17話 アデルライン
夕方になると、ノーリアが、できたての料理だけでなく、冷凍食品などの保存食品を大量に持って来てくれた。そしてこっそり、着替えや女の子用の下着も差し入れてくれる。
日中は外に働きに行っているというエラナさんは、家に帰ってきてから、始めてアデルの受傷の件を聞き、しばらくは動転していたが、ようやく落ちつくと、掃除や洗濯などの家事を始めた。
その後も、普段は一緒には暮らしてはいないものの、アデルが怪我をしたと聞きつけて、様子を見に来た人達が何人かいた。
「アデル様は大丈夫だ。あまり大人数が急に出入りをすると、目を付けられるから…」
見舞いに来た人達は、早々にゼーリア達に追い払われた。
アデルが目を覚ました後は、また水分やノーリアが作った粥等を摂取させていく。しかし、あまり食欲はないようだ。かろうじて、嫌々ながらスープ、ジュースの類をチビチビ飲んでいる。
「輸液ができればいいのにな……」
熱が出てかなり汗もかいている。脚の腫れも、何とか抑えこんでいるような状態だ。
どうしても、脱水傾向にはなりがちだが、私の力では、血管の中の水分が組織の方に逃げ出すのはある程度防げても、身体全体に対して不足している水分や電解質を補充する事はできない。
本人が経口で摂取するか、輸液で補うしかないのだ。
「お! さっき見舞いに来たやつが、差し入れを持って来てくれたぜ。
これを点滴すればいいんじゃないか?」
ゼーリアが差し出したのは、生理食塩水等の輸液が何パックかと、点滴をするための付属品だった。
『こんな物を、一体どこから……』
入っている袋を見ると、災害救助時の備蓄品の一部のようで、一応、有効期限内だ。こっそりくすねてきたのだろうか。
「よし、さっそくこれを点滴しようぜ!」
「あのね、そんなに簡単な話じゃないんだよね。身体の中に薬物を入れる判断は、基本的に医師や特別な資格を持った医療関係者じゃないとできないんだ。
そもそも、血液の検査もできていない状態なんだから。
それに、誰が血管に針を刺すの?」
点滴をするには、薬剤を注入するための針を体表の血管に刺さなければいけない。私は医師でも看護師でもないので、幾度か見学したことはあっても、自分でそんな行為はもちろんしたことがなかった。専用のロボットもここには無い。
残念そうなゼーリアは無視して、とにかく、アデルには頑張って自力で水分と栄養を補充してもらう。
夜になり、寝るために、私はこれから看病するスエランと交代した。解熱鎮痛剤も再度服用させたし、痛み止めもやや強めにかけておく。しばらくはこれで持つだろう。
シャワーを軽く浴びさせてもらった私は、カーテンで、仕切った簡易ベッドで眠りについた。
……何だか、うめき声が聞こえるな……
夜中に目が覚めた私は、明かりのある方に様子を見に行ってみる。
小さな枕灯のついたベッドの上では、アデルが小さなうめき声をあげていた。痛みがぶり返してきたのだろう。
追加で渡しておいた鎮痛剤は手がつけられず、そのままになっている。交代したらしい、ゼーリアはというと、側の座椅子で大いびきをかいていた。
『このおっさんは、本当に!』
蹴飛ばして起こしてやろうかと思ったが、起こしたところで大して役に立たなさそうだ。
私はアデルの脚を触って、まず痛みを和らげてから、水分と解熱鎮痛剤を服用させた。
『またちょっと腫れが強くなってきているな』
脈や血圧は変わりなさそうなものの、患部の炎症はまた強くなってきているようだ。なかなか、気が抜けない。
椅子はゼーリアが占拠しているので、ベッドのへりに座っていると、瞼が重くなってくる。
「痛いのはましになってきたよ。君もここで寝たら?」
アデルが空けてくれた場所に、私はちょっともたれかかる。そしてそのまま、いつしか私は、アデルの足元にうずくまったまま眠ってしまっていた。腫れた脚にはずっと触り続け、心の中では痛みや感染や炎症が改善することを願いながら。
目が覚めると、私は簡易ベッドに戻されているところだった。ゼーリアが運んでくれている。
「ごめんな、俺、昨日は途中で眠ってしまったみたいで」
「アデル様の容態はどうなんですか?」
「ずいぶんましみたいだよ。今、スエランが身体を拭いて着替えさせている」
着替えがすんだ頃に様子を見にいってみると、アデルの顔色はずいぶん良くなっていた。脚の状態を確認すると、腫れや変色も改善してきている。
「夜通し、君が触ってくれていたおかげで、すごく具合が良くなったみたいだ。飲み薬だけで、痛みもかなりましだし」
今朝はエラナさんが作っておいてくれた玉子粥を、アデルと2人で食べる。アデルは少し食欲が出てきたようだ。
その日は、ベッド上で休息しながらも、時には起き上がって画像を見たり、本を読んだりしていっしょに過ごした。
お互いに読んだことのある本や好きな動画の話題になると、アデルはとても嬉しそうだ。
アデルはずっと学校に行っていなくて、教材で勉強するか、スエランを始め様々な大人に学ぶかして過ごしていたらしく、ほとんど同年代の子どもと関わったことがないという。
そのせいかとても人懐っこくて、私は弟ができた気分になった。
本来はアデルのほうが約半年歳上で、身長も高い。でも、全体の骨格は華奢で線も細いので、女の子といっても通用しそうなくらいだ。
アデルは日増しに元気になり、食欲も出てきて、受傷から3日ほどたつと、脚の腫れもほとんど目立たなくなってきた。部屋の中も少しずつ歩いて、リハビリも始めている。
『もう、私が手を出さなくても、このまま自然に回復することだろう。今日、ノーリアさんが様子を見に来たら、一緒に連れて帰ってもらおうかな』
そう考えていると、急にアデルが私の腕を掴んで、真剣な青い瞳で見上げてきた。
「ねえ、ルディはこの先も、ずっと僕と一緒に、ここにいてくれるんだよね」
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