Track 11 Hey, Teacher!


 文化祭のドキドキ抜け駆け大作戦から初めて登校する。昨晩あんなにいい想い(まだAしか進んでないけど)したのに今日は最悪。間違いなく今日は大目玉。噴水の中突っ走ったし部外者ステージに立たせたし学外へ逃走したし。……でも怒られるのは三人一緒だからな。赤信号みんなで渡れば怖くない! 先生にみんなでドヤさりゃ怖くない!


 タロと共に登校し、机にバッグを置くとコマチが教室に現れた。『おはよ』と挨拶すると『おはよ!』と笑い返してくれる。昨日の夜はあんなに甘えてくれたのに今は他所行きの顔をしている。コマチの最っ高に可愛いあまあまでトロトロでうふふな顔知ってるの俺だけ。銀河一可愛いコマチは俺にしかあんな顔しないの。そ・れ・はーっ! 俺がーっ! コマチの彼氏だからっ! すんげぇ優越感っ!


 鼻の下を伸ばしているとタロにデコを指で弾かれた。


「お馬鹿め。放送聞いてなかったろ? 俺達呼び出し食らったぞ。職員室じゃなくて視聴覚室だとよ……人の出入りがない所たぁ本腰据えて説教しやがるつもりだ」


 あー……天に昇っていた所を地獄へ引き摺り落とされた。コマチを見遣ると眉を下げて狼狽えていた。


 リーダー(仮)のタロを先導に視聴覚室へ向かう道すがら、コマチが小刻みに震えているのに気付いた。悪戯して咎められた事がない『いい子』のコマチは怖いのだろう。……実際俺も特待生の勲章剥奪は怖い、しかし法に触れた訳じゃないし誰かを泣かせた訳でもない。皆んなが楽しめる派手な悪戯をしただけだ。そこまで咎められる事ではないので毅然と構えた。


「大丈夫だよ。悪い事してないんだから」俺はコマチの手を握った。


「んまー頼もしいわぁ。ジロちゃん男ぶりを上げたわねぇ」振り返りもせずタロは笑う。


「お蔭様で」


「冗談はさておき、俺はビトーちゃん守るのに徹するからジロはコマっちゃんと自分の勲章守るのに徹しろよ?」


「ああ」


 視聴覚室へ入室する。ビア樽腹の学年主任と体育教官が俺らを待ち構えていた。……体育教官ね……プレッシャー与える作戦か。大人って汚ぇよな。


 一箇所しかないドアを閉めると空かさず体育教官がドアの前に立った。


 コマチの歯の根が合わない。俺は手を強く握った。こんな時頼れるアニキ、ビトーさんみたいに『だーいじょぶ、だいじょぶ』ってちゃちゃっとやっつけられればな……。力がなくてごめん。


「最前列に座れ」スクリーン前の回転椅子に戦国武将宜しくどっかりと腰掛けた学年主任の及川センセは顎を擦る。


 大人しく従い、スクリーンの前の座席に三人並んで座った。


「お前らを呼んだのは他でもない。学祭の件だ」


「勿体ぶらないで早く叱りなさいよー。授業が始まっちゃうでしょー。秀才タロちゃんとお馬鹿のジロちゃんともじもじプリンセスコマっちゃんはお勉強で忙しいのよー」こんな時でもタロは相手にペースを決して渡さない。


 及川センセは深く溜息を吐く。


「あのなぁ。自覚あんのか、お前ら」


『お前ら』って……俺とコマチ巻き込まれてる! 今のは関係ないでしょ及川センセ!


