間話【治療院の仕事3】細胞と食いしん坊

本来は、災害救援の話が入るはずだったのですが、今はちょっと控えた方が良いかと思い、1話挟みます。

なかなか先に進めなくてすみません。


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その日の夕方、コニーはいつもの手術スタッフメンバーと一緒に鍋料理をつついていた。


 ハイル先生は、午後の遅い時間に手術があった時などに、患者の容態が安定していたり、助手の先生が当直で、何かあってもすぐに対応できそうな時は、スタッフ皆を集めて、労いのプチ宴会をする事がある。

 スタッフからは多少の参加費は徴収していたが、コニーは正規の給料がない上、子どもなので、ただで参加させてもらえた。


 そういう時にご馳走してもらえるのは、普段、宿舎では食べる事ができないような、鍋料理や様々な種類の焼き肉に、鉄板焼き、一口大の野菜や加工肉の具材にとろけるチーズを絡めて食べる料理、等が多かった。


 コニーは、うっとりして、次から次に料理を頬張っていでた。


……何、このチーズフォンデュ、具材と相まって口の中でとろけそう……

 子どものコニーやお酒の苦手な人用に、アルコール控えめの味付けがしてあるチーズは、牛乳から作られた本物で、濃厚なトロトロの味わいで、食欲を刺激する良い匂いがしている。

 串に差した固めのパンや、ソーセージ、鶏肉、芋や野菜などを、熱々のチーズに絡めていっては頬張っていく。



 コニーが至福の時を味わっていると、今日のもう1人の参加者がやって来た。


「なんだ、ジョナ。今日の食事会に、君は呼んでいないよ。」

 ハイル先生はいつものごとく、冷たく言う。


 食事会の時、なぜかどこからともなく、ご飯を食べに行くという情報を嗅ぎ付けては同行してくる医師がいた。

 ジョナ先生ことジョナサンというその医師は、180kg 近い巨体でとにかくよく食べる人だった。


 ハイル先生は、ジョナ先生のことを毛嫌いしていて、

「あいつは、医者の不養生ふようじょうならぬ、医者のブー養豚ぶーようとんだ。絶対真似をするんじゃないよ。」

 と言うのだが、ジョナ先生は、全く気にした様子はなく、食べる機会があれば当然のごとく参加していた。

 一応、参加費は沢山払ってくれるらしい。


 なんでも、1人鍋や1人焼き肉は繊細な神経のジョナ先生にとっては、ハードルが高いとのことだが、白い目で見られながら食事をするほうが、よほどハードルが高いと思うのはコニーだけだろうか。


 ジョナ先生は主に消化器系の内科やメンタル系の支援が専門で、外科系のハイル先生との仕事の絡みは、直接にはあまり無いはずなのだが、なぜかハイル先生の宴会時には突如として現れるという。


