[神殿の回想21]ダンス普及計画

 私は、優雅な舞の助手の先生と、神妙な顔をして向き合っていた。


 舞の練習をする中で、月に1回30分ほどの、先生との面談が行われる。

 内容は、日々の練習内容や予定されている舞台での配役、日常生活上の注意点等だ。


 多くの子は、舞台の配役に興味があるようだが、私はそれについては気にしていない。

 主役は特権階級の子達が踊るので、巫子達はよほどの実力者でない限り、主役を引き立たせる群舞と相場が決まっているからだ。


 それより私にとって重要なのは、食事内容やカロリーのコントロールについてだった。


 舞を習う中で、身体計測はまめに行われていた。

 身長、体重のバランスだけでなく、全身の筋肉や脂肪のつきかたも、入念に計測して、トレーニングのメニューを調整していく。

 特に、祈神舞をやっていると筋肉がつきすぎて、優雅な舞を踊るには、見た目のバランスが悪くなる可能性があるらしく、何を優先するかを検討しながら、練習メニューを考えていかないといけないという。


 ただ、私の筋繊維は人より少ない量でも大きな力が出やすいようで、あまり筋肉質には見えないというのが特徴らしかった。


「それに……結構食べている割りには、体重が増えないわね。舞以外の活動量が多いせいかしら。」


 ハイル先生曰く、私の身体の細胞はミトコンドリアの割合が高く、人よりエネルギー消費が多いかもしれないという。


「そうですね。私、育ち盛りなんです。」

 私は、にっこり笑って答える。

……やった! これで、おやつも食べ放題だ!


「でも、おやつの食べ過ぎは栄養バランスが崩れやすいから、あまり食べずに、普段の食事で栄養を取るようにしないとね。

 お菓子を追加で注文した日は、糖質と脂質を制限するように、給食ロボットに指示しておくわ。」


「そんな殺生な! 

 それって、また、パンにバターやジャムを塗るのを禁止されるってことですか?」


「嫌なら、お米を食べなさい。もしくは、甘いお菓子を食べるのを止めること。

 さあ、今日の話はこれでおしまいよ。」


 私はすごすごと、面談室を後にした。

 さすがに、アンバルやハイル先生に時々もらうお菓子や、週に1回程度エセ王子との試合後にもらうおやつは見逃してもらえたようだ。


 お米も好きだけれど、パンや麺類も食べたいよ。

 こんがりキツネ色のトーストに、たっぷりバターを塗って、様々な果実のジャムや蜂蜜、シナモンシュガー等々をかけて食べる朝ごはん。実家にいた時には、なかなか味わえなかったご馳走だ。

 片や、甘いチョコやクリームがたっぷりかかったお菓子も捨てがたい。


 二股をかけるのは禁止されたけれど、どちらも魅力的で甲乙つけ難い。どちらかを選べというのは、酷な話だ。

 ああ、人生というのは、なぜかくも悩み多きものなのか……


 私は、エセ王子のお付きの人に頼んで、お持ち帰り用のおやつを少し増やしてもらおうかなと、ちゃっかり考えながら、舞の練習に戻った。



 私は、基本のトレーニングが終わった後、旋回やジャンプの練習をしながら、ダンス普及計画について考えていた。


 アクロバティックな祈神舞は別として、ひたすら軽やかに踊る優雅な舞だけでは物足りなくなってきたのだ。


 夢の国には、様々なダンスがある。

 仮面や重い衣装を着けて、あまり動かずに、気迫で踊る厳かな舞もあれば、軽やかな足のステップが中心のダンスもある。

 1人で踊ったり、男女2人で踊ったり、舞台に一列に並んで踊る等、形式も様々だ。


 私の好きな、ストリートダンスやヒップホップは、バックグラウンドの音楽が無いと、なかなか良さが伝わらず、奇異なダンスとして受け止められてしまう。


 渾身の作だったベリーダンスは、エセ王子には爆笑され、アンバル達には「感性がおかしい」と酷評された。(お腹に顔を描いて、珍妙な腹踊りにしてしまった事実はコニーの意識の外にあった)


