15話 毒蛇治療と少年

 ベッドで眠っている小柄な男の子に、私はそっと近づいていった。

 ゼーリアからの事前情報で、私と同い年の12歳の男の子だと聞いていたが、もし情報がなければ、その眠っている姿からは、女の子だと思ったかもしれないほど、華奢で可憐な印象だった。


「いったい、誰を連れて来たんだ?!」


 ベッドの側の椅子に座っていた、高齢の男性が、鋭い目でこちらを見ながら尋ねる。


 ノーリアが答えた。

「ルディという子なの。アデル様と同じ12歳よ。

 この子も訳ありで、夏至の生け贄にされた所から、脱出してきたのよ。

 神殿の治療院を手伝っていたみたいだから、多少の医療の心得があるかと思って」

「結局、医者は見つからなかったんだな」

「こちらの秘密を隠し通して、正規の医者に治療を依頼するのは、不可能に近いわ」

「やはり、王都に戻って来たのは間違いだったか……」

 高齢の男性がため息をついた。


「こんにちは。僕はルディコニーといいます。

 来る前にも話していたのですが、僕は公式な医療資格は何も持っていません。

 神殿の治療院で、医師や看護師のお手伝いをしていたにすぎないので、大したことはできないと思うのですが……」

「それでも、全くの素人よりはましだろう? とにかく、分かる範囲でいいから診てくれ」と、ゼーリアが私をベッドの方に押しやった。


 側に近づくと、少年は目を開けた。意識はあるようだ。

 少年は澄んだ青い瞳をしていた。エセ王子よりもっと明るい色合いだ。そういえば、エセ王子に何となく面影が似ているところがあるな。


「君は誰?」

 少年は小さなかすれた弱々しい声で、尋ねる。

 少なくとも、声が出るという事は、窒息や極度の呼吸困難は、今の所無いという事だろう。


「僕はルディコニーと言います。多少、細胞への干渉ができるので、看病のお手伝いに来ました。」

 私は話しながら、少年の全身状態を探っていく。


 明らかな呼吸困難や喘鳴(ゼイゼイした呼吸)はなさそうだが、呼吸数は正常より多いので、少しだけ酸素を頭の周囲に集めておく。

 手首には、家庭用の、全身の循環をモニタリングする簡易装置がついていた。体温や体内への酸素の取り込みは正常だが、脈は早めで、脈圧(血圧)は低めだった。アレルギー症状も起こしたといっていたので、多少はショック状態があるのかも知れない。

 装置のついていない方の指先を触ってみると、やや冷たい。数秒爪先を押さえた後の血色の戻りも遅めだ。


「水分は取っていますか? 本当は、救護所にでも連れて行って、輸液で水分を補ったほうがいいのですけど……」

 とりあえず、白湯だけでなく、スープや砂糖を入れたホットミルク等を準備してもらっているうちに、肝心の蛇に噛まれた場所を見せてもらう。


 右の下腿は反対側の足の1.5倍くらいに腫れていて、噛まれた周囲の皮膚も、ドス黒い赤に変色している。噛まれて数時間でこんな状態なら、今後さらに腫れてきそうだ。傷からは、じわじわ出血もしていたが、量は少なかったので、あえて無理に止血はせずにガーゼで押さえておく。


「痛いですよね? とりあえず、痛みがましになるようにしておきます」


 腫張している部分を中心に、皮膚表面の痛覚神経の感度を鈍らせていく。本当は、もう少し深部の神経に強く効かせたいのだか、医師もいない中では、軽めに処置をした方が安全だろう。

 それでも、効果はあったようで、少年の表情が緩んできた。


「吐き気が無ければ、少しずつでも水分を取るようにして下さい」

 今は腫張した組織に身体の水分を取られるので、脱水が最も心配だ。噛み傷からの感染も心配だが、それは傷口を中心に、細菌類の勢いを抑えるように干渉力で処置しておく。


 今後警戒が必要なのは、毒の影響で患部の組織が壊死したり、細菌感染が全身に回ったりする事だ。それに対しては、細胞への干渉力で、多少は軽減できるかもしれない。

 しかし、DICといって全身の血液の凝固の仕組みが破綻してしまう病態や腎不全等まで進行してしまったら今のルディコニーには、手の出しようがない。

 何といっても、血液検査や輸液ができないのが最大の問題点だった。

 薬も専門的な物を使うとなると、治療院以上の施設でなければ、手に入らない。


 そういったリスクについては、何とか分かってもらえるように説明する。

 おそらく、2~3日が山場だろう。


 そもそもルディコニーも、毒蛇治療はほとんど見たことがなかった。治療院に来るような1~2等級国民は、毒蛇のいるような場所に行く事がめったにないからだ。

 王宮の庭師が作業中に噛まれた時や災害派遣の時に野外でキャンプをしていた人が噛まれたのを見た事があるくらいだ。


 痛みが改善してきた少年は、付き添いの高齢の男性に助け起こしてもらいながら、少しずつ水分をとり始めていた。


「ただの水だけじゃなく、糖分の入った物とか、塩気のあるスープも取って下さいね。

 後は、尿量がしっかり出ているか、変わった色をしていないかの確認をお願いします」


 その後、体温や脈拍、血圧、呼吸状態といったものを、まめにチェックしながら、患部の痛みや細菌感染、組織の腫張が少しでもましになるように、患部の処置と観察を続けていった。


『こんな時、ハイル先生がいたら心強いのにな』

 ルディコニーは、懐かしい顔を思い返していた。

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