Track 14 7 star’s Rock


 コマチとビトーさんに心配をめちゃくちゃかけながらも学祭ライブを駆け抜けた。一日目は去年と同じくコピーバンドとして特設ステージで対バン参戦し、二日目は学祭実行委員長及川センセ(俺達に説教らしくない説教した人)の計らいによって持ち歌八曲と校歌でワンマンライブをやった。大成功! ……と言いたい所だがまあまあだったんじゃないかな。正直、コピーバンドとして参戦した一日目の方がオリジナルの二日目よりも盛り上がった。元バンドマンたるビトーさんの力を借りたとは言え、去年生まれたひよっこが全力よちよち歩きで生み出した曲だ。タフで最速のチーターが全力で生み出した曲と比べれば遥かに劣る。それでも盛り上がってくれたのは上野高校が俺たちのホームだから。……そーゆー世知辛い事や悔しさを肌で学び、ライブを楽しみ、学祭が跳ねた後は少し寂しい心地になったがそれでも俺の胸は熱く高鳴っていた。……どんなステージを踏んでもこの想いは変わらない。俺はロックが好きだ。大好きだ。


『折角だからみんなで集合写真撮ろう! プリ撮ろうよ!』コマチの提案でギグバッグを背負い、店での打ち上げを前にゲーセンに立ち寄る。俺とビトーさんは折角だからと取り出したサブローとホクシンを構え、コマチはドラムスティックを構え、白目を向いたタロはクロスした両手でメロイックサインを繰り出し『マブダチなのねー』とデスボイスで撮影した。


 軽いフラッシュに目眩を覚えた俺はビトーさんと共に自販機で缶コーヒーを飲む。傍のダンス音楽ゲームの筐体では『行くぜ体育係!』『えーおー! ラジオ体操第二ぃ!』とタロとコマチがはしゃいでる。


「ビトーなのにコーヒーは無糖」


「武藤七星ですから」ニヤリ笑んだビトーさんは缶を構える。筐体が放つ光を受けて七つ星のデザインがキラリ輝いた。


「……昔のバンドの名前、コーヒーか自販機関係だったんでしょ?」


「そーだよ。缶コーヒーにワンカップ、サイダー、おでん、何でも揃ったベンディングマシーンでした」


「やっぱり」きっとメンバーもビトーさんみたいに最高な人達だったんだろうな。


 缶コーヒーを呷るとダンスミュージックに乗り、プロ顔負けのステップをズダズダズダダン踏むコマチとタロを眺める。『凄くね?』『ヤバくね?』『ガチじゃん』『男子係と女子係じゃん』『おおっまじだ。体育係がいる!』とギャラリーに囲まれシャイなコマチの頬は桃色に染まる。コマチがあんな風にはしゃぐなんて意外だった。タロとコマチが言う『体育係』は学校の体育係じゃなくてこのゲームのコンビ名だと初めて知った。一年の春にここでタロはコマチのゲーセン通いを知ったんだと。『俺に教えて! 体育係のよしみ!』とタロはコマチに弟子入りした。……それで仲良くなって番号とアドレスを交換したらしい。そりゃ本来の体育係の代理を担っても俺は分からんよ。


「三月で卒業だね。お嬢は海外……ジロはどうすんの? 何かしたい事ある?」


 痛い質問に苦笑を浮かべる。どう答えればいいのか分からん。取り敢えず思っている事をそのまま述べる。


「……皆んなでロックやれたらって……。でも分かってます。コマチはコマチ、ビトーさんはビトーさんの道があるように、俺しか走れない道があるって。だからここは楽しい通過点。本当のスタートラインじゃないって分かってます。一一月過ぎてもまだそれだけしか見えてません」


 ビトーさんは俺の背を軽く叩く。


「結構見えてると思うけど? ジロは俺たちのバンド好きだろ? ロック好きだろ?」


「大好きっす」


「俺とお嬢はいない。ステージに立つ上で最悪に不利なトラウマを抱えてる。それでもバンドもロックも好きか?」


 言葉に出来ない程に好きだ。瞬時に俺は深く頷いた。


「ジロが走る道、それなんじゃない?」


 まじか。……俺、ロックやってもいいのか。


「俺ロック愛してます。考えるだけで胸が高鳴って居ても立っても居られない。寝ても覚めても落ち込んでもトラウマに捕らわれても頭ん中はずっとそれで……一生やりたい。骨埋めたい。でもそれと同じくらいでっかい気持ちでコマチと結婚したい。結婚ってなると金貯めなきゃで。そうなると向こうのご両親安心させる為にもアルバイトよりも就職した方がって……ロック以外に好きな事を仕事にしたくてもそれが見つからなくて八方塞がりで畜生どう言えばいいんだ何すりゃいいんだ畜生畜生畜生!」


