[神殿の回想23]救助現場での活動

 私は、作業の邪魔になったり、危ない言動が見られたら、すぐに引き上げると約束させられて、ハイル先生達と被災現場の最前線に向かった。


 道には瓦礫と共に金属やガラスの破片が散乱していて舗装された道も亀裂が入っていてとても危ない。

 私は、頑強な軍の人の後ろをついて歩く。

 私の後ろはハイル先生が歩いていたが、時々ふらついたり、ゼイゼイ息継ぎをしていたり、何だか歩くのが大変そうだ。


「先生、大丈夫ですか?」

「ああ、何とか。君は本当に身軽だな。」

「一応、山育ちですので……」


 私は、ひょいひょいと瓦礫を避けたり、足場の安定した箇所を確認しながら進んでいった。


 少し先に、煉瓦の家が崩れているのが見える。周囲には人が群がって、一生懸命瓦礫を取り除いていた。


 軍の人が問う。

「そこに、だれかいるのか?」

「多分、母と息子が取り残されているんです。

 ここの瓦礫が重くて硬くて、なかなか取り除けなくて……」

 シャベルを持って、疲れはてた様子の男性が答えた。


 瓦礫の下からは、確かに人の気配が感じられる。

そう、皆に伝えると、


「ちょっと、シャベルを貸して下さい。」

 土に対する干渉力のあるトーマスという巫子の青年が、硬い煉瓦にサクサクとシャベルを突っ込んで土のように掘り始めた。


 今まで掘っていた人達が絶句する。


 その隙に、私も1本シャベルを拝借すると、トーマスと同じように堀り始めた。


「あれ? 君も土に対する干渉力があったの? 」

「うーん、何だかそうみたいですね。」

「支えになる部分が崩れると、危ないから気をつけて。君は、この辺りを掘るといい。」


 しばらく掘り進むと、人の気配らしき物が奥から姿を表してくる。


 どこからともなく、ジャッキのようなロボットもやってきた。

「とにかく、頭は絶対保護するんだぞ。」


 頭部が見えたら、むしろ頭の周囲の瓦礫や土をトーマスが固めるようにして、身体の周囲の瓦礫を取り除いていく。ハイル先生達が容体を確認している間に、私はもう1人家の下敷きになっているという、子どもの気配を探った。


 私は、現地の男の人2人と家の反対側に回って、また、がむしゃらに瓦解した煉瓦を掘り起こしていく。

 今度は、ジャッキ兼掘削機能のあるロボットも加勢してくれた。


 災害現場には、生物の生態反応を探知できるミニ飛行ロボットや、掘削機能のあるロボットも全国からかき集めてきて投入されている。


 しかし、本来は、森林の生物調査用にできている生態反応ロボットは、人間に対しては反応が鈍いらしい。理由は、非災害時に人間に対してまとわりつくと鬱陶しいので、敢えて避ける設定にしてあるからだという。人間に反応するように設定を変えても、(害獣になりやすそうな)元気な人につきまとおうとするので、かえって邪魔になることが多いらしい。


 人命救助専用の高機能のロボットは元々数が少なくて、真っ先に特権階級の住宅地に駆り出されている。


 掘削機能のあるロボットは、かなり大きめなので、入れる場所が限られるのと、人の指示がないとやたらめったらそこら中を掘り返して、それこそ人命に被害を与える可能性があるらしかった。


 私はロボットと連携して、小さな男の子のいる場所にいきついた。丁度、棚の隙間に埋もれるように横たわっている。

 私は素早く、ハイル先生に習った呼吸、循環、意識レベルの確認をする。

「いましたよー! ここです!!

 意識はあいまいだけれど、脈も呼吸も正常範囲内です!」


 すぐに、軍の人とハイル先生が駆けつけてくれた。



 その後は、同じような事の繰り返し……というわけにもいかなかった。


 時には最初の症例のように、生態反応を感知して、瓦礫の中から順調に救助できる事もある。その時には、その場の人達に、まるで聖女か何かのように崇めたつられてとても居心地が悪い思いをした。


 一方、生体反応がどうしても感知できなくて、そう伝えた現場では、

「お前が、さっさと救助に来ていれば、俺の子どもは助かっていたんだ。何をグズグズしていたんだ! 

