[神殿の回想24]被災地での誕生日

 私は災害現場に派遣されて、3日間弱は現場で被災者の生存確認や救助を行い、その後は女医の先生達と救護所での対応を行っていた。


 被災現場は、災害が起きてから生存者を発見するまでは、約72時間が分岐点と言われており、その後万一奇跡的に発見されるとしても、まだ子どものコニーには積極的に関わらせられる状態ではないと判断された。

 捜索の場所も、大きな建物の奥だったりと危険を伴う確率が増してきているというのもある。



 現在コニーは、救護所にやってくる怪我をした被災者の、創部の感染対応を主にやっていた。


 創部や弱った全身に感染を起こして悪さを起こす細菌に対しては、身体の免疫力に期待した自然治癒が原則となっている。


 細菌自体を殲滅する抗菌薬は、現在、滅多には使用することはできない。

 大昔、抗菌薬を多様したせいで、どんどんそれを上回るスーパー耐性菌が、出現してしまい、果てしないいたちごっこの状態になってしまったのだという。。


 現在、抗菌薬を使用できる疾患は、大学病院等で管理する、ごく稀な症例にとどまり、基本的には、免疫力を高める薬を使用する事しかできない。

 この薬自体も諸刃の刃で、患者の体質や下手な用い方をすると、自己免疫疾患を誘発するリスクもあるという。


 コニーは、救護所で医師の指導を受けながら、怪我をした部位の感染の制御を行っていた。

 創傷部位の感染を引き起こすバイ菌の威力を低下させたり、創部の細胞に再生の活力を与えたりするなどだ。


 干渉作用の治療自体を施行するかどうかは女医の先生が決めるのだが、なかなかスムーズにはいかなかった。


 先日に治療して、劇的な回復が見られたので、

再度治療して欲しいと、なけなしの金品を持参して懇願してくる人。


 逆に治療をしない選択をすると、様々な手段で脅してくる人もいた。

 コニーの力や珍しい金髪などを目当てに誘拐しようとする輩まで現れたので、(コニーは被災地でたまったストレスを発散させるがごとく、八つ当たりの格闘技を本気でぶちかませて、相手の腕に骨折を負わせてしまった。もちろん、正当防衛で問題には問われなかった。)軍部から派遣された人が、出入りの人を確認するようにもなっていた。


 そうこうするうち、夏至の日が到来した。


 今回は、ほどほどに温かい日が続き、凍死者や熱中症の患者が少なかったことが幸いだった。

 また、木造建築が少なく、温かい気候のため、火災が少なかったのも幸いだったといえた。


 住居を失った人々の難民キャンプも、全国から借りたロボットを駆使して、何とか維持しているという。


 今後、被災地の再建は、軍部や建設省の助力を得ながら領地が主導になって、行うことになっていた。

 被災地特例だった、普段よりはかなりの格安、もしくは無償で診ていた医療処置も、元のレベルに戻すという。


 それを聞いた住民達は、夏至の日には長い列を作って救護所の前に並んでいたらしい。

 軍部の人が、今回の被災で受傷や疾患に罹患したのかどうかを振り分け、被災前から疾患している病人は帰宅させているという。


 元々、被災者で再診が必要な人には、受診カードを配っていたが、持参していない人や、偽造したカードを持っていた人が7割近くを占めていたらしい。

 この国や領地にとって、医療はそれだけの高値の花なのだ。


 せっかく来てくれた人には気の毒だが、受け入れられる人数に限りがある以上、どうしても制限は必要だった。

 

 数日をかけて、現地の医師にハイル先生や女医達が引き継ぎを行ったが、何ともやる気のなさそうな頼りなさげな医師達ばかりだった。


「今回、領地からわずかな特別手当を貰えるくらいで、特権階級からの、高額の医療費や研究費の補助は当てにできないからね。

 残念ながら、医療に対する信念はあまり無くて、収入や名声目的だけで医療職を目指す輩も多いんだ。」

 

 ハイル先生によると、食事や体重の自己管理の件は別として、ジョナ先生は、まだ信頼できる医師の範疇に入るほうだという。


 いつもは、患者に丁寧に対応するハイル先生が、今回の対応がシビアで冷たい態度が多いようにに思えたのも、災害救助は時間が最重要であり、1人1人に時間をかけていらられないことと、今後、現地の医師に任せる以上、あまり「良い医師」を演じると、患者にギャップを感じさせて、今後の治療に問題を生じさせるおそれがあるからということだった。


 医療の現場の駆け引きって、なかなか難しいんだな。



 今日は夏至の日だった。


 四季の儀式の日を含めて3日ほどは、普段神殿に入る事ができない一般市民も大広場に参拝する事ができる。

 ただし、軍部が管理をしていて、広場の区切った一画を誘導されて歩き、御神体の鎮座する聖堂を一目見る事ができるだけだ。


 御神体に奉納される、優雅な舞や祈神舞、音楽や演劇、詩や美術品などは広場に設営された大きな画面で放映されていて、タイミングが合えば観賞する事ができた。


 国営放映でも、夕方にダイジェスト判が放送されるが、演者は特定しにくいように画像処理がされている。


 夕方、トーマス達が国営放映で神殿の様子を視聴していた。

 コニーは神殿に来て以来、ずっと演じる側だったので、国営放映で祭典の画像を見るのは初めてだった。


 今年の祈神舞の演者は、アンバルと、巫子を卒業した弟子の男女2人、新しく弟子入りした小さな子が2人だけだった。あまり大技は披露されず、比較的地味な演出だった。


 空中技を得意とする花形のリラが見当たらないけど、たまたまダイジェストの放送から外れたのだろうか。怪我や体調不良でなければ良いのだけど。


 考えているうちに、コニーの前にケーキが登場した。


「今日がお誕生日なんでしょう。おめでとう!!」


「状態が、状態だから、こんな物しか準備できなかったけどな。」


 コニーの前に置かれていたのは、何段か積み重ねたパンケーキにハチミツやチョコレートをかけた物だった。

 物資が限られている中で、こんなケーキをもらってしまっても良いのだろうか。


「軍からの支給品で作った物だからね。パンケーキの素に、玉子液とミルクもどき、ドライフルーツを混ぜただけだ。こんな物で申し訳ないのだけど。」


 こんな物どころか、神殿に来て初めて沢山の人にお祝いしてもらった誕生日かもしれない。


 そもそも巫子達は、わざわざ誕生日を祝ってもらう習慣など無いし、コニーはいつもは夏至の祭典に追われていて、自分も含めて、誕生日の事など忘れがちだった。

 ロゼッタと小さな小物のプレゼントのやり取りをしたくらいだ。


 こんな、大変な時に、わざわざケーキまで準備して貰えるなんて……

 コニーは、胸がいっぱいになって涙が止まらなかった。


「あなたは、救助で大活躍して、沢山の人の命や健康を守ったのよ。これからも頑張ってね。」


「王立大学病院の、受験対策は、私が指導してあげるから。」

 王立大学病院から派遣された医師が言う。


「この領地にも、総合病院と医療者向けの専門学校はあるのよ。あなたなら、大した受験対策をしなくても、楽勝で合格できると思うわ。」

 現地の看護師も勧誘してきた。


「何言ってんだよ。俺と一緒に、土木建築技士を目指して、一緒に勉強しようぜ。」

 トーマスが言うが、他の皆に


「「「それは違う!! お前は、まず自分が合格しろ!!」」」

と、全面否定されていた。


 ハイル先生は何も言わず、穏やかな優しい、でも何だかやや悲しげな目でチラチラとこちらを見ていた。


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