[神殿の回想22]災害派遣
それは、6月始めの初夏の出来事だった。
コニーは、フッと夜中に目が覚めた。
何だか、地響きのような地面がざわつく音がする……。
そう思っていると、地面がぐらぐらと小さく揺れ、その後ワサワサと、やや大きな揺れが続いた。
コニーの部屋には、大した物は置いていない。
神殿の建物も丈夫にできているので、これぐらいの地震なら大した被害は無いだろう。
コニーのいる国では、小さな地震はさほど珍しいものではなかった。
「ロゼッタ、大丈夫?」
「ええ、ちょっと揺れたわね。」
念のためにロゼッタと声をかけあって、2人はそのまま眠りについた。
その日の午前中は、治療院の手伝いだった。
治療院に行くと、ハイル先生始め、医療スタッフ達は、何だか落ち着きなくバタバタしている。
疑問に思っていると、ハイル先生がコニーを手招きした。
「夜中の地震は知っているかな。
この辺りは特に被害は無かったのだが、震源地に近い領地の街中では、かなりの被害が出た様子なんだ。
神殿の治療院や王立の大学病院には、怪我人や病人に対して、診療派遣が要請されている。
私達は、これから準備をして、向かう予定でいる。」
ハイル先生は、神妙な顔をして、コニーを見つめた。
「本来は、君のような小さな子どもを、危険を伴うような場所に連れて行くものではない、という事は分かっている。
でも、君は常識外れに見えて、かなり状況判断能力があるし、救援物資や医療資源が限られる以上、君の力を貸して貰えると助かる。
それに……アンバルが、今回はぜひ君を同行させてやって欲しいと言っていた。」
……師匠がどうして? もうじき、夏至の祭典もあるのに……
疑問が頭をもたげてくるが、困っている人がいるのなら、私に何か手助けできる事があるならぜひしたいと思う。
「はい、私に何かできる事があるならお手伝いします。」
救助隊は、今日の午後には現地に向かうという。
私の関係者には、治療院の事務員から連絡を入れてくれる事になり、私は自分の準備をするために寄宿舎に一旦戻った。
準備といっても、私が持って行くのは着替えとタオル、歯ブラシや櫛くらいだ。
エセ王子との闘剣で着ているズボンやシャツに加えて、服飾課に男の子用の衣類を何枚かと、丈夫なブーツと合成繊維の手袋を用意して貰う。
その後は、お風呂に入り、早めの昼食を取った。
できるだけ詰め込んで食べておくが、今日はロボットも何も言わない。
被災地では、しばらくシャワーも浴びることができず、身体を拭くだけだと言っていたし、食事も栄養剤や簡易食が主体になるという。
まあ、状況が状況だから仕方がない。
昼過ぎの出発時間になり、神殿の広場の一角に集合すると、見送りには何人かの教室の子達と神殿職員達、低位の司祭が数人にアリシアとアンバルが来ていた。
ふと見ると、エセ王子とお付きの人までいる。
「被災地の怪我人が落ち着くまで、向こうにいるんだってな。
これ、お守りにやるよ。」
エセ王子は、細い金の鎖の先端に、小さな深いブルーのサファイアがついたネックレスを差し出す。
「え? でも……」
私はためらうが、
「前に、犬の飾りをくれただろ?
多分、お前の事だから、着け外しや人目に着くのを面倒がると思って、鎖は長めにしたから。」
エセ王子はそう言うと、頭から鎖をかけてくれた。
お下げにしている髪を払うと、ネックレスは首もとに収まるが、鎖は王子の言う通り長めで、今の私の胸元の下くらいまであった。
私は、服の中に隠すようにしまいこむ。
「ありがとうございます。」
……試作品に作って余ったビーズ細工をあげただけなのに、何だか申し訳ないな……
そう思ったが、お守りと言ってくれた物を、断るのも何だか失礼に思えた。
王子のお付きは、日持ちのする焼き菓子や飴をいくつか持たせてくれた。本当にありがたい。
そして、私達、災害派遣チームは、被災地に旅立った。
チームメンバーは、ハイル先生をリーダーとして、王立大学病院から医師が3名、治療院と大学病院から数名づつの看護師や医療技師、事務員が来ていた。
巫子から参加するのは、私ともう1人、土への干渉力のある18歳の男子だ。
王立大学病院の女性医師と女性看護師2人は、かつて巫子をしていて、干渉治療が多少扱えるという。また、事務員の1人もかつての巫子で、火に対する干渉力があり、火災現場があれば鎮火のために出動すると言っていた。
国からは、別途、軍隊や警備隊も派遣されているらしい。
私達は、物資やエネルギーの充電機等を詰め込んだ大型の飛行車と現地で動き回るための小型の飛行車に分乗する。
運転は軍の人が行い、私達の座席は風景があまり見えないように、運転席以外の窓は黒いブラインドで隠されていた。
領地の地理は、国の重要機密ということで、一般人はめったに見聞きする事ができないという。
高速で飛ばした飛行車は、2時間ちょっとで現地に到着した。
到着間近になって、ようやく、車のブラインドは開かれる。
窓から見た光景に、コニーは言葉を失った。
かつて街があったと思われる場所には、木や煉瓦の瓦礫が積み重なっている。かろうじて、かつての面影を残している建物も所々あるが、外壁が崩れ落ちたり、変形している物も多い。
あの崩れた建物の中に……あの中にまだ、人がいるのでは……
コニーは後ろ髪を引かれる思いで、瓦解した建物を振り返る。今すぐ、飛行車を降りて、あの建物の側に駆けつけたい。
人々は崩れた建物の周囲に集まって、何かを掘り起こそうとしたり、泣いていたり、表情なく道をとぼとぼ歩いたりしていた。
飛行車は、街から少し外れた広場に到着した。
広場の石畳の地面や、周囲の大きな建物は、さほど被害が無いようだ。
「しっかりした耐震技術で造られた建造物は、さほど被害は無いんですけどね。
3等級国民以下が住む住宅街は、耐震等考慮されていないので、かなり瓦解した建物が多いんです。」
同伴していた軍の人が説明する。
医療チームはここで班に別れて救助活動に、入るという。
①ハイル先生率いるトリアージチーム(最前線で重症、その他を区分して、治療段階に応じた施設に振り分けるチーム)
②重症に振り分けられた患者に対応するチーム
③重症以外の患者の応急処置をするチーム
④救護所に来た被災者で、治療が必要な患者に対応するチーム
コニーは経験も少なく、本来④に振り分けられる予定だった。
だが、コニーの何かが身体の奥底で、叫ぶ。
「お願いです。ハイル先生と一緒に現場に行かせてください。
私、私、あの崩れた建物の下をどうしても確認したいんです。」
周囲の人達は、ほわんとした表情で私を見つめる。
どうにか熱意が通じてくれないだろうか。
「君は、災害現場に行きたいの? ダメと言うか何と言うか、君は現場に行くには小さすぎるよ。」
同行していた、土に対する干渉力のある青年が言う。
軍隊の人達も頷く。
「君はまだ、小さな子どもだからね。現場で怪我でもしたらかえって足手まといになる。」
「でも、でも、あの瓦礫の下にはまだ生きている人がいるかも……」
「生物干渉か? 君には、治療干渉だけでなく、生物の気配も感じ取る事ができるというのか?」
ハイル先生が私に問う。
人の命に関わる以上、力を隠す隠さないの問題ではない。
「どこまで出来るか分かりませんが、ある程度は生命反応の探索はできそうなんです。
お願いですから、やらせてみて下さい。」
私は、ハイル先生に必死に訴えた。
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