[神殿の回想26]夏至の生け贄の選抜 922年

 夏至の祭りから1ヶ月ほどして、ようやくアンバル師匠は訓練に復帰した。しかし、口調や指導方法は変わらないものの、表情には隠し切れない暗い影を漂わせている。


「師匠、体調が万全じゃないんですか? 少し休まれたほうが良いのでは…

「俺の事はどうでも良い。変に心配させたくないなら、空中技を完璧な形で決めてこい。」


 コニーは、リラが抜けたロープを使った空中技の習得に一生懸命になっていた。基本的な技や技術は、これまでもある程度は習得していたのだが、全体の動作の流れや、品格や芸術性を全体に意識するようにと、何度も何度も補正が入ってきた。


 さらに、直接の技には関係無いものの、ロープを素早く登ったり、手や脚、指一本で身体を支えて短時間把持する練習も追加された。

 いざというときの安全のためだそうた。


 また、コニーの悩みの元になっていたのは、新しく入門してきた、小さな子ども達への対応や指導だった。

 皆なかなか宙返りや高い所を恐がって、練習が進んでいかない。

 アンバルも、私が入門した時に比べると、100倍くらいは優しい対応をしているのは気のせいだろうか。 

 

 兄弟子の1人が言う。

「もともと、祈神舞は怖がる子が多くて、入門者の獲得に苦労していたからね。

 むしろ、コニーが特殊だったんだ。」

「まだ、君は身体が小さめだから、子どもらしい見せ場も作りやすいけど、もう少し大きくなってきたら、小さい子の育成をもっと頑張らないとね。

小さい子の見せ場と大人の見せ場は少し違うから。

 師匠は、今はやる気を無くしているというか、後輩の育成にはあまり積極的じゃあなさそうだけど。

 やっぱり、リラが抜けたのが痛かったようだね。」



 さらに、コニーには別途、干渉力の判定という面倒な審査が残っていた。

 被災地で見せた、土に対する干渉力や生命力の感知に対する干渉力がどの程度なのかを調べるという。


 幸いとうべきか、判定には測定器などはなく、実際やってみての結果がほぼすべての判断材料だ。

 司祭達は、測定前に、見た目はにこやかな表情で、上手に出来たら故郷に一旦帰省させてやるとか、二等級国民の昇格を検討してやるとか言っていたけれど、所詮口約束でしかない。

 それに、二等級国民になるメリットはコニーにとって大して浮かばなかったし、故郷や家族の存在がばれるとかえって、まずい可能性がある。


 コニーは、土への干渉は、焼き締めた煉瓦をちょっとシャベルでひっかけば、土程度には軟らかく扱えそうだということ、生物干渉に付いては、箱や部屋の中にいそうな生物が、生きているか、哺乳類か、そうでないかくらいは分かるくらいのレベルにしておいた。


 司祭達は、さらに訓練を積めば、さらに高度なことができるのてはないかと要請してくるのだが、そのあたりはハイル先生やアンバルが、「ただでさえ、治療院での医助や神に捧げる特別な舞などで、日々のスケジュールは、過密状態なんだ。」と、かなり擁護してくれた。

 特にアンバルは、「そんな事を言う前に、リラを、ここに戻してこい!!」と、剣もほろろに叫んでいた。

 彼ら保護者のおかげもあって、コニーの日常はその後も大きな変わりはなく、2年の時が過ぎていった。


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 司祭長テラーモを始めとする高位の司祭達は会議室に集まっていた。


「それで、今年、うるうの年の夏至の生け贄の選定は済んだのだな。」

「まあ、コニーで異論は無いですね。

 第一条件の金色の髪に加えて、干渉力、3つのつむじ、おまけにアースアイに夏至の日の生まれときては、夏至の生け贄に捧げるために、生まれてきたような条件の持ち主です。」