お前が、変わりに死んで責任を取れ!!」

 と、刃物を持って威嚇してくる人などもいた。


 そんな時は、軍の人が私を安全な所にすぐ保護してくれるのだが、私の心の中には暗い暗い澱がたまっていった。

……一生懸命やっているのに、どうして死ねとまで非難されるの? やっぱり、余計なことはしない方がよかったのかな……


 そんなでき事の後、すでに疲労困憊の様子のハイル先生だったが、すぐに私の所に様子を見にやってきてくれた。

 ハイル先生は私を膝の上に抱き上げて、頭を不器用に撫でながら、

「僕は、こういう事を心配していたんだよ。

人は、理性の限界を越えると、そうなった『原因』を『何か』に求めて、そこにすべての悪を委ねて、自分の不安を解消しようとする悪い癖があるんだ。

 君は、何も恥じる事はしていない。それどころか、今日1日で沢山の人命救助を成し遂げたんだよ。一生誇っても良い事なんだ。」


 ハイル先生にそう言われると、何だか不条理に思えていた事も、少し消化できるような気がしてきた。


「もし辛かったら、神殿に戻るか、予定通りに救護所の支援の方に行ってもいいんだよ。」


 私は少し考えて、今日のように最前線で救護活動を行う決心をした。


「もし、私が1人でも命を助けられるなら、そこに行きたいです。」


「そうか。じゃあ、とりあえず今日はもう食事と仮眠をとりなさい。明日は体調が悪かったら無理するんじゃないよ。」


 日も暮れてきたので、私は軍用の宿舎で身体を拭いて着替え、簡単な食事を取ると浅い眠りについた。

しかも、子どもで身体が小さいので、空いているフカフカのソファーで眠らせてもらう事ができた。



 翌日は、日が昇るとすぐに救助活動が再開された。

軍部の人達は、交代で夜間も主要な道路の確保や水源の整備、生体反応があった場所の救出作業などをしていたという。


「あー、今日も仕事か。腹へったなー。」

 トーマスが、あくびをしながら起きてくる。

 彼はもう18歳なので、巫子を卒業して神殿の部署やどこかの領地に就職しても良いのだが、せっかくなら土木建築の資格を取ろうと、専門学校を受験して2浪中なのだという。(王立大学は、全く手が届かなかったらしい)


「俺、数学が全く駄目なんだよな……。そもそもコンピューターが全部計算してくれるのに、何で人間の頭でわざわざ計算しないといけないのか、意味が分かんないんだけと。」


……まあ、そうだよね。私も、データ入力とちょこっと加工をすればすむ話なのに、手書きの書道の必要性が全く分からないよ……


 コニーは、苦手な書道を何とかしようと、夢の国で似たようなレタリングや毛筆、ペン習字などを体験してちょっぴりコツをつかんだ。それが裏目に出て、逆に書道の先生に目をつけられてしまったのだ。


わたくし、色々雑務や訓練で忙しいので…。とりあえず、合格点をもらえたなら、それでいいですよね。ホホホ……」

 口下手な先生相手には、一気に先制攻撃でしゃべって大急ぎで逃げるに限った。



「ねえ、トーマス、この付近の建築ってやたら煉瓦が多いわよね。何か理由があるの?」

 エセ王子のお付きに貰った飴を分けてあげると、彼は機嫌良く話始めた。


「詳しくまでは知らないけど、元々この領地は雨が少なくて、木や作物が育ちにくいらしいんだ。

 木材は元々、他領に比べて高価だった上、数年前に森林保護何とか法というのに引っかかったらしくて、他領からの輸入も制限されて、3等級国民以下は、なかなか手の届かない物になってしまったらしい。

 まあ、僕にとってはむしろ煉瓦のほうが扱い安いけどね。」



 2日目も、1日目とやる事は同じだったが、昨日と比べて、明らかに生体反応を関知する率が低下している。


 もし、もしも私が、夜も徹して救助活動に当たっていれば。

 いや、生体反応だけ先に探し回って、他の人に具体的な場所を指示して救助を依頼していたならば、もっと沢山の人を助けられたはずでは……。


 私の頭の中で様々な、疑問が渦巻いていく。


 今回、瓦礫の中から見つけ出した女性は、片足が大きな瓦礫で押し潰されていた。

 ハイル先生が言う。

「これはクラッシュシンドロームを起こしているね。下手に下肢を瓦礫から解除すると、壊死部分のカリウムその他が身体に回って心停止を起こすかもわからん。」

 ハイル先生は、患者本人の夫や他の家族に現状を伝えた。


「回避できる可能性があるとすれば、この場での下肢の切断。一応、全身の血液浄化処置や下肢の治療という治療もあるが、かなり高額になり、おそらく君たちに支払い能力はないだろう。良くて家族全員、4等級国民降格で多額の借金、さらにそれ以下の生活になる可能性も予想される。」


「そ、そんな。あなたには、慈悲の心はないのですか?」


「私は神でも、富豪でもない、ただの一介の派遣された医師にすぎません。今のできる範囲内の現状を述べているだけです。

 もし、他の医師の意見が、聞きたいというなら、ここに呼ぶようにします。実際に、処置を行うのは、その医師になりますので。」


 私とハイル先生は、強力な痛み止めと、血管内に水分や電解質、少量の栄養を投与して、頭の周囲に過剰にならない程度の酸素を集めると、次の現場に向かった。 


「お金をかければ、大学病院などては、かなりの医療か可能だ。しかし、その恩恵を受けることができるのは、せいぜい2等級国民以上であって、お金を持っている人達だけなんだ。」


 パリス兄さんが大トカゲに噛まれた時も、簡単な処置しかしてもらえなかった。


 医療はとてつもなくお金が、かかり、その恩恵を受ける事ができるのは、この国では本当に一部の人だけなのだ。


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