[神殿の回想25]ウィンデル王太子

 夏至の数日後、私達災害派遣チームは、災害現場から引き上げて王都に戻った。


 私は、あらかじめハイル先生に相談をしていた。

 本来、神殿に申告している干渉能力以外は、勝手に使用してはならない事になっている。違反した場合、地下牢に入れられるなど、厳しい罰則がある。


「今回に関しては、報告書にあげておくので、あまり心配しなくても良い。

 緊急時に試してみたら、意外にできてしまった、ということにしておくからな。

……ただ、能力測定を求められた場合、どのレベルまでが活用域で、どこからが危険視されるのかが、正直、僕にも判断がつかないんだ。もし、検査をされるような事があったなら、できるだけ控え目に実演した方が良いだろう。特に、生体反応の感知についてはね。」


 おそらく、ここに連れて来られた時同様、能力を見せ過ぎたら危険視され、あえて見せなかったらそれはそれで、役立たず判定をされたのと同じだいうことだろう。



 派遣チームは神殿に戻ってきて、大まかにでも、荷物の片付けなどをしていると、集合するようにとの声がかかってきた。


 どうやら、救助活動の参加者を労うために、第1王子で王位継承者のウィンデル王太子が神殿に来ているという。

 パーティーに時々短時間参加されているのは見たことがあったが、王太子と直接関わるのはこれが初めてだった。



 王太子は、兄弟とはいえ、エセ王子と全く雰囲気が違い、貫禄も威厳も自然に備わっていて、生まれつきと思える品の良さも全身にまとっていた。

 一目で、一般人とは違うオーラを感じ取ることができる。


 うん、私はこの人が相手だったら、たとえスカートをめくられたとしても、奇声をあげて蹴りとばすなんて暴挙を行うような事は絶対しなかっただろう。

 いや、それ以前に、王太子がスカートめくりをする姿の想像がつかないな。


 王太子は、コニーに声をかけてきた。

「君は、よく弟の我が儘の相手をしてくれている子だったね。災害現場でも、ずいぶん人命救助の役に立ったと聞いているよ。」


「そのようなお言葉をいただけるとは、身に余る光栄です。」

 コニーは、頭を深々と下げて、早くあっちに行ってくれないかなと心底から願う。


 なのに、ウィンデル王太子は、じっとコニーを見つめて、

「きみは、治療だけでなく、土に対する干渉能力や、人への生命探査干渉も行ったらしいね。」


「あれは、……急場で試しにやってみたら、たまたま、できただけなんです。もう1度やろうと思っても、難しいと思います。」

 コニーも、災害でも起きない限り、もう一度やるつもりなどない。


「うん、まあそれはそれで、いいんだけどね。

 話は変わるけれど、去年、弟に披露したダンスが、なかなかユーモア溢れる傑作だったそうではないか。

 エセルバートは、1週間くらい、笑い過ぎで腹筋の痛みを訴えていたよ。」


「それは、何とも申し訳無いことを!!」

 コニーの背筋をダラダラと冷や汗が伝った。


「僕にもその躍りを見せてくれないかな。」


「はあああ?!」


 エセ王子に爆笑された、ベリーダンスもとい腹躍りを、よりによって、この品性溢れる王太子に披露しろというのだろうか。


「い、いえ、あの躍りは、あまりにも品格が欠けると、教育係や舞の師匠に厳禁されていまして。」


「まあ、僕が見たいといえば誰も反対しないから。

 別に不出来だからといって、処罰とかもしないから、その辺は安心して。」


 いやいやいや、処罰も怖いが、そういう次元の話ではない。


 よりによって、この気品に溢れる王太子の前で、感性が壊れているとアンバル達に酷評された腹躍りを踊らされるとは、罰ゲームもいいところだ。

 しかも、披露する日時を5日後に指定してきた。


 うーん、あの王太子は、ぱっと見た雰囲気こそエセ王子とはずいぶん違うが、流れている血は何だか同じそうだな。


