20話 初めてのお買い物
私はノーリアと、小さな飛行車で外出した。
飛行車の操作については概ね理解できてきていたが、正式に空を飛んだり公道を走ったりするためには免許証が必要になる。いずれにしても、私やアデルは15歳以下でもあり、そもそも正式な国民権もないので、いつか偽造で取得できる日を目指して、今はこっそり練習するくらいしかできない。
私達は一旦、久々にノーリアの家に寄り、置いて合った僅かな荷物を取りに帰った。その中には、アンバル師匠やハイル先生に貰った、貴重な旅の資金も含まれている。
その後数日かけて、私はアデルの住む屋敷の中と周囲に、屋敷の人達に悟られないように少しずつ分けて、資金を隠した。屋敷の人達が信頼できない訳ではないけけれど、人の出入りも多そうだったので、念のために取った方策だ。
今回目指す市場のある場所は、神殿のある区画とはかなり離れた所にある、小さな町だった。
それでも徒歩だけでここに来ようと思ったら、最低でも往復2時間はかかり、さらに買い物の時間を合わせると、半日ががりの大仕事になる。乗り合いバスも、この辺りにはほとんど運行がなかった。
神殿に近い街の店舗は、屋台も含めて華やかで高級な店が並んでいる印象だったが、この辺りは本日営業しているかどうかも不確かな、質素な個人店が多いようだ。治安もあまり良くないので、スリに注意するように言われる。
町を回り始める前に、飛行車を町外れの専用の駐車場に預けた。
ここからは徒歩か、もしくはとても緩いスピードしか出ない三輪車のカートを借りて、町中の買い物をする事になる。
「貴方がわざわざここまで買い物に来る時は、髪染めとか、女の子用の下着とか、特殊な物になると思うのだけど……」
実際には、髪染めを買うよりは、下着のほうがハードルが高い。現在、男の子のふりをしている以上、女物の下着なぞ購入していたら、奇異な目で見られることは確かだからだ。
町中に入ると、駐車場に近い場所にやや大きな近代的な建築物が2棟並んで見えた。
ノーリアによると、1つは簡易的な役場で、国民に関わる様々な手続きをしている機関らしい。例えば、火災や事故などの対応、警備、郵便に関わる事などだ。
もう1つは、国営のスーパーマーケットで、安定した製品を割安で提供しているらしいが、登録が必要なので、国民権のない私には利用できない。神殿側や王都の中央の繁華街には、もっともっと大規模なマーケットがあるという。
店の名前を見てみると、よく通販でお菓子を届けてもらっていた店舗だった。
『くそう、これからはあのお菓子も、手に入れるのが難しくなるのか……』
私はとても悲しくなった。
私達は、それらの建物を無視すると、小さな町の外れを目指した。道は、神殿周囲のように舗装されておらずぼこぼこしている。
向かった先は、屋根付きの市場といえる場所で、農家や酪農家、猟師の人達や、そこから卸した品物等を売っている人達が簡易な店を出していた。
簡単な登録と手数料を払えば、誰でも出店できるという。
ただし、旬や作物の出来次第で、品揃えや価格はまちまちで日によって当たり外れがあるらしい。
そういえば両親も、予定以上に余った作物は、ただ同然の値段で、町の知り合いに売っていたな、と私はは懐かしく思いだしていた。
店によっては、家族で不要になった衣類や家具を、修繕して売り出している店もあった。
私はノーリアと店を周り、新鮮な食材を買い求めていく。食材の質については、
ノーリアにこそっと耳打ちする程度だが、
「おお、姉ちゃん、結構見分けが上手だね!」
と、店員に誉められてばかりのノーリアは、やや苦い顔をして、こそっと私の耳にささやく。
「変に目立つと困るから、中の上ぐらいの品質を中心に選んでくれる?」
「はい……」
返事はしたものの、心の中では残念に思いながら、私は無難な食材を選んでいった。
驚いたのは、培養肉と新鮮な肉の品質と価格の差だ。新鮮な肉は培養肉の10~100培。培養肉は単品もあるが混合肉が多く、何をベースにしているかで値段にも差がある。まだ狩猟の時期ではないので、基本的には、養殖鶏のチキン、豚をベースにした培養肉と加工品が割安だった。魚も、培養か養殖物が大半だ。
「猟師達や農家が持ち込む新鮮な肉は、秋が相場なのよ。もちろん、冷凍保存した肉もあるけど、保存料がかかるから今はどうしても割高ね」
コインで無難に精算し、培養肉や魚、加工肉、野菜や調味料を等を買い込んだ私たちは、次には雑貨店に向かった。
ノーリアがやや多目に、女の子用の下着を買っておいてくれる。私は関心が無いふりをしながら、店の品揃えをこっそり確認していった。
そして、私の初めてのおつかいだ。あらかじめ、打ち合わせていた内容を演技しながら店員に語る。
「あの、白髪染めはありますか? 2年前の震災で、王都に越して来たのだけど、祖母が就職先を探していて、若く見られたいそうなんです」
店の女主人は、ちろりとこちらを見て、
「ふーん、うちにあるのは、数週間で染色が落ちやすいタイプのしか無いけどね。本来は、毛染めは禁止されているからね。」
「とりあえず、それでもいいです」
何とか白髪染めをゲットした私だったが、ノーリアがもっと染めの定着率の高い商品を、後日探してくれるという。エラナに頼んで買いに行くほうが無難そうだ。
とにかく、今日の主要目的である買い物は終わった。
屋敷に帰る途中で、ノーリアはバスや鉄道の駅にも寄り、目的地の見方や切符の買い方を教えてくれた。
小さな子どもが1人旅をするのは基本的には不自然なのだが、震災等もあった影響で、親類を頼って旅をする子どもは、現在ではさほど珍しくはないという。
口頭でだが、宿の泊まりかたと見分けかた、注意点等も教えてもらう。本当にノーリア様々だ。
「来月、私が王都に帰って来るまでは、屋敷の外にはあまり出ずに気をつけるのよ」
「ノーリアさん、ご厚意に甘えてばかりで申し訳ありませんが、簡単でいいので料理の基礎を教えてもらえないでしょうか」
結局、料理問題については、ノーリアに頼みこむ事にした。アデルのいる屋敷では、主に昼はゼーリア、朝と夕はエラナが料理を担当している。インスタントの調味料を使おうが、ゼーリアの味覚音痴や料理下手は相変わらずだった。最初の、吐き気を催す代物に比べれば、ましはましなのだが。おまけに、エラナもさほど料理が上手とはいえず、ワンパターンな食事になりがちだったのだ。
神殿では巫子達の食事は給食ロボットが作っていたので、すごく美味しいとまではいかなくても、外れはなかった。おまけに、月に数回あるパーティーでの味見や残り物を分けてもらったり、エセ王子に時々貰う豪華なおやつに、ハイル先生が連れて行ってくれる食事会。それに加えて、夢の国では様々なご馳走を偽装体験とはいえ味わう事ができるのだ。
これまでは食べるのが専門だったけど、作るほうも頑張らないと、美味しい料理にはありつけないということに、私は気付いてしまった。
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