「条件が整っているからこそ、あんな山猿の問題児を、金と月日をかけて教育してきたのだ。

 司祭長が苛立たしげに言う。


「まあ、でも、教育の甲斐はあったのか、なかなか見た目や雰囲気は美しい子供に成長しましたよ。

 舞の技術も評価されています。」


「中身はあまり伴っていないような気もするが……、奉納舞を踊らすくらいならどうにかなるだろう。

 医療の知識も多少はあるから、身投げが上手くいかなければ、ナイフで舞台に血を捧げることもできるのではないか。」


「一番見苦しいのが、岩場の舞台で餓死する事ですからね。まあ、神に捧げた後は、手出しをするわけにもいきませんが……」


「師匠のアンバルが、何と言うかな。」


「奴は、祭事について口出しする権利はない。

 それに、今回は奴も候補として推薦していたぞ。」


「とうとう、あいつも愛想をつかせたのか……」


「これまで苦労して仕込んできた、完成品が見たいのでしょう。」


「一つ懸念なのは……」

  司祭Cが重々しく呟く。

「あの娘は、祈神舞もやっていて、異様に身が軽い。よもや、岩場を登って脱出するような事は、ないだろうな?」


 司祭達は、暫く押し黙った。


「いくら身が軽くても、幻覚効果のある香を用いますし、あの岩場は手足をかける突起はかなり少なくて、内側に反る構造にもなっている。

神域なので、土に対する干渉力も作用しない。

 普通では、登れないはずだ。空中技の得意なリラにも無理だった。」

 司祭Bが、首を降りながら自分に言い聞かせるように言った。


「舞を踊らせる以上、手足を拘束する訳にもいきませんからね。」


「一度、神に捧げた以上は、神の領域になります。

 現王の初代が、自力で荒海から生還して以降は、神から与えられた試練を克服したものについては、あえて手を出さない事が決まりです。」

 学者風の司祭Dが言った。


「あれは、あくまでも伝説だ。」


「まあ、でも、伝説があるおかげで、色彩異常や干渉能力者に対しての、迫害は禁じられていますからね。

 王族に近い者に、色彩異常が出現する割合が高いのも事実ですし。

 むしろ、神に仕える巫子として、特権階級の暮らしに近い待遇といってもよいでしょう。生け贄に選ばれる可能性や、自分の子どもが持てないことは不幸ですが……」


「ふん、もし岩場をよじ登って生還するくらいの能力があるなら、今度は、千年祭の秋分の生け贄に捧げるのに、丁度都合が良いではないか。」


「まあ、第3王子はともかく、第1王子のウィンデル殿下まで、災害派遣の件以降、彼女の能力に興味を持っているとの噂があります。

 王家は神殿の決定に口出ししないのが原則とはいえ、直前までは、できるだけ秘密裏に事を運んだ方が良いでしょう。

 まだ子どもとはいえ、下手に手を出されたり、匿われたりするとやっかいです。」


「リラを災害時に臨時で捧げたからな。次の候補の育成も急ぐように。」


「金や黄色の髪の子どもを、何人か舞の習練に出しています。アクロバットはまだ怖がって難しいようですが。」



『能力があって、王太子まで目を着けているのだとしたら、尚更、早く始末した方が良い……

 まあ、今回は何とか上手くいきそうだがな。』

 司祭長が思考を巡らしているうちに、会議は終了した。


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 コニーは、舞の先生に呼ばれて、今年の夏至の奉納舞の舞手になったことを告げられた。

 名誉なことではあるのだが、あまり大っぴらに周囲に広めてはいけない事らしい。

 私は、アンバルと、ハイル先生、アリシアとロゼッタにだけ告げた。ロゼッタだけは、大喜びで喜んでくれた。

 一緒に、練習していた2歳年上のジーナや3歳年下の女の子は、悔しそうにしていたが、また機会があるからと、舞の先生になだめられていた。


 奉納舞の後は、部屋を移るからと、私はなけなしの荷物を箱に詰めさせられる。


 ロゼッタも、これを機に、年長対象の部屋に移動するらしい。

 


 夏至の2日前の夕方、私は治療院に健康診断のために向かった。

 入り口では、なぜかハイル先生が待っていた。


「検査は大学病院から来た女の先生がするんだよ。

一応、針を刺す検査もあるから、痛み止めをかける準備をしておきなさい。」


 ハイル先生は、珍しく、私の左の頭を撫でて言った。

「君は、本当にこの5年近くをよく頑張ってくれたよ。私の最高の弟子の1人だ。感謝している。」


「私も、ハイル先生に色々教えていただいた事を感謝しています。

 先生、夏至の祭典の後の予定を、私は何も聞いていないのですが、また、先生の診療の補助をさせてもらえるんですよね。」


「神殿がそう決めたらな……」

 ハイル先生の言葉に何かしらの引っかかりを感じたが、疑問を解消する間もなく、私は待機していた女医の先生に引き渡された。


 女医は、何となく冷たい感じのする人だった。

「あなたはこれから、神に捧げるにふさわしいか、検査をされるのよ。」


 私は、初めて治療院に連れて来られて検査をされた時のように、皮膚の一部や血液を採取され、検査をするための音や光が出る小部屋に入れられた。以前入った時より、部屋が小さく感じられるのは、私が少し大きくなったためだろうか。


 検査の後は、簡単な処置ができる手術室に連れていかれる。

……なぜ、手術室に……?


「ここで、何をするのですか?」


 女医の先生は、私に麻酔用のマスクを被せながら、冷たく答える。

「お腹に細い針を刺して、卵巣の一部を採取するのよ。」


「卵巣?! 何のためにそんな…?」


 驚いてベッドから起きようとする私を押さえつけて、女医は麻酔の濃度を上げていく。

「そんなの、変異種のサンプルを取るために決まっているじゃないの。全部取るわけじゃないし、どっちにしても、あなたは一生子どもを産むことはないのだから。」

 麻酔の作用で、私の意識はぼんやりと遠くなり、女医の言葉はうっすらと私の頭から消えていった。


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