 コマチと顔を見合わせていると及川センセは咳払いする。


「何が不味かったか分かるか?」


 タロは空かさず述べる。


「噴水を爆走したこと。以上」


 鼻を鳴らした及川センセは両腕を組む。


「自覚はあるようだな。……だが二つ足りない。分かるか? 全国統一模試一位様よ」


 タロはターコイズブルーの瞳の端で俺を見遣る。これは言いたくなかった。ビトーさんに類が及ぶかもしれない。一番の争点になる。唇を引き結ぶとタロは意を決した。


「……一つ、部外者を本校生徒と共に舞台へ上がらせたこと。一つ、教員の制止を振り切り逃走したこと、また部外者の逃走幇助」


「そうだ。お前らの出番が終わるまで俺達教員は待っていた。今はこのザマだが俺とて元スポーツ選手だ。それに音楽も齧っていた。始まった競技や演奏を中止させる程野暮じゃない。お前達が大人しく雁首揃えて事情話すならこんな野暮なお叱言はなしだった。事情を聞こうとしたら逃走劇だものなぁ」


「すんませんでした」


「ごめんなさい」


 俺とコマチは素直に謝ったがタロは『それじゃロックじゃないのねー』と余計な事を言った。馬鹿! 話拗れるだろ!


 及川センセは豪快にビア腹を揺らして笑う。


「そうだな。ロックじゃねぇな。……上野は自由な校風だ。俺は一教師としてこの校風が好きだ。大好きだ。下らん規則で雁字搦めのそこら辺の監獄学校じゃない。教師と生徒が信頼し合い、のびのび学び、能力を伸ばし、思想を培う。お前らはそんな校風が育んだ自慢の生徒だ。全国一位の看板を守り、結果を出し続ける一方で多くの者を楽しませる東條、選手生命を絶たれても不屈の闘志で自分の道を走り続ける小林、目立たぬ所で仕事をこなし多くの者を支え分け隔てなく優しい立花……そんな自慢の生徒達が選んだ、頼れる優しい大人なのだろう、ベースの彼は」


「分かる? すっごく頼もしくて優しい大人よ? 俺達大好きなの」タロは満面の笑みを浮かべる。


「演奏中、ニコニコ笑って常にお前らを気にしてたもんなぁ」


「あらー。及川ちゃん見てたのねー」


「アレだけ騒ぎになればな。俺の好きなロックナンバーやったし。東條もダンス上手かったし、校歌ロックも楽しかったしな。……ま、俺が言いたいのは『俺達教員はお前ら生徒を信用してるから何事も反対しない。準備・整備不足で事故起こす前に相談しろ。俺ら教員が万全に整えてやる。こんなご時世だから保安上タイトになるがお前らが心から信用する奴なら校内パスくらいポンと渡してやる』って事だ」


「んまー気前がいいわねぇー。……つまり、ベースのあんちゃんを咎める気はないって事でOK?」


「アイラブユーOK」


 タロと及川センセは暫く互いを見据えると大爆笑する。……わ、分からん。何が面白いのか分からんが取り敢えずビトーさんを守れたし、特待生の勲章剥奪って事もなさそうだ。隣のコマチを見遣ると小さな溜息を吐いていた。


「ま、これに懲りて意見も相談もちゃんとするように。大量のビラも俺を通せ。生徒会が渋ろうと掲載認可の判子なんて俺がバンバン押してやる。どんどん考えてバンバンやっちまえ。若いエネルギーをぶつけろ。俺ら教員はお前達生徒の味方だ。反省文もなしだ」


 よしゃ! 俺は思わずガッツポーズをとった。


「ほんじゃまー、HRも終わってそろそろ数Ⅱのお時間だからタロちゃん達戻るわよー」


 席を立った俺らを及川センセが引き止める。


「待て。ここからが本題だ」


 タロは眉を下げる。


「何よー。お叱言はもうお腹いっぱいよ?」


「まあ、座れ。決して嫌な話じゃない」


「んもー。しょーがないわねー。及川ちゃんだから付き合ってあげるのよー?」


 三人同時に座ると及川センセは『綿貫先生、お願いします』と体育教官に声を掛ける。教官もとい綿貫センセはドアを開く。振り向くと三人の生徒が入室する。……放送部だ。ラップトップを小脇に抱えた世良が巨乳をばるんばるん揺らし、教壇へと歩む。世良の後を従う男子達は機材を抱えている。


 何かを映すのだろう。ラップトップをいじる世羅を他所に持ち込んだ機材や備え付けのプロジェクターをセッティングした男子達は黒カーテンを閉める。部屋が広くて大変だろう、と立ち上がったコマチも手伝った。無論俺も金魚の糞になって手伝った。