 頭を掻き毟る俺にビトーさんは微笑する。


「音楽で食うってのは並大抵な事じゃないよな。成功者はそれを夢見る奴らの小数点以下の世界だし『成功した』『好きだから』って続けられる訳でもない。……一人じゃ出来ないからな。同じ志と同じ熱量を持った仲間が必要になる。それは希有な事だよ……本当に。真の仲間に会えただけでもラッキーな世界だ。更にバンドマンは金が貯まりにくいし、バイト生計が殆どで不安定だ。音楽……芸術関係の仕事に就いても有事の際に国に切られるのはまずは芸術やエンターテインメント、ファッションだからな。……アルバイトなんてそれよりも切り捨てられる率が高い。親としては心配だろう。舞美さん反対するかもしれない。……でもさ、どっちがよりリアルに想像できる? どっちが楽しいと思う? 満足に食えずに汗水垂らしてバイトしてステージに上がってロックぶちかましてるジロ、満員電車でオヤジに脂つけられて毎日サービス残業でロックすら考えられない骨格標本ジロ」


 唇を引き結び、瞼を閉じる。いや、考えるまでもない。


「ロック。ロックがリアル」


「だろ?」


「でもビトーさんが言う通り、有事の際ってやつで簡単に切られると思うと……」


「リーマンにしろバンドマンにしろ美容師にしろどの道にも何某かのリスクはついて回るよ。確かに有事の際は切られやすい。災厄の渦中では誰も夜空を見上げない。金も心も余裕がないからね。でも夜空に輝く星は決して消えない。いつの時代だって本当は必要とされているんだ。稲光が走ろうともスモッグで夜空が曇ろうとも瞳を焦げ付かせる程に熱い一等星になればいい。夜空を気付かせ地上の奴らに光を与えればいい。……ジャンルは違うけど俺はいつもそう思ってお客さんの髪切ってるよ。俺には俺の光がある。……じゃないと『七星』なんて立派な名前が泣いちゃうからな」


「ビトーさん……」


「ジロはジロの道を突っ走れ! 熱くなれ! 俺が保証する。夜空で一番蒼く燃え上がる一等星になる! おっさんの小っ恥ずかしい説教はこれにて終了!」


 ビトーさんに背中を思い切り叩かれると、タロとコマチが佇んでいる事に気付いた。俺とビトーさんは『げ』と呟く。


「ど、何処から聞いてた?」脂汗を浮かべたビトーさんは問う。


「『俺とお嬢はいない。ステージに立つ上で最悪に不利なトラウマを抱えてる。それでもバンドもロックも好きか?』から」タロは粘ついた笑みをにちゃにちゃ浮かべる。


「始めからじゃん!」赤面したビトーさんは手で顔を覆いその場に屈んだ。


 うわわ……まさか俺のもコマチに聞かれてる?


「じゃ……じゃあ俺がしたい事も聞かれてた訳だ?」


 もにょもにょ涙を浮かべて頬を染めたコマチはこっくり頷く。


「……私もジロ君が大好き。パパが反対しても私………………。お、お、お婿さんは! ジロ君じゃなきゃヤだから!」


 ぎゃあああああっ可愛いっ! コマチ可愛すぎっ! 結婚するっ! 俺、今すぐコマチと結婚する!





 学祭が終わって三年生は大学受験ムード一色になる。


 お気楽トンボなのは大学や企業に青田買いされているスポーツ特待生達と全国模試一位の秀才タロ様、そして腹は決まったけどお袋にどう言えばいいのか決心がつかない俺だけだった。


 いや、だってやっぱり怖いもん。親としてはどちゃくちゃ心配な道を息子が選び取ろうとしてるんだから。ガンつけ女の一件みたいにブチ切れてゴリラパワーで暴れるか、泣いて縋られて止められるかだよな。……前者だったら安心してボコられて独り立ち出来るけど、後者だったら足に縋るお袋を「金色夜叉」の貫一よろしく蹴り飛ばさなきゃならん。……ここまで育ててくれたお袋にそれは出来ないな……。感謝してる。愛してる。でもどっちに転ぶかわからないから怖い。それでもタイミング伺って必ず話すけど。


 無論、タロも俺と同じ志を抱いていた。『ギターはジロちゃんじゃなきゃヤあよ』と肩を組んでくれた。……それはプロになった今でも変わらない。俺の隣はタロじゃなきゃ嫌だ。タロがいない人生なんて考えられない。


 コマチにお願いされたタロは専属家庭教師となり、勉強(英語小論文や企業主催の英語検定)を手伝う為にコマチの家へ通った。英語勉強がてらに一秒でも長くコマチを眺めようと俺も金魚の糞になってついて行ったが、コマチの親父さんに毎度すげぇ睨まれるので挫折した。交際も結婚の約束もバレてない筈なのに……! なんでスケベジョーク連発するタロじゃなくて俺だけを睨むの。……オトウサン、コワイデス。オジョウサントハ、マダ、キスシカ、シテマセンヨ……?