「僕は、内科系しか無理なんだ。何せ、この体格だからね。手術台の側に立つと、他の医師や看護師の、術野の視界の邪魔になるからと不評なんだよ。」

 と、聞きもしないのに専攻分野を決めた経緯について、コニーに教えてくれた。


「まあ。消化器が元気で食欲旺盛、快便、快眠、これが人間の最大の幸せだと思わないかい。」

 確かに、それは一理あるとは思うけれど……何か、ちょっと違うような気がする……



 また別の日にジョナ先生が、焼き肉パーティーに参加した時などは、

「よーし!! 今日は、自然物がメインの質の良い肉ばかりではないか。

 食べるぞ! 食べまくるぞ! 摂取量はこのぐらいを予定しているから、インシュリンの投与量はこれくらいで……」

 ジョナ先生は、こそこそと、身体に埋め込んでいるセンサーに、糖質の代謝に関わるインシュリンを追加入力していく。


 それを見て、ハイル先生が激怒する。

「貴様は何をやっているんだ!!」


「秘技、インシュリン追加投与ですよ。」


「追加でインシュリンが必要なら、そもそも食べるんじゃない!」


「医学知識に基づいた、厳密なインシュリンの自己管理ですよ。

 やだなあ、せっかくの文明の利器の恩恵に預からないなんて、もったいないことこの上ないじゃないですか。」


「そういう言葉は体重を半分に落としてから言え!」


「アディポネクチンの管理は別途やっていますから大丈夫ですよ。」   


「そういう問題じゃあない!! 貴様のやっているのは、職権乱用というんだ! この、やブー医者が!」


 ハイル先生とジョナ先生のやり取りはきれいに無視して、私達スタッフは、今のうちにと、美味しいお肉を、分け合いながら堪能していった。


 特に養殖豚や牛等の高級品は、市販に出まわる数も限られているし、滅多に口にできるものではない。


「おお、お嬢ちゃん。良い食べっぷりだね。インシュリンや体重管理のことで心配なことがあれば、いつでも相談にのるからね。」


 と、ジョナ先生は自信気に言うが、ハイル先生が怖い目でジッとこちらを見ている。


 私も、本心から遠慮させてもらう。

「ありがとうございます。でも、私は舞をやっていて、厳密な体重や食事管理を指導されていまして……」


「ふーん、楽してできる体重コントロールの秘訣を教えてあげられるのに……」

 ジョナ先生は残念そうに言うが、その体型では全く

説得力がなかった。



 後で、知り合いの看護師がこそっと教えてくれる。

「ジョナ先生にはああ言ってるけど、ハイル先生もあまり褒められた食生活じゃないのよね。」


 ハイル先生は、仕事や研究に夢中になると、食事は栄養剤で済ませてしまい、こういう機会に沢山飲み食いするのだそうだ。

 絶食と暴食を繰り返したせいか、胆石ができてしまって、数年前に日帰りで胆嚢の摘出術を受けるはめになったという。


 別の医療技術者が言う。

「医療職って、健康管理については自己管理がダメな人が多いわよねえ。」


「忙しいし、生活も不規則だし、変に知識がある分、楽する方向に自分の知識や意欲を投入するというか……」


 はあ……と、2人はため息をついた。

 何だか、健康管理については、舞の先生のほうが、よほど自己管理ができてそうだな……。



 翌日の午前中は、患者が少なくてハイル先生の時間が余っていたので、細胞について講義をしてもらった。時間がある時に、時々こうやって診療に必要な事を教えてもらうのだ。


 3D画像で、細胞の構造が写し出される。

 膜に包まれた細胞は中央に核があり(赤血球等無いものもある)、その他、エネルギー生産に関わるミトコンドリアや様々な細胞小器官などで構成されている。


 コニーが干渉力を用いて治療の補助をするのは、主にこういった細胞への働きかけだ。


 成人の人体は、約40兆弱の細胞で構成されていて、それぞれの器官で形態や役割や寿命などか違う。


 漠然とコニーの力を使うより、細胞や人体の解剖生理を理解して力を使うほうが、もちろん効果も高くなる。

 まだ、コニーには難しい事も多いけれど、ハイル先生は丁寧に教えてくれた。


「君はとても理解力や物覚えが良いからね。できれば、大きくなったら医療職について、たくさんの人の役にたってもらいたいものだが……」

 そう、口では言いながら、ハイル先生は何だかとても悲しそうに私を見るのだった。


 細胞は生きているので、適切に栄養や酸素の補給がされないと死んでしまう。特に酸素については、細胞は結構食いしん坊なのだ。

 栄養や酸素は血液によって運ばれているので、何らかの原因で血流が途絶えてしまうと、細胞は栄養や酸素が受けとれなくなって死んでしまうのだ。

 仮死状態ならともかく、本当に死んでしまった細胞には、いくら干渉力を使っても、もう生き返る事はできない。


 特に注意が必要なのは、心筋や脳神経といった再生力のない細胞だった。心筋梗塞や脳梗塞で血流が途絶えてしまうと、死んでしまった細胞は繊維化してしまい、普通では再生する事がないために、本来の機能が果たせなくなって、人体に大きなダメージを残してしまう。いかに早く梗塞や血栓といった、血流障害を解除するかが、治療や患者の予後のポイントになるという。


「ちなみに、白色脂肪細胞も成人になってから一度数が決まると、もうあまり増えないんだよ。

 肥満というのは、1つ1つの白色脂肪細胞がどんどん大きくなっていく状態なんだ。」


 映像に、核や細胞小器官が隅に押しやられた、巨大な黄色い脂肪細胞が写しだされる。

 そうか、ジョナ先生は身体の中にこれをたくさん飼っているのか……


 私は、真剣に舞の練習に取り組もうと、決意を新たにするのだった。

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