。
サモンにメイクを直され、再び二人で時間を潰す。俺は少しだけ赤くなった右手を見つめる。
「喧嘩バレてたな……」
「ジロちゃんが物に当たるから」パイプ椅子の座面で胡座を掻いたタロは悪戯っぽく笑う。
「誰の所為だと想ってんだよ、誰の。……『俺が辞めるのは爛れた生活と独身生活』って言ってたな。爛れた生活は分かるけど、独身生活辞めるって……誰と結婚すんの?」
「舞美さん」
もう騙されねぇぞ。次喧嘩したら去勢だからな。
「嘘こけ」
タロは歯を剥いた
「残念でしたー。秀才タロちゃんの華麗なる計画では結婚するんですぅー。デートするってずっと前から約束してるんですぅー。プロデビューして四週連続ランキング一位防衛した暁にはデートするって舞美さん約束してくれたんですぅー。一八の時に約束してくれたんですぅー。明日は赤いスカイラインちゃんに舞美さん乗っけて横浜までドライブするんですぅー。そこでプロポンズするんですぅー。夜景の見える素敵なホテルで合体してジロちゃんの弟妹こさえるんですぅー!」
「きんもっ!」
「キモくて上等! やっと大きなコブがお婿に行ったんだから、願ってもないチャンスなのよーっ! タロちゃんがビシッとバシッとぐっふんと決めてやるのねーっ!」
鼻息を荒げるタロを眺めると、少し胸が痛んだ。四週連続ランキング一位って……大分前に達成してる。俺の結婚が纏まるまでタロは待っててくれたんだな。
「……俺は小林のままだけど。『ジロ君は小林紋次郎の方が面白いし、小林小町も素敵だから』ってコマチが譲ってくれたから」
「小林
「はいはい。ま、頑張れよ」
「おうよ!」
タロはにっかり笑うと親指を立てた。
Sinistra組新人スタッフのヒダリサワ君が楽屋に顔を出すと『そろそろ袖に』と出番を告げた。俺たちがもたつくとドヤされるのは新人だ。俺とタロは直ぐに袖へ向かった。
ステージ袖の会場スタッフ達は緊張も苛立ちもしない。しかし打ち合わせよりも無機的な雰囲気の表情になる。神前の信徒のような厳かな面持ちの彼らが俺は好きだ。
楽屋でも聴こえていた会場BGMは袖に来ると振動となって腹筋を揺るがす。
会場スタッフやSinistra組スタッフの視線を背に受け、俺はサングラスを掛け、サブローの五つ星ストラップを肩に掛ける。タロは暖簾の紅紐で作った飾りを下げたマイマイク『流星号』を握りしめる。
手拍子が鳴り響き、『まだかまだか』とばかりに歓声が聴こえる。
袖から垣間見たステージを照らす光と音、空気は最高だ。
この会場の誰も彼もが俺たちのロックを待ち焦がれている。
そう肌で感じるだけで胸が高鳴る。
しかし瞼を開いた刹那強い光を放射するスポットをサングラス越しに見てしまう。車のハイビームを思い出し、あの日のトラウマに眉を顰めて唇を震わせる。それに気付いたタロが俺の手を強く握るとステージを見据える。
「だーいじょぶ、だいじょぶ。ほら、俺が居るから」
「ビトーさんかよ。……サンキュ。心強いや」
「……俺とお前、ここまで突っ走ってきたんだ」
「俺とお前、ここから突っ走るんだな」唇の震えが止まった。俺は手を握り返した。
互いを見据えると『いっちょ、ぶちかましますか!』と歯を剥いて笑い合った。
照明と会場BGMが変わり、ステージに光が満ちる。
『出番です!』と会場スタッフの声が鼓膜を揺さぶる。
Knock'em dead, Blow them away!
互いを見遣り片腕を振り上げると、俺たちは光の中へと足を踏み出した。
了
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