 コマチの親父さんに阻まれた俺はおっさんどもをあしらいつつ、一人でホールを捌いていた。……はいはい。どうせ骨なしチキンですよ。一家を養う大黒柱様には親の脛齧りは勝てませんからね。


 その日も無事に営業を終えた。キリッと冷えた夜気に頬を撫でられ暖簾を仕舞う。すると俺の背にお袋は声をかける。


「すっかり板についたわね」


「お蔭様で」


 ジーンズのポケットにねじ込んだ携帯電話のフリップを開く。待ち受け画面にメールのアイコンは出ていない。しかしフリップを閉じようとした刹那、メール受信中の画面に切り替わる。メールが届いた。タロからだろう。文面を読むと『小論文仕上げてから帰る。外階段から入るから店閉めてちょんまげ』とな。『お疲れ。コマチにも宜しく。後で電話するって伝えといて』と返信し引き戸の鍵を閉める。


「タロ、今日も遅くなるって」


「そう。こんな時間まで二人とも大変ね。でもタロちゃん信頼されて鼻が高いわ」明日の仕込みをするお袋は、自分の息子の事のように笑った。


「お袋ってタロがいない所でタロをよく褒めるよね」


「あら。昔はタロちゃんの前でよく褒めたわよ?」


 やっぱり故意にやってる。漂白剤手洗い事件以降、タロに意地悪してるんだろうなお袋は。


「まだ怒ってる訳ね。……あらまし聞いてるよ。タロ、寂しがってる」布巾を持った俺は各テーブルを拭き、椅子をテーブルへ上げる。


「そう。そろそろ機嫌直してあげてもいいかもね。でも隠し事はダメよ。……ジロ、困ったら相談しなさいね? 話したい事があったらいつでも話しなさいね?」


「ん」


「ん、じゃないでしょ?」


 語調がシリアスに変わる。驚いた俺は布巾を持つ手を止め、テーブルから顔を上げた。


「話したい事があるんじゃないの?」厨房からお袋は俺を見据える。


 ……あの日に腹を決めたが話すタイミングを掴めなかった。


 話すならお膳立てしてくれた今だ。こっくり頷いた俺は『カウンターに座りなさい』と命じたお袋に従い、高校を出てからの自分の道とロックへの想いを話した。


「やっぱり。男の子はずっと男の子ね」


 溜息とも笑いともつかない息を吐き、お袋は俺を見つめる。


「それで……家を出て音楽やるの? それとも店手伝って音楽やるの?」


「……出る。出て俺のロックやる」


「そう。学校出たら人生なんてあっという間よ? 悔いがないよう思いっきり突っ走りなさい」


 拍子抜けだった。揉めるだろうと覚悟してたのに。


「……反対しないの? 呆気なくて逆に怖いんだけど。縄張り争いする猫の威嚇みたいにおいおい泣くか我を忘れたゴリラみたいに怒り狂うかと思ってたのに」


 お袋は店中に響かんばかりに豪快に笑う。


「馬鹿ねぇ。私が反対した事ある? 洟垂れ泣き虫おねしょジロちゃんが『おれオリンピックのかけっこで一とうしょーとる!』って言った時も応援したわ。幼稚園最後の運動会、ゴール前で転んで悔しくて大泣きしたのを吉嗣さんと一緒に『諦めんな。走れ』って旗振ったんだから。ほんと、あの泣き虫チビちゃんがね……。事故まではオリンピックに最も近いレーンを突っ走っていたじゃない。それって並大抵の事じゃないのよ? ジロの覚悟も心意気も半端なもんじゃない。あなたの母親としてちゃんと知ってるんだから」


「お袋……」


「ジロのそーゆー所ちゃんと分かってるの、吉嗣さんとタロちゃんだけね。……タロちゃんならジロを任せられる。ジロはタロちゃんとならどんな事も乗り越えられる。……あの子はどんな時もジロに寄り添ってくれる。タロちゃんもジロと共に走って行くんでしょ? 学祭のライブを生で観て感じたわ……タロちゃんとジロは相棒ってヤツよ? ジロは若くして相棒に出会えた事を感謝しないとね?」


 俺はこっくり頷いた。


「人生、やりたい事をやった人が勝ちだから。……死ぬ間際に『あー。楽しかった』って思えれば人生の勝者よ。だから誰のものでもない自分の道を突っ走りなさい!」

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