Track 12 In my heart


「ってな訳で再結成しませんか? 及川センセがビトーさんにも伝えてくれって」


 土砂降りの所為でガラガラの店内で、駆けつけ一本平らげたビトーさんに今朝のあらましを話した。


「え? そのぽいよん巨乳ちゃんってあの子? インタビューしてくれたばるんばるんのガスタンクちゃんだよね?」


 ガスタンク……言い得て妙で俺もタロも盛大にゲラった。


「わー。3Bって敬遠されるのに俺にも運が向いて来たなぁ。ガスタンクちゃんが俺に興味持ってくれるとは……ぽいよーんっ」


「3Bって?」俺は誰ともなく問うた。


「あらー、知らないのねぇジロちゃん。美容師、バーテンダー、バンドマンの頭文字よ? 『付き合うと痛い目に遭う』って女性から敬遠されるのよー」


「え? なんで? ビトーさんこんなに優しくて頼もしいのに?」


 野郎に褒められても嬉しいらしい。ビトーさんはニヤつく。


「純情だなぁジロは。3Bは女性との交流が多いから息するように浮気するって言われてんだ。これは痛恨の一撃。俺も美容師仲間を色々見て来たけど確かにそーゆー人居たよ。でも全員がそうじゃないからね。更に店を持つと激務……特に美容師はね。そして薄給……。これはトドメの一撃。バンドマンも音楽続けると金がすげぇ要るし……万年金欠と他の女に寝盗られるリスクが高いのは回避したい物件だよね」


「じゃあ酒好きのビトーさんはバーテンダーやったら完璧じゃん。四暗刻で大三元で天和じゃん」


「そう! 文句なし三倍役満! 昼夜逆転生活なら耐えられたけど、俺が愛してやまないのはビールだけ! あとここの紹興酒! それに客の為に酒作るなんて無理! 作った傍から呑んじゃう!」


「世良は知らないだろうな……ビトーさんが美容師だなんて。しかも元バンドマン」


「……ぽいよーん」ビトーさんは項垂れた。


「んー、しっかり者の巨乳って男甘やかす人多いのよねー。『私が養ってあげる。私が叱ってあげる』って気概の女性多い気がすんだけど、どう?」


 タロの夢のある一言で俺たち野郎三匹は頭をめぐらす。う、確かに。元ヤンのお袋も華奢で小柄な割には胸があるしタロを甘やかせたがってるし、生意気美少女世良は男子に厳しいっちゃ厳しいけどいい仕事すると『良い子良い子。次も良い子でね?』って頭を撫でるんだよな。


「ビトーさん、付き合えないまでも年下巨乳に頭撫でられたくない? またバンドやらない? だったらアドレス教えるよ? 会心の一撃してみない?」


「……ちょっとだけ頑張ってみようかな。ぽいよーん」


 野郎の話を畳むと聞こえない振りをしている厨房のお袋に『放送部がライブの映像、円盤に焼いてくれたんだけど見る? こんな天気じゃ今日はビトーさんの貸切だろうし』と誘った。お袋は満面の笑みを浮かべ『そっちへ行くわ』と手を洗った。


 カウンターのプレーヤーに円盤を入れ、隣のテレビを眺める。お袋は終始ニコニコ、ビトーさんは真剣に眺めていた。


 観客のインタビューが終わり、映像が途切れると瞳を輝かせていたお袋は惜しみのない拍手を贈ってくれた。


「凄いわ! 見に行けば良かった! みんなカッコ良かったし楽しそうだったし聴いてる私まで楽しくなっちゃった。本当、凄い! 見に行けばよかった!」


 褒められてくすぐったくなった俺は視線を逸らす。タロは得意げに鼻息を吐き、ビトーさんはニコニコ笑ってる。


「校歌すごくカッコよかったわね。あれだったら誰もが楽しく歌いたくなっちゃう。はじめの曲はあの彼の曲よね? 私も大ファンだった! 演奏も素敵だったけどタロちゃんのダンスもジャンプもダイナミックで素敵だったわ! 凄いわね! あんなに歌って踊って息切らせないなんて……! プロみたい! とってもカッコよかった!」


「舞美さん……! 俺、舞美さんの為に歌って踊ったのよーっ! タロちゃんは舞美さんだけの歌って踊れる小鳥さんなのよーっ!」


 タロは今が最大のチャンスとばかりにお袋へ抱きつこうとする。タロを持ち上げるだけ持ち上げたお袋は非情にもどすんと落とし、ビトーさんに頭を下げる。


「武藤さん、本当にありがとう御座いました。いつも食べに来てくれるばかりかこんなにお世話になって。タロちゃんとジロ、コマチちゃんのいいお兄さんで居てくれて……店主としても保護者としても感謝でいっぱいです。本当にありがとう!」


「頭上げて下さいよ舞美さん。大人が高校生に遊んで貰っただけなんですから。寧ろ俺がお礼言わなきゃで。……それにまた遊んで貰う約束取り付けちゃいました。勉強が大切な高校生に遊びばかり教えて不良な大人ですが……もしご迷惑でなければこれからもよろしくお願いします」ビトーさんは軽く頭を下げた。


 握手を交わすお袋とビトーさんを眺めてタロは寂しそうに唇を尖らす。


「っちぇー。大チャンスだったのに」


 いつもよりも店を早く閉め、放送部と森山達のお礼にパイナップルケーキを焼くお袋を厨房に残しタロを先頭に俺は二階へ上がった(いいなぁ。お袋のパイナップルケーキ、すげぇ美味いんだよ)。階段を登りつつタロは前掛けを取る。するとジーンズのループから拳大の何かが下げられているのに気付いた。


「タロ」


「んあ?」


「腰の、それ何? シルバーの塊」


「ぬふーん。俺の宝物。舞美さんのは・あ・と」


「きんもっ」


 階段を登り切るとタロはループからシルバーの塊を外し、俺に見せた。心臓を模した携帯灰皿だった。


「灰皿……? なんで?」


 俺の問いに『吸ってるのバレちゃった』とタロは舌をちょろっと出した。


「ばっ……馬鹿! 見つかったら退学モンだぞ! ってかボーカルが吸うな!」


「その様子だとジロちゃんは気付いてなかったのねー。でも舞美さんには疾うにバレてて、この間現場抑えられて大目玉」


「そりゃそうだよ……。ここ食い物屋だもの。何で灰皿なんて貰ったんだよ?」


「そう。ジロちゃんが言う通り、ここはみんなが大好きな美味しい中華屋さん。ヤニ臭い手で舞美さんの料理を運ぶ訳にはいかねぇのは承知だ。だから現場の灰皿でこっそり吸った後、ヤニ消す為に漂白剤で手を入念に洗ってたのよ」


「馬鹿! 手が溶けるだろ!」


「昨日、ジロちゃんが出掛けた後、洗面所でヤニ落としてる所を抑えられちまった。『やっぱり!』って言われて思いっきり頬引っ叩かれた。白状したよ。舞美さん、喫煙に対しては一切怒らなかった。でも手を溶かす事……体を傷つける事だけは怒った。『タバコ吸ったっていい。ピアス開けたっていい。タトゥー入れてもいい。でも手首切ったり体を溶かしたり自分を傷つける事は絶対にしないで。すごく悲しい』って。……すげぇ泣かれたよ」


「お袋らしいな……」


 タロは洟を啜る。


「ガサガサの手にウサギさんのハンドクリーム持たせた後、ぷいって舞美さんどっかへ行っちゃったのよ。流石にこれは俺も相当ヘコんだ。ガキみたいに泣いちまった。は。泣くなんていつ以来だろうな。……でも追いかけ、探す資格なんて俺にはないんだよ。息子でも旦那でもねぇからな。日が暮れて、そろそろおっさん共来るかな、舞美さんいない訳どうやって説明するかって考えてると帰って来た。俺を睨みつつ箱を押し付けるのよ。包装紙解いたらこの灰皿が入っててさ『もう手を溶かすな』って」


 タロは目頭を押さえる。


「……もう二度と吸わねぇよ。ってか吸えねぇよ。心臓の形ハートだぜ? 舞美さんの心意気じゃねぇか。きらっきらのダイヤモンドに灰なんて落とせる訳ねぇよ」


 手の中のハートにタロは優しくキスを落とした。灰皿の中でかさり、と音がした。


「吸殻じゃなかったら……何入ってんの?」


 俺の問いにタロは悪戯っぽく笑むと、蓋を開け中身を取り出した。小さなメモでひしめいていた。


「舞美さんが弁当に付けてくれた一言メモ」


「中学の時の……取ってたのか」


「俺はあの時から舞美さんをマジで愛してるの。マジで旦那になりたいの。俺の世界の頂点は舞美さんなの。……こんなに泣かしちまったら嫌われてるだろうけどな」


「そっか」


「反対しねぇの?」


「反対できるかよ。ま、応援もしないけど」


「あ、そう」


 タロは小鳥の雛を愛おしむようハートを見つめるとループにかけた。


「……頭いい癖になんでタバコなんて吸おうと思ったの? 中毒性があってニコチンの奴隷になるって目に見えてんじゃん」


 タロは長い溜息を吐く。


「百も承知だわ。……逃亡生活で体が覚えちまったんだよ。男同士の付き合いや情報交換で吸わざるを得なかったし、未成年だと気取られたくなかったからな。咥える内に断てなくなって不良の仲間入りだわ。舞美さん泣かせたからもう吸わん。イライラしてもメモ見れば乗り切れるし、いざとなったら舞美さんのおっぱい吸うし」


「きんもっ。嫌われろ」


「残念でしたー。もう嫌われてますぅ」開き直ったタロは歯を剥いた。


 すると階下からお袋の声が響く。


「ジロー、そこにいるのー? 焼き上がったから、味見してー!」


 やった! お袋のパイナップルケーキなんて久しぶり!


 心躍らせ階段を下ると『タロちゃんもここにいますよー!』と背中越しにタロの猫撫で声が聞こえた。


「タロちゃんはお預けーっ!」


 あ。お袋、相当怒ってるな。少し哀れだな、と同情した瞬間『あおーんっ!』と忠犬タロ公の遠吠えが響いた。

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