 見た人に受け入れて貰い易そうで、音楽も再現しやすい踊りとして、コニーはジャズダンスを考えていた。

 これは、優雅な舞で基本の動作が身に付いてきたコニーが、ジャズダンスを踊っても様になりそうだと自信がついてきたというのも、理由の一つだ。

 夢の国で体験したからといって、実際、上手に再現できるとは限らない。身体や技術が伴わないと、なかなか同じように再現するのは難しかった。


 音楽はリズミカルな曲を選んで、優雅な舞を少しダイナミックに表現すれば、受け入れてくれる人はいるのではないだろうか。

 


 私は、ヴァイオリンの得意な男の子、サミィを計画に引き込んで、できるだけリズム感のある軽快な曲を演奏してもらう事にした。


 また、私はこれまで習っていたピアノと共に、持ち歩ける電子鍵盤を主体に習い始めた。

 電子鍵盤には、録音機能がついているので、あらかじめ演奏しておいて、踊る時に再生すれば、自分で演奏した音楽に合わせて踊ることができる。


 私は音楽に合わせて、優雅な舞で習得した基本の動作をベースに、もっとステップは軽やかに華やかに、身体や手足はダイナミックに躍動感に溢れるような動きにして、踊りに取り入れていった。


 神殿の祭事には、こういう踊りは相応しくないとされるが、月に何度か行われる特権階級向けのパーティーでは、多少逸脱していても、楽しいと評価されれば受け入れてもらえそうだ。


 まずは、おとなしめの踊りを優雅な舞の先生やアリシアに披露して、舞台で踊る許可を貰う。


「まあ、格の低いパーティーなら、たまにはこれくらいなら披露しても良いでしょう。

 あくまでも、優雅さは忘れないように。」


「目先の変わった踊りもたまには良いけれど……

 羽目は外さないようにね。

 パンツやお臍が見えるような踊りは駄目よ。」


……そもそも、優雅な舞も、開脚ジャンプや旋回があるから、見えても大丈夫なように、オーバーパンツを履いているんだけどな。

 まあ、許可が出たから、いいか……



 まずは、2等級国民対象のパーティーで、短時間だが、サミィの演奏をバックに、優雅な舞もどきのジャズダンスを披露してみる。


 そのうち、リクエストに応えて踊ることが増えてきたわたしは、徐々に踊りの中にジャズダンスの要素を増やしていった。

 ベリーダンスで習得した技術も少しづつ、ステップや腕の動きに取り入れてみる。


 半年ほど地道に踊り続けた結果、私とサミィは興味を引く演奏やダンスをする演者として、周知されるようになり、1等級国民向けのパーティーでも、披露する機会が増えてきたのだった。



 パーティーでリクエストに応えて踊るコニーを、じっと見つめる2人の司祭がいた。


 司祭Bが司祭長に囁く。

「踊りの仕上がりは、まずまずだと思われますがどうでしょう?」


「まあ、そうだな。技術的にはかなり上達したようだ。

 もともとの育ちに問題があるので、気品や威厳が伴うのは中々難しいが、後2年あれば、何とかなりそうだな。

 いずれにしても、1人か2人は予備の候補も育成しておくように。」

 司祭長は、気難しい顔をして答えた。


「心得ました。」

 司祭Bは、ニヤリと笑みを浮かべた。


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コニーが食いしん坊なのは、細胞の成長と代謝に栄養が必要だからという理由が一応ありますが、人一倍食い意地がはっている事はたしかです。


注:コニーの言っている「バター」は、バターもどきです。

(マーガリンよりは組成や食感がバターに近い)


本物のバターは高級品です。

(コニーは、実家にいる時に、近所の人に分けてもらった物を食べた事があります)

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