[神殿の回想28]御神体との邂逅
司祭達が帰った後、私はまた元の部屋に戻された。
配膳用のロボットが栄養剤の夕食を持ってくると同時に、監視用のロボットまでやってきた。
試しに、スプーンで壁を掘ってみようと試みると、すぐに警報が鳴り、ロボットに阻止された。
さすがに機械だけあって、力も強い。
「コレ以上抵抗スルト、身体拘束ヲ行イマス。」
ロボットの目が赤く光る。
諦めたわたしは、さっさと夕食を済ませて、ふて寝する事にした。もしかすると、夢の国で脱獄の良い手段が見つかるかもしれない。
ベッドに横になると、すぐに瞼が重くなってくる。ああ、栄養剤か水の中に、睡眠薬を混ぜられていたのだなと気付いた時には、私は半分夢の中にいた。
うつらうつらする中で、久々に夢の国ではなく家族が夢の中に出てくる。
父さん、母さん、カラン兄さんにパリス兄さん。優しかった家族には、もう5年も会えていない。
皆、元気にしているだろうか。
アリシアと多少親しくなった後、それとなく、家族が私の巻き添えになっていないか、確認してみた事があった。
はっきりとは分からないが、おそらくは大丈夫そうだった。
兄さん達は神殿に連れて来られた様子はないし、元々、直接の血の繋がりはない。
なかなか子どもが授からなかった両親が、私が産まれる前年に、災害で両親を亡くした遠縁の兄弟を引き取ったのだという。
でも、両親は私達に同じように愛情を注いでいたし、私にとっても実の兄と同様だった。
神殿は人心を掴むために、表向きは人民には温厚に接している。もし子どもを匿っていたのがばれたとしても、大きな処罰まではされていないだろうという。
そもそも、匿う家族のほうがめったにいないようだ。
干渉力の発現や、訓練による能力の増強は、20歳くらいまでが限界らしく、神殿も大人には大して興味は持っていないという。
また、家族に会いたいな。そのためには、絶対に逃げ出さないといけない。
目が覚めると、早朝だった。夏至の日なので、日照時間は長い。
ベッドのそばでは、しっかりとロボットが監視していた。私は試しに、
『あっちに行け!!』と、強く念じてみる。
やっぱりダメか。動物のようにはいかないようだ。
分解しようにも、近づくのが難しそうだしな。
しばらくすると、また朝食の栄養剤が運ばれてきて、昨日の理容課の女性が入ってくる。
今朝は軽くシャワーを浴びせられて、髪をセッティングされた。監視ロボットはずっとついてくるので、隙をみて逃げ出すわけにもいかない。
髪は全体にカールさせて、宝石のついた飾りを編み込まれる。
「このネックレスは、どうしますか?」
理容課の女性が尋ねてきた。2年前に、エセ王子にお守りとしてもらったサファイアのネックレスだ。
「外さなくて構わないなら、このままつけていたいです。」
効果はないかもしれないが、せっかくお守りにもらった物だ。積極的に売るつもりはないが、最悪の場合、逃走資金の一部になるかもしれない。
小さな飾りなので、特に外さなくてもよい事になり、いつものように服の下に隠すことにした。
白いフワフワの舞踏服は、スカートが二枚重ねで、ひだがたっぷりとってあり、腰には、青いサテンのリボンを巻かれた。
でも、実際、これから生け贄として捧げられる身としては、服の事などどうでもよかった。
身なりが整うと、司祭や警備員達が迎えに来た。
おそらく干渉力を使わせないために、後ろ手に木の手枷で拘束され、薄手のローブを上から羽織らせられる。
わたしは、飛行車に乗せられて、御神体の鎮座する祭壇の下まで連れて行かれた。
祭壇の下には、司祭長が待っていた。
「これから、お前は御神体と対面する。
これは、とても栄誉な事だ。
神殿の祭壇の中に入る事ができるのは、一部の高位司祭と、四季の儀式の選抜者だけだからな。」
祭壇は、白い石でできた、四角錐の高い階段の上にある。普通は歩いて登るのだが、逃走や転落を防ぐために、専用の小さな飛行車に監視ロボットと共に乗せられた。
頂上の祭壇の外壁には、複雑な彫刻が数多く彫られていた。それぞれの四面には、山、森、海、平原の情景や生物、植物が表現されていると習った事があるが、間近で見るのは初めてだ。
祭壇の中は薄暗く、司祭長が扉を閉めると、一瞬暗闇に包まれる。
司祭長は、何やら祈りのようなものを唱え始めた。古語なのか、はっきりとは意味が分からないが、大地に対する敬愛や畏怖が込められているのは何となく理解できる。
やがて、暗闇の中に青いぼんやりとした球体が浮かび上がった。
暗闇を背景に、淡い青い海、所々褐色や緑の土地が点在し、白い雲に覆われた、私たちの住む地球という星。自然科学の授業で、何度か映像は見た事がある。
「これが、御神体の今の姿だ。
御神体は、数万年の時を経て、ようやくここまで回復された。」
隣に、今度は濁ったような雲のかかった、赤茶けた球体が写し出される。
「かつての人類の愚かな営みのせいで、御神体はずっと、その身を病まれていたのだ。
我々は、過ちを繰り返さないようにしなければならない。
そして、かつての美しい姿を取り戻し、再び大きな災厄を起こさないためには、定期的に生け贄の生命力を、補充しなければならないのだ。」
3つ目に写し出された青い青い球体は息を飲むほど美しかった。
「これが、御神体の若かりし頃の姿だ。
我々は、何としても、このお姿を取り戻さなければならない。これは、我々、後世の民に託された重大な使命なのだ。」
暗い宇宙の中に浮かぶ宝石のような星。青い海は深く透明な輝きを持ち、褐色や緑の大地も、今の地球よりはるかに面積が多い。周囲を包む雲の白さも、濁りがなく純白だ。
それは、眺めていると涙が出そうに美しく、そして何故か懐かしかった。
私の持つ、アースアイと言われる瞳。まるで鏡で自分を見つめているような……
コニーは、その球体を見つめていると、まるで吸い込まれていくように感じた。
「本来は、自ら望んで生け贄となり、御神体に活力を注いでほしい。」
いつもは威圧感な司祭長の声は、どこか懇願するようでもあった。
コニーは、司祭長の声で我に帰る。
「嫌です!」
何かが違う。この美しい星を取り戻したい気持ちは分かるが、そのために必要なものは生け贄などではない。それは、単なる表面的な誤魔化しに過ぎないと、コニーの本能が叫んでいる。
「そうか、残念だ。だが、拒否したところで、お前の運命は変わらんぞ。」
司祭長は祭壇の扉を開け、それと同時に御神体の映像は消えた。
祭壇の下に戻ると、数台の飛行車と、司祭達や警備員、そしてアンバルが待ち構えていた。
コニーは、なりふり構わず叫ぶ。
「アンバル師匠! 私を生け贄に推薦したというのは本当なのですか?!」
アンバルは、ちらりとこちらを一瞥すると、冷たい声で呟いた。
「ああ、本当だ。そのために、手塩にかけて今まで育成してきたのだからな。」
悔し涙でコニーの目が霞んでいく。
コニーは、追い立てられるようにして、飛行車に乗せられて、生け贄として命を捧げる舞台へと向かった。
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