[神殿の回想27]夏至の儀式前の宣告

 麻酔から目が覚めた私は、病室のベッドの上にいた。丁度、治療院に初めて連れて来られて検査を受けた時のような部屋だ。


 まだ、薄い検査着を羽織ったままだった。

 お腹の穿刺した部分を確認してみると、小さなシールが貼ってあり、特に痛みも感じない。

 組織生検のように、少し組織を採取しただけなのだろう。


……でも、なぜ卵巣を? ……


 一度神に仕えた巫子は、子どもを残せない、という話は聞いた事がある。正確には、自分の子孫を残せないのだ。


 司祭以外は、結婚自体は許されている。もし、子供が欲しければ、孤児院等で養子を貰うか、自分以外の卵子か精子を提供してもらって、人工受精で子どもを作るしかない。


 かつて巫子をしていた、王立大学病院の女医や女性看護師は、卵子バンクから卵子をもらって、パートナーとの受精卵を子宮に着床させて、子どもを産んだらしい。

 遺伝的には繋がりが無くても、自分のお腹で産んだ子どもは、可愛いと言っていた。



 でも、何か釈然としない不安が頭の中を占めていく。これまで、四季の儀式に参加した人達は、今頃どうしているのだろう。


 4年前に奉納舞で舞を披露したマレーナ、2年前の夏至の頃に災害救助に行っている間にいなくなったリラ、私が神殿に来た頃に比較的優しく接してくれた、水色の穏やかな瞳をした司祭Aも、神殿に来た翌年の冬至の儀式の頃から姿を見なくなった。



 考えているうちに、ロボットが食事を運んで来た。


「え? たったこれだけ? 」


 テーブルに乗せられたのは、水と、水溶系の栄養剤と固形の栄養剤だけだった。


「現在ハ、儀式ノ前ノ、精進中ニ当タリマス。

儀式ガ終了スルマデハ、口ニスル物ハコレダケデス。」


 私は思わず、秘技「ちゃぶ台返し」で、テーブルをひっくり返して、やろうかと思った。


 これから奉納舞を踊る演者に対して、こんな力の出ない食事を出すなんてあんまりだ。昨日の夕食も、検査のために食べる事ができなかったのだ。


 ロボットは、食事を置くだけ置くと、逃げるように退出していった。



 朝食後は、特にやることもなさそうだったので、ストレッチと、部屋の中でできる程度の奉納舞の練習を行う。


 しばらくすると、理容課から、2人の女性がやって来て、コニーは浴室の付いている特別室に連れて行かれた。主に1等級国民などのお偉いさんが、治療や入院をする時に利用する部屋だ。


 コニーはお風呂に入れられて、身体の隅々まで洗われ、良い香りのするオイルでマッサージをされる。

 自分の身体くらいは洗えるし、恥ずかしいので拒否したのだが、

「儀式の前には少しの穢れも無いようにしないといけません。」と言われ、強引に実施される。


 髪も毛先を切り揃えて、丁寧にトリートメントをされ、四肢の爪には紅色のマニキュアを塗られた。医療の助手をしているので、マニキュアを塗るのは初めてだ。


 全身を磨かれた後は、また、栄養剤だけの食事が運ばれてきた。


 コニーはいい加減うんざりしてきた。

……早く、夏至の儀式が終わらないかな。とりあえず、時間があるうちに、学校の課題をやっておこう……

 中等科の過程は、後1年ほどで終了予定だった。



 夕方、伝達があった後、司祭長と司祭Bが特別室の客間にやって来た。明日の儀式について、話があるという。


 司祭Bが重々しく語りはじめる。

「さて、コニー。お前は栄光にも、明日の夏至の儀式に、奉納舞の演者として選出された。

 明日は、持てる技能の限りを尽くして舞を舞い、その後は滝壺に身を投げて、御神体に命を捧げるのだ。」


……え? 命を捧げる? 私は今いったい何を言われているの?

 コニーは、頭の中が真っ白になった。


「お前の役割は、うるう年の夏至の生け贄として、御神体に活力を注ぎ、大地や川の神をなだめ、癒すことなのだ。

 そのために、この年月を、巫子としての教養や品格が備わるように教育してきた。」


「そんな、そんな話は聞いていません!

 勝手に誘拐しておいて、生け贄になれだなんて、そんなひどい事!

 まさか、まさか、マレーナやリラは……」


「彼女達は、立派に御神体に奉仕して役割を果たした。

 そもそも、神殿は御神体に様々な奉仕を捧げるための国の重要な施設で、生け贄の儀式も奉納の一種なのだ。」


「アンバル師匠やハイル先生は、この事を知っているのですか?」


「儀式の事は、国家の極秘事項で、軽々しく語る事は禁じられている。

 儀式の選抜者には直前に伝える事になっている。混乱すると、教育の妨げになるからな。

 ああ、アンバルは儀式の施行者だから、お前が選抜された事は良く知っている。むしろ、今回選抜するにあたって、お前を積極的に推薦してきたぞ。」


 司祭Bは嘲るように言った。


「大方、面倒ばかり起こすお前に愛想がつきたのだろう。」


 その後、司祭は明日の儀式の手順について、詳細を語り始めたが、私の耳にはほとんど入って来なかった。

 生け贄に選ばれたという事もショックだが、アンバルに裏切られたという事実が、私には受け入れがたかったのだ。

 これまで世話になった恩人とはいえ、一発殴らずには気がすみそうにない。


「アンバル師匠に会わせて下さい。」


「今日は駄目だ。明日の儀式の時には、どちらにしても、やって来る。」


「その他に、最後に、何か言っておくことはないか。」


 司祭Bが取って付けたように言う。どうせ、何を言った所で、はなから聞く気はなさそうだが、ダメもとで要望を伝えてみる。


「これが最後の晩餐になるなら、もっとちゃんとしたご飯を食べさせて下さい。これでは、奉納舞を舞う力も出ません。

 できれば、ステーキか、まあ、揚げたてのトンカツや魚のフライでもいいです。もちろん、デザート付きで。」


「「この期に及んで、言うことはそれだけか!!」」


 司祭2人は、声を揃えて怒鳴る。


 でも、コニーはそもそも生け贄になる気など、毛頭も無いのだ。隙をみて逃げ出す気で満々なのだから、できる時に腹ごしらえをしておきたい。


 もちろん、コニーの望みはかなえられなかった。

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