 私は、まず、アンバル師匠の所に相談に行った。しかし師匠は、体調が悪くて、ここしばらく臥せっているという。

 私やリラが抜けた状態で、夏至の祭典を、切り盛りするのはさぞかし負担が大きかったのだろう。

 リラは、災害の直後に他の領地に派遣され、そのまま戻ってこない事になったという。


 私が派遣された以外にも、支援が必要な領地があったのだろうか。


 私は、仕方がないので、アリシアに相談してみた。

 アリシアはしばらく絶句していたが、

「お、お、お、王太子が希望されているなら、やるしかありませんね。……服飾課と、芸術院の染色課には連絡を取っておきます。」

 アリシアの反応を見ていると、何だかフリーズしかけのロボットを思わせた。


 数日後、薄手の布で作られた、飾りが沢山ついた豪華な長いスカートと、丈の短い半袖の衣装が届けられた。スカートは、リクエスト通り膝の少し上からスリットがいくつか入っていて、脚の動きが見えやすいようになっている。

 今回は、薄いヒラヒラとしたベールのような素材の長いショールも用意してもらった。


 お腹の絵はロゼッタに描いてもらった。ロゼッタは筆を握りしめて絶句していたが、王太子の要望だと伝えると、意を決したようだ。さすがに絵画をやっているだけあって、前回よりは可愛く仕上がったと思う。

ロゼッタは、耳のある可愛い猫耳少女を描いてくれた。


 指定の時間になると、私とアリシアは音源の再生機を持って、指定された神殿内の小ホールに向かった。

 ホールの出入口には、警備員、中にはエセ王子といつものお付きがすでに待っていた。


 エセ王子の機嫌は何だか悪そうだ。

「俺に見せるために創作したダンスだって言ってたくせに…。」と、何だかすねている。

「そもそも、王子がダンスのことをばらさなければ、王太子の前で、踊るはめにもならなかったんですよ!」私も言い返す。


 その後、すぐに王太子とお付きの人2人がホールに入ってきた。


 私は上着を脱いで、音楽を再生すると意を決して躍りはじめた。


 躍りに意識のすべてを集中して、あえて観客席は見ない。今回の躍りは、前回よりも脚や腰に動きやひねりを多く取り入れ、旋回や身体の反り、ショールを利用した表現も加え、全体の動きをさらにダイナミックにしてみた。ジャズダンスで習得した表現や技も加えていく。合間に挟む、お腹の猫耳少女の動きも、なかなか可愛く表情を作ってくれていた。


 ようやく躍り終わって観客席を見て見ると、王子も王太子もクスクス笑い程度で、爆笑まではしていなかった。

「なかなか斬新な舞だったね。映像で見た他国の舞いに似ている所もあるね。君の故郷では、こういう躍りが演じられているのかい?」


「いえ、これは……。色々試行錯誤してみて、なんとなく出来上がった躍りです。」


「それにしては、ずいぶん洗練されていたね。

 お腹にはピッタリした薄い衣を密着して着るようにしたら、新しい斬新な舞として演じる機会も増えるんじゃないの。

 お腹に絵を描くのは、今年くらいまでにしたほうがいいんじゃないかな。

 猫ちゃんのイラストがついたパンツをはいてもいいのも、たしか12~13歳くらいが限度だったよね?」


 王太子の周囲の人達は、アリシアやエセ王子を含めて、皆石像のように固まっていた。

 この品格だけで細胞すべてが出来ていそうな王太子から、まさかの「猫ちゃんパンツ」発言が出るなどとは、誰も予想していなかったのだろう。

 私は、王子と王太子を見比べて、ああ、やっぱりこの人達は兄弟だなと思った。


 舞踏の披露の後は、なあなあでなんとなく解散したのだが、その後も時々、エセ王子相手に披露する即興のダンスや、パーティーでリクエストで踊るダンス等を、ウィンデル王太子が鑑賞する頻度が増えていったのだった。

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