18話 生け贄から逃れて

「ずっと、僕と一緒にここにいてくれるんだよね」

 上目使いで懇願するようにアデルに言われた私は、困惑してしまった。私には、山の家に帰るという大きな目標があるのだ。


「これ、アデル様。ルディには、ルディの事情や都合があるのです。無理を言ってはなりません。」

 側で聞いていたスエランが、アデルをたしなめた。

「嫌だよ、僕は。せっかくできた友達なんだ。このまま、別れるのなんか嫌だ。

 ルディの事情って何? 何なら、僕がルディに一緒に付いて行くから」


 さすがに、それは困る。私もこの先、自分がどうなるか分からない状況だというのに、誰かの面倒まではみていられない。


 スエランはため息をつき、

「アデル様は同年代の子どもと接する機会がこれまで少なかったもので……

 あなたも、神殿の生け贄から逃れてきたと、聞いております。似たような立場で、お互い秘密を守ると約束していただけるなら、我々の秘密についても少しお話しいたしましょう」


 ルディコニーは特に秘密を知りたいとは思わなかった。変な事情には首を突っ込みたくない。

 しかし、話を聞かなければ、先に進めそうにもなかった。


「アデルライン様は、現国王の妹君、アデリシア様の忘れ形見なのです。」


『現国王ということは、王太子やエセ王子の従兄弟なのか。道理で顔立ちが何となく似ていると思った。雰囲気は全然違うけれど』


「アデリシア様が、外務大臣の元に嫁いで数年後にお産まれになったのがアデルライン様です。

 しかし、丁度その年はうるうの年でもあり、前年に国土の災害も多発していました。

 アデル様は多数のつむじに青い瞳、王家の血筋をお持ちになられることから、産まれて早々に、春分の生け贄に捧げられることが決まってしまいました。

 もともと、虚弱だったアデリシア様は、それが元で……」

 そこで、スエランは泣き始めた。


 その後彼が語ったところによると、アデルが生け贄に捧げられると決まったことがショックで、気力を無くしたアデリシアは、産後の肥立ちが悪く心臓発作を起こして亡くなってしまったらしい。

 春分の日が来るまで、アデルは乳母に預けて育てられた。


 亡きアデリシアの忘れ形見が諦め切れなかった、元付き人だったスエラン達数人は、意を決して祠のある山に救出に向かったという。しかし、地理感に乏しかったスエラン達は、儀式に向かう司祭や護衛達と鉢合わせになってしまい、そこで戦闘になり、死者まで出してしまった。


「祭壇に捧げられた後で、こっそり救出していれば、多少は見逃してもらえたのかもしれません。

 だが当時は、祭壇のありかを突き止めるのがやっとで、儀式の詳細も知りませんでした。

 祠に到着する前に救出しないと、アデル様が殺されてしまうのではと必死だったのです。

 結果、我々は国家の重要な儀式を妨害しただけでなく、殺人という大罪も犯してしまい、現在も国から追われる身なのです。」


 その後アデル達は、外務大臣の母に初孫の境遇を不憫に思われて、縁のある領主の領地に密かにかくまわれていた。しかし、その領地は2年前の震災で打撃を受け、丁度領地の政権が入れ変わる時期にも重なってしまった。

 代わりの庇護を受けるために、スエラン達は王都に、居住を移したのだという。


「今は、ハッサンという、海外とも繋がりのある商人に主に支援していただいております。

 後は、王宮や神殿のあり方に疑問を抱く方達からの支援も受けています。


 我々の支援者になれとは言いませんが、似たような境遇であり、お互いに神殿や王宮から逃れる身として、協力し合うことはできないでしょうか。

 私としては、アデル様がこれまで縁が薄かった同世代との関わりを持ち、現在の教育過程を、貴方と共に学ばせて貰えたらと、期待しているのです。」 


『何だか重たい話しだなー。

 アデルの境遇は何となく分かるし、同情すべき所も多いけれど、私が解決できるようなレベルじゃないし……

 むしろ、私が関わると何だかややこしくなりそうな気配だ』

 ルディコニーはそう思いながらも、自分が逃れられない何かに絡めとられるような気がしていたのだった。


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