 照明を落とすと上映会が始まった。


 スクリーンに世良が映り聞き覚えのあるセリフが流れる。


『メン募フライヤー・スクールジャック事件……我が上野高校を震撼させたあの大スキャンダルより数ヶ月が経ちました。渦中の人物の東條太朗ことタロ、小林紋次郎ことジロが本日、一時半より中庭特設ステージでロックバンド小林中国餐厅チャイニーズレストランとしてデビューを飾ります』


 世良にマイクを向けられてサングラスの奥で目を泳がす俺が大写しになる。タロは手を叩いて盛大にゲラった。うるせぇほっとけ。


 メンバーのインタビューが流れた後、映像が切り替わり特設ステージが映る。スタンドの客席はまばらだ。司会者が慌て、照明と音楽が変わり俺たちが噴水の中を突っ走って登場する。すっげぇ。カメラってこんなにカッコよく撮ってくれるんだな。ちょっとした音楽番組じゃん。


 一曲目をぶちかましているとまばらだった客席へ徐々に人が集まる。MCが入り二曲目に突入する頃には観客が犇いていた。世良のコメントと共にカメラは校舎のベランダや模擬店の中を映す。店番の生徒達がタロの振りや跳躍に合わせて手を振っていた。


 ……え。確かに人が沢山集まって嬉しいなって思ってたけどこんな事になってたの?


 出番が終わり、逃走劇で映像が終わるかと思いきや、まだ続く。世良は観客や模擬店の店番、OB、OGにインタビューし、ロックバンド小林中国餐厅チャイニーズレストランの感想を聞いている。『楽しかった!』『また聴きたい。次のライブはいつ?』『何処行っちゃったの? お話ししたかった。握手したかった!』『懐かしのナンバーをあんなに気持ちよく大切に楽しくやってくれて嬉しかった』『ベースの人、留年生ってマジ? だから校歌ロックあんなにカッコ良かったんだ? 何留すればカッコよくアレンジできるの?』『ドラムの子楽しそうに叩くね! 可愛くてタイプ!』『今度は持ち歌聴きたいね! 絶対聴かせてね!』『高校二年生? だったら来年も! 来年も来るからやってー!』『小林先輩、東條先輩、超かっこいーっ!』『留年生卒業しないでー! また来年みんなでやってーっ!』『ワンマンじゃなきゃヤだーっ!』と、劣化版とみなされるコピーバンドに送るには有り得ない程に優しく嬉しい感想ばかりで、うっすら涙を浮かべてしまった。


 映像が終わるが照明は点かない。キーボードを叩きマウスを操作する音が教室に響く。


 ラップトップをいじる世良の隣で及川センセは溜息を吐く。


「この後軽音の奴らの出番だったがお前ら程賑わなくてな。……やりづらかっただろうな。俺たち教員も仕事がし辛い……実はな、休みとは言え昨日の朝から電話がひっきりなしで対応に追われているんだ。学校公式サイトの意見箱には『小林中国餐厅チャイニーズレストランの再演求む!』って要望でぎっしぎしだ。……世良、出してくれ」


「うー、ららー。ぽいよーん!」


 間の抜けた世良の返事と共にスクリーンにサイトの意見箱が表示される。画面がスクロールする。及川センセの言った通り再演を求める要望でいっぱいだ。


 隣のコマチは涙ぐみ、俺はタロと顔を見合わせていると及川センセは世良に『もういいぞ、ウララ組。朝から悪かった。教室に戻れ』と指示を出す。『ぽいよーん!』と同時に照明が点いた。


 世良はラップトップを抱えると巨乳をばるんばるん揺らしてコマチの許へ駆け寄る。……う、絶景かな。


「コマチー、裏切ってごめんね? 私、コマチのドラムと小林中国餐厅チャイニーズレストラン大好きだからね。大ファンだからね? あとでお尻がキュートなビトーさんのアドレス教えて。粉かけるから」


 囁いた世良はコマチをギュッと抱きしめると『ほら、ぼさっとしない! ボーズ君とタンノイ君、さっさとずらかるよっ!』と放送部ウララ組男子を引き連れ教室を出